篤実少年、狼狽少女








。」

「・・・っ・・・は、はいっ・・・!」

「・・・悪い、驚かせたか?」





最近の天城くんは、穏やかで話しやすくなったと評判だ。
今までは誰も寄せ付けない、近づきがたいオーラがあったのは事実で、
クラスの中でも一匹狼でいるような存在だった。

だからもう怖がる必要はないぞ、と男子は笑いながら言っていた。
天城くんがクラスに馴染み始めた今でも、私が彼を怯えているのだと思っていたんだろう。





「・・・う、う、ううん。私こそ驚かせちゃった・・・ごめんね。」

「いや・・・」





元々引っ込み思案で、人見知りも強い私だけれど、天城くんとは一層うまく話すことができなかった。
けれど、それは周りが思っているものとは違う。私は最初から天城くんを怖がってなんていなかった。
彼とうまく話せないのには違う理由があるんだ。





「これ、俺が提出して帰るな。は先に帰っててくれ。」

「・・・あ、・・・」





彼とは係りの仕事が一緒になり、こうして仕事をすることは多い。
なのに私と天城くんは、必要以上に話したことがない。
原因は私の性格と、天城くんの性格のせい・・・だった。
過去形なのは、いまやクラスメイトと普通に話すようになった天城くんには原因はないからだ。

つまり、こんなギクシャクした仲にしているのは私が原因だ。





私は天城くんを怖がっているわけじゃない。ましてや嫌いなんかじゃない。その逆だ。
天城くんが気になって、目を奪われて、彼を意識しすぎてまともに会話を続けることが出来ないんだ。

私だって初めからそうだったわけじゃない。彼を怖がっていた一人だった。
けれど、偶然学校では見ない彼の表情を見て、ちょっとした興味を持って、彼を目で追うようになった。
するとどうだろう。彼は周りで噂されているような人ではなかった。確かに他人を避けている部分はあったけれど、
よく見れば礼儀正しいし、割と律儀だし、他の男子とは違い落ち着いていて、机の周りだって整理整頓してあり綺麗だ。
道で見かけたときは、身内だろうか、おばあさんを気遣って代わりに荷物を持ってあげていた。

天城くんを目で追う回数が増えた。見ているだけなのに、彼の知らない部分がどんどん見つかるような気がして。
いつしか彼と話してみたくなった。けれど、いざ行動に移そうとすれば、この引っ込み思案な性格が邪魔をする。
彼を目の前にすると頭が真っ白になって、何を話していいのかわからなくなるんだ。





?」

「て、天城くん。早いね。」

「ああ、職員室に行っただけだから・・・はどうしたんだ?」

「あ、あの・・・私・・・」





ぐるぐると自己嫌悪に浸っているうちに、天城くんが戻ってきてしまった。
けれどこれはチャンスだ。彼と少しでも話せる。今の雰囲気ならいける、はず・・・!





「・・・なにか用事があったのか?暗くならないうちに帰れよ。」





ひとつ決心して顔をあげた。
いつも俯いてまともに見れなかった彼の顔がはっきり見えた。
なのに私は初めて彼の顔を見たように驚いて、かたまってしまったのだ。





「じゃあな。」





それは、天城くんの表情が、悲しそうなものに見えたから。
私の気のせいだったのかもしれないとも思った。けれど私は何度も天城くんを見てきたから。

天城くんは私の気持ちを知らない。だって私は彼にそれを一度も伝えたことがない。
それなら彼は今までどんな気持ちだっただろう。自分とまともに顔も合わせず、話さず、まるで怯えるようにしていた私を見て。





「天城くん!」





だめだと思った。このまま天城くんに何も言わずにいるなんて、絶対に。





「い、一緒に・・・、一緒にかえろ!」





絞り出した声は、会話を通り越して二人で帰るという、私にとってはハードルの高い言葉だった。





「・・・え・・・あ、か、構わないけど・・・」





何で俺と?と言った表情だ。
それはそうだ。話したことなどなかった、ただ係が同じなだけのクラスメイト。
さらに言えば、私はきっと天城くんに怯えていると思われていただろう。
もう、勢いしかなかった。ただただ、天城くんに誤解されたままなのは嫌だった。そんな気持ちで。





「実は私、帰り道天城くんと同じ方向なの・・・!それで、だから・・・」





返事はない。恐る恐る顔をあげると、見たこともないような、唖然とした天城くんの顔。





「・・・俺が、怖くないのか?」

「怖くないよ!」

「俺はてっきり、が俺を怖がってるのかと・・・」

「そんなことないよ!私、ずっと・・・天城くんと話してみたくて・・・ただ、その・・・気負いすぎて・・・空回りを・・・」





説明すればするほどにまるで言い訳でもしているように聞こえて、だんだんと声が小さくなっていく。
自分が情けない。こんなことになるのなら、格好悪い言い訳なんてするのなら、もっと早く彼と話していればよかった。
もっとちゃんと、彼の目を見て、緊張なんかせずに・・・





「・・・そうか。」





安心したように頷いた天城くんを見て、心臓がドクンと跳ね上がった。
一瞬の間をおいて、鼓動の速さも体温もあがっていく。





「それじゃあ、行こうか。」





そこから先はあまり記憶にない。
私が必死になっていろんなことを話して、天城くんがそれを頷きながら聞いていた気がする。
緊張を通り越して、ずっと話してばかりいた私が、天城くんの目にどう映ったのかはわからない。



ただひとつはっきりと記憶に残っていたのは、



今まで見たことのない天城くんの穏やかな笑顔だった。





TOP