努力少年、観察少女 「あのちっこい体でよくやるよなー」 「あ、また吹き飛ばされた。向いてないんじゃねえの?」 放課後、教室に残った数名の男子たちが呆れたように話す。 彼らの視線の先には、校庭にあるコートを駆け回るサッカー部員たち。 その中の一人に向けられた言葉だということは、言葉の端々から伝わっている。 「佐藤となんて、どれだけ身長違うんだよ。それでもめげずに向かっていくって俺真似できねー。」 「俺もー。なんか小学生が中学生に勝負挑んでるみたいで可哀想になってくるよな。」 軽く笑いながら、彼らは教室を出て行った。 何か言葉をかけるわけでもなく、私も彼らと同じ人物を目で追っていた。 けれどそれは彼らと同じわけではなく、別に暇だからというわけでもない。 ただ、見ていたいからだ。彼の姿を。 いや、目が離せないといった方が正しいだろうか。 同じクラスの風祭将は、2年になってからこの学校にやってきた転校生だ。 誰とでも話はするけれど、特に一緒にいるのは同じサッカー部の佐藤。 だから、もともと小柄とはいえ、見た目は大分子供っぽく見える。 サッカー部に所属してはいるものの、それほど技術力があるという評判は聞かない。 というよりも、同じ部の佐藤や水野が人目を惹きすぎるということもあるのだろうけれど。 「風祭、数学のノート集めてるんだけど。」 「あ、うん、ちょっと待って・・・って、あれ?」 「どうしたの?」 「・・・家に忘れたかも。そうしたら僕は明日提出するよ。迷惑かけてごめんね。」 「いいよ、明日の朝に先生に渡すことになってるから。それまでには間に合うでしょ?」 「あ・・・ありがとう!」 サッカーはすごく好きなようで、休みの日でさえ自主練をしていると聞く。 ただし、それ以外は抜けたところが多く、授業中に寝ていて先生に怒られることもあるし、 今のように忘れものをしているのを見ることもある。 性格は素直で遠慮深い。たいしたことじゃないのに、笑顔でお礼を言われることも多い。 「そっちの資料は?」 「これも先生に頼まれたの。あとで職員室に持っていく。」 「結構量多いね?僕も手伝うよ。」 鈍感なようで、気遣いもできる。 見た目で判断するつもりはないけれど、風祭を可愛いだとか、小学生だとか言っている人たちよりも よっぽど大人びている部分だってある。本人が自覚していないだけに、気づかれにくいのだろうけれど。 「・・・あー、あれな、風祭!」 資料を半分ずつ持って、職員室まで向かう道。 意外なところから風祭の名前が聞こえた。私も風祭も顔を見合わせて、その声の主へ顔を向ける。 「あんなチビに何が出来るっていうんだかな?サッカー部再建とか馬鹿じゃねえの?」 「みっともなく負けて、そのうち飽きるんじゃねえ?」 「あー、あいつ武蔵森から来たとか言ってたけど、すげえ下手だったしなー!」 明らかにいいことを言っていないというのがわかる。 上履きの線の色が私たちと違う。あれは三年生だ。 そういえば、今のサッカー部が出来るまでにひと悶着あったという噂があった。 私はゆっくりと風祭を見る。彼がどんな表情をしているのか、気になったからだ。 「行こう、さん。」 「あ、えっと・・・うん。」 沈んでいるかと思った彼の表情は、意外にもすごく穏やかだった。 影であんなことを言われて、どうしてそんな落ち着いていられるのか疑問だった。 「・・・さっきの、サッカー部の元先輩?」 「うん。」 「ひどいこと言う人たちだね。」 「いいんだ。何を言われても僕は諦めないし、皆と一緒に勝ちたいってそう思ってる。 自分がサッカー下手なこともわかってるしね。だからその分練習してうまくなりたいんだ。」 「・・・。」 彼の瞳はあまりにもまっすぐだった。 まっすぐ、前だけを見て。あんな陰口などものともしない。 あんな言葉に、彼の決意は惑わされることはない。 元々、誰かと話すよりも、周りの皆を見ていることの方が好きだった。 何に楽しそうに笑っているんだろう、何にそんなに怒っているんだろう。 無意識にそんなことを考えている自分がいた。 けれど、なぜか風祭は特別だった。 彼に目を奪われて、目が離せなくなって、いつのまにか彼を目で追っている時間が増えた。 特に理由を考えることはなかった。それくらいに彼の言葉も行動も興味深かったし、 そのうち他のクラスメイトと同じ存在になるだろうとさえ思っていた。 けれど、理由はきちんとあったのだ。 「かっこいいね。」 「・・・か・・・って、え?!ええ?!」 「かっこいいよ、風祭。」 「・・・さん?!い、いきなりどうしたの?」 周りになんと言われようとも、自分の信じた道を突き進んでいく。 落ち込み続けるよりも、立ち直ろうとする。壁にぶつかっても何度でも立ち向かっていく。 私が彼を知っていることなんて、ほんのわずかなものだろう。 彼は、風祭はきっと、もっとたくさんのものを持っている。 だから、惹かれる。だから、多くの人を動かす。 彼を、もっと知りたい。 私はずっと、そう思っていたんだ。 「風祭、今日は部活ない日だよね?」 「そうだね。」 「途中まで一緒に帰らない?」 一瞬驚いたような表情を浮かべ、すぐに笑顔で頷く。 そんな彼につられるように、私も笑みを浮かべた。 彼はとても興味深い。知れば知るたびにどんどん惹かれていく。 風祭の観察はこれからも続いていくだろう。 それが興味や尊敬以外の感情となるのかは誰にもわからない。 TOP |