天然少年、計算少女









「キャー!やった、渋沢くんと同じクラスだー!」

「・・・渋沢?ああ、サッカー部のキャプテンだっけ?」

「そうそう、すっごいカッコいいんだから!」

「ふーん?そんなに?」

「うん!全校女子の憧れだよ絶対!」

「そんな大げさな・・・。私なんてその渋沢って人、あまり知らなかったし。」

「ええ!が?!カッコいいと聞くと、すぐにその男子を狙いだし、今のところ成功率100%のが?!」

「余計なことは言わないでよろしい。」

「でも渋沢くんは無理だよ多分。どんな可愛い子が告白してもOKしないの。
サッカーで手一杯だからって言ってるらしいけど。」





昔から可愛い可愛いと褒めちぎられてきた容姿。
私は周りの人よりも、かなり可愛い部類に入るらしい。
そのことを自覚して気を良くした私は、皆がカッコいいと言われる男子に近づいてみては、
最終的に告白されるという、いかにも女子に嫌われるような記録を持っていた。





「まあ、顔はいいし優しそうではあるね。」

「あ、もしかして、渋沢くん狙うの?
まあ挑戦してみたら?誰とも付き合わないっていう渋沢くんをおとせたらすごいよねー!」

「ふーん・・・。」

「でもまた付き合って数日で別れるとか止めてね!渋沢くんにそんな悲しい思いさせないで!」





ただカッコいいからと近づいた男子たちとの付き合いは長続きするものじゃなかった。
結局はお互いの容姿しか見ていなかったからだ。
それでも、自分を好きだと言ってくれることは嬉しかったし、
皆の羨ましそうな視線だって気持ちのいいものだった。
性格が悪いと陰口を叩かれようと、そう思ってしまうのだから仕方がない。













一番初めのチャンスは家庭科の調理実習だった。
私はこう見えても、一般的な家事は一通りこなせる。
男はそういうのに弱いのも知ってるから、同じ班になった今、それをアピールするチャンスだ。





「野菜は私が切るから男子は・・・」





トン、トン、トン、トン





私がそんな思考にふけり、作戦開始だとでもいうように言葉を発した時には
もう既に規則正しくまな板を叩く音が聞こえていた。





「キャー!渋沢くんうまーい!」

「いや、そんなことないよ。」

「こっちの野菜も細いし、均等!いい旦那さんになれるね!」





包丁を握っていたのは、今私がいいところを見せたいと思っていた渋沢くん。
騒ぐ女子の横からまな板にある野菜を覗きこんでみると、本当に綺麗で均等に切られた野菜が次々に出来上がっていく。
ここで、「渋沢くん、わたし変わるよ。」とか言いながら、彼以上の腕前を見せたら私の評価もあがったかもしれないけれど。
やばい、これは叶わない。わたしこんなに上手に切れない・・・!





さん?どうかしたのか?」

「う、ううん!渋沢くんがすごく上手だから・・・。」

「あはは、そんなことないのに。」





そんなことありますけど・・・!なんで男子がこんなに料理出来るのよ。
ボーッとしてる間に味付けにまで口を出し始めたし。しかもおいしいし。
家庭的なところを見せるチャンスだったのに、彼の方が家庭的だなんて大誤算だ。















次のチャンスは学校の花壇だった。
たまたま渋沢くんが花壇の方へ行くのを見かけた。
たとえばそこで私が花に水をやっていたらどうだろう。彼の性格的に、そういうおしとやかな女の子は好きそうだ。
人知れず花に水をあげている女の子。これは好感度急上昇じゃないだろうか?
私は走って如雨露の置いてある倉庫へと向かった。





「あれ?どうしたんださん。こんなところで。」

「え、えっと、し、渋沢くんこそ。」

「俺は花壇に水をやりに来たんだ。」





えええ!!と心の中で叫んだ。
いやいやいや、何で彼が花壇に水をあげてるんだ。
水をあげたかったのは私。その姿を彼に見せたかったのに。
見せたかった本人が目的の如雨露を手にしている。





「渋沢くん、いつも水あげてるの・・・?」

「ああ、用務員さんが忙しいときや休みのときには。」

「どうして渋沢くんが・・・?」

「以前、用務員さんと話すことがあって。困っていたから俺が代わりに引き受けたことがあって。
それからはたまにこうして頼まれるようになったんだ。」





彼はいい人だ優しいだとかよく言われているけれど、正直なところ皆の過大評価だと思っていたんだ。
けれど、目の前の彼はやっぱりすごくいい人で。





「・・・わたし、手伝おうか?」

「いや、大丈夫。ここで最後だから。ありがとう。」





ここで最後、ということは他の場所も周ってきたんだろう。
言い訳をつければまだその場にいて、彼と二人きりで話せたかもしれないのに
私は笑って挨拶をすると、その場から離れた。
彼の行動に、自分がしようとしていたことがあまりに恥ずかしく思えてしまったんだ。













それからも何度もチャンスはあったけれど、それは私をアピールすることにはならなかった。
それよりも彼の優しいところだとか、努力家なところだとか、勉強も運動もこなせちゃうところだとか。
彼のいいところばかりが目についてしまう。

おかしい。いつもはこんなことなかったのに。
いつも傍にいるだけで、皆私に構ってくれたのに。



私が目を奪われてしまうことなんて、なかったのに。















彼に対する気持ちを認めたくなくて、私は意地になっていた。
バカみたいな作戦を立てて、玉砕して。結局彼の心には入り込めないままだ。

今日も成功しそうにない作戦を立てた。
シンプルに彼の前で転んで足をくじいてみたらどうだろう。
優しい彼は私を保健室まで運んでくれるだろう。
そして手当てもしてくれたなら、もう少し距離も縮まるかもしれない。

昼休みのグラウンドで、外に出ている渋沢くんを見つけ彼の元へと走り出す。





「・・・っ・・・危ない!!」

「・・・え?」





予想外の展開。フリでも何でもなく、遠くからサッカーボールが私目掛けて
ものすごい勢いで飛んでくる。
足をくじくどころじゃない。そう思って自分の頭を抱えるようにして目を瞑る。

けれど、少しの時が経っても衝撃はない。
私はおそるおそる瞑っていた瞼を開く。





「全く、気をつけろ。」

「す、すみませーん・・・!」





最初に目に入ったのは、転々と転がっていくボール。
次に目に入ったのは、私をかばって目の前に立っている渋沢くん。
大丈夫か、と一声かけて私が頷くと転がっていたボールを持ち主に投げ返した。





さん?本当に大丈夫か?」

「う、うん・・・。」





私の肩を掴む渋沢くんの腕がうっすらと赤くなっている。
そうか、彼はこの腕で私を守ってくれた。

先ほど彼を見つけたときには、まだ遠くにいたのに。
私ですら、サッカーボールの存在に気づいていなかったのに。
やっぱり、すごい人なんだなあ。





さん?」





彼を見つめたまま、ボーッとしてる私を心配してる。
綺麗な顔。筋肉のついたがっしりとした男の人の手。皆が憧れる人。



抑えることのできない、胸の高鳴り。



こんな気持ちは初めてで。



ねえ、これってつまり・・・










「・・・くやしい・・・。」

「・・・え?」











私を好きにさせるはずだったのに。



そのために、バカみたいにたくさん計画をたてたのに。



そのたびに玉砕して、打ちのめされてきたのに。





結局、彼自身は何か特別なことをすることもなく私の心を奪ってしまった。






誰かを特別に思ったことなんてなかった。
単純にカッコいいと言われていたから、皆に羨ましがられることが嬉しかったから、だから近づいた。
近づいて、告白されて、付き合って、別れて。それでいいと思ってた。



でも、初めてのこの感情。
仕方ない、それでいいだなんて思えない。

いつだって自然体な彼に、計算なんてしたって仕方ないんだろう。
だから、今度は飾ることのない私のままで彼にぶつかってみようと思う。



そしていつか、絶対に。




今度は私が、彼の心を手に入れてやるんだ。








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