誠実少年、小心少女 他のそれよりも仕事が多く、人気のない係だったのは本当にラッキーだった。 いや、仕事が多いことが好ましいわけではない。私はそれを喜べるほどにできた人間ではない。 「、終わりそう?」 「あ、えっと。もう少し。そっちは?」 「俺の方は今終わった。そしたらそっち手伝うよ。」 「え、い、いいよ!これ、私の分だし・・・」 「同じ仕事してんのに、誰の分ってのもないだろ?手伝うよ。」 クラスの、学年の、いや、学校のアイドルとも言える、同じクラスの山口圭介。 誠実で爽やかで優しくて、さらにはサッカーの強いクラブチームの主力選手だなんておまけもついている。 例に漏れず、私も憧れを抱いていた山口くんと同じクラスになり、係りまで一緒になれるとは、私はなんてついているんだろう。 今年だけで一生分の幸運を使い果たしたような気分だ。 「あの、今日はサッカーの練習ってないの?」 「うん、今日は休み。」 担任から頼まれる雑務を頼まれるだなんて、面倒極まりない係。 私はじゃんけんで負けて、彼はちょうどサッカーの遠征か何かで学校を休みだった。 勝手に決められていた面倒な係になったと聞いても、嫌な顔ひとつせずに笑顔だった彼が印象的だった。 こうなれば仕事が多いということは、つまり、彼と一緒にいられる時間が長くなるということだ。 がっかりしながら決まった係の立ち位置が、180度変わった瞬間だった。 「あ、それならこの後・・・」 「ん?」 「よ、予定とかあるんじゃないの?ほら、せっかく休みなんだし・・・!」 紳士な山口くんは、仕事の遅い私に文句ひとつ言わないし、むしろ笑顔で手伝ってくれるし、 帰る時間が遅くなったりすると、家の近くまで送ってくれる。噂にここまで違いがないことにびっくりだった。 「ああ、特に入れてない。だから、終わりの時間気にしなくてもいいよ。 いつもユースのことでには迷惑かけちゃってるもんなー。」 「そんなことないよ!」 正直、私は基本的に受身の人間だ。自分から動いて状況を変えるということが、なかなか出来ない。 この山口くんとの時間だって、偶然が招いた幸運だ。けれど、このままじゃ何も変わらず終わるよ、と友達は言う。私だってそう思う。 山口くんは、今まではもちろん、これからもたくさんの人を惹きつける存在になるだろう。 私と過ごした一時の時間など、すぐに消えていってしまう。同じ係から、ただの友達、そしてクラスメイト。 このままでは、私と山口くんの距離は離れていくばかりだ。 「・・・山口くん!」 「ん?なに?」 『動け!告れ!肉食女子になるんだ!』 友達の気合の入った言葉が脳裏を巡る。そうよ、私は頑張るの。せっかく訪れた幸運をみすみす逃してどうする。 動くんだ。告白するんだ。肉食女子になるのよ! 「あの、わ、わた、わたし・・・!や、やまぐちくん・・・」 「うん。」 「っ・・・」 何、この穢れのない眼差し・・・!この雰囲気で何を言われるかまったく予想のついていない純粋さが眩しい・・・! 「やっ・・・山口くんと一緒に帰りたい!」 ・・・あれ? 「え?たまに一緒に帰ってるじゃん。」 「そ、そうだよねー。ですよねー。」 ねえ私。いつの間に言葉が置き換わったの?あの輝いた瞳に負けたの?言い出せなかったの? ・・・違うよ。知ってるよ。私がただ臆病なだけ。だって自分に自信がないんだもん。山口くんが頷いてくれる姿が想像できない。 逆にすごく悲しそうな顔をさせる想像に変わってしまうんだ。 「あ、でもさ、どっか寄っていったことってなかったよな。」 「え?」 「なんか食べてく?」 「!!」 「って、急すぎか。も都合ってものが・・・」 「行く!行く行く!行きます!」 「そっか?それなら行こっか。」 ああ、神様ありがとう。こんな臆病な私にまた幸せをくれてありがとう。 もはや私の幸せは一生分を使い果たし、借金でもあるんじゃないかと思ってしまう。 「よし、じゃあもうちょっと、頑張ろうぜ。」 「うん!」 「・・・あれ?、顔赤いけど大丈夫?」 「え?!だ、大丈夫です!」 「割と赤くなること多くない?俺の気のせい?」 「え、えっと・・・私ほら、必死になると体温あがるっていうか・・・そういう体質?みたいな?」 「いつも必死に仕事してるってことか!」 いや、違うんだけど。そうじゃないんだけど。 瞳を輝かせて、尊敬するっていう顔で見られては、それを否定することなんてできるはずもなく。 「でも、赤くなるのって恥ずかしいし、なんとか落ち着く努力するよ。」 「え?いいじゃん。」 「なんで?」 「頑張ってるってことだし・・・それにのそういう表情、可愛いと思うよ。」 「っ・・・!!」 天然にもほどがある・・・!! なんなの山口くん・・・!私をどうしたいの?! 「、そこの資料取っ・・・あれ?俺、今なんて言った?」 「・・・え。」 「なんか俺、今すごい恥ずかしいこと言わなかった?!」 「あの、」 「うわ!ごめん!なんも考えてなかった!思ったことそのまま言っちゃったっていうか・・・やべえ、すごい恥ずかしい!」 「や、山口くん・・・?」 「忘れて!うん、はやく終わらせよ!」 ・・・え?ええ?あれ? 恥ずかしい台詞ってことは自覚してたってこと?天然じゃなく? だけど、思ってたことをそのまま言っちゃったとそういう・・・。 「・・・っ・・・き、今日はなかなか暑いねー」 「そ、そうだな。じゃあ、食べに行くのは冷たいもんにしよっか!」 赤くなった山口くんと、いつも以上に体温のあがってしまった私。 彼と離れてしまうことを考えると、焦る気持ちがあるのは変わらない。 だけど、まだ時間はある。だからまずは、彼と一緒にアイスを食べるんだ。 告白は出来なかったし、自分だけの力ではないけれど。 勇気を振り絞った一言で、彼と一緒にいられる時間に繋がった。 まずは、一歩前進。 次は緊張せずに、言葉を噛まずに、自然に彼と話せることを目指して。 TOP |