現実少年、空想少女









「ねえねえ竹巳。」

「何?」

「竹巳って忍術とか使えないの?」

「うん、使えない。」

「ちぇ。」





残念そうにまた読んでいた雑誌に視線を戻す。
俺の部屋で俺のベッドに寝転がり、俺の雑誌を読んでいるのは俺のたった一人の幼馴染。





「ねえねえ竹巳。」

「何?」

「実は前世で猫だったとか、ない?」

「知らない。」

「前世は猫で、私は竹巳を可愛がっていた深窓のお嬢様。
私を拾ってくれたご恩は忘れません。来世でもお嬢様に尽くします、みたいな。」

「ない。」

「ない?!何よ今、知らないって言ったくせにー!」

「深窓のお嬢様はこんな風に人の部屋に来て、自分勝手なことばっかりしないからね。
それで?何が頼みたかったの?」

「・・・麦茶が飲みたい。」

「そんなまわりくどい前世話なんてしないで言えばいいのに。」

「じゃあ麦茶を持ってきなさい!竹巳!」

「いやだ。自分で持ってきなよ。場所はわかるだろ?」

「ええ!何それ!」





昔から一緒だけれど、いつだって彼女は行動も発言も突然だ。
長い付き合いで多少の考えはわかるけれど、彼女を完全に理解するなんてできないだろう。





「竹巳、ドア開けてー。」

「はい。」

「うん。」

「・・・俺の分?」

「あれ、竹巳はいらなかった?」

「ううん、ありがと。」

「うん。」





けれど、彼女と一緒にいて居心地がいいのも事実。
だからこうして長く彼女と一緒にいられるんだろう。





「ねえねえ竹巳。」

「何?」

「うちの学校に金髪碧眼の留学生が来てさ、実はワタシ、某国の王子なのデスー!とかってならないかな。」

「ならないんじゃない?」

「『オー!日本素晴らしい!とてもヤサシイ!ワタシの国でプリンセスになりまセンカー!』」

「ないね。」

「ない?」

「うん。」

「絶対?」

「絶対。」





こんな彼女につきあっていけるのは、自惚れでも何でもなく自分しかいないだろうなと思う。





は姫にでもなりたいの?」

「・・・。」

「姫ってあれだよね。一見煌びやかで好き勝手してるように見えるけど、礼儀とかマナーとかいろいろ大変そうだよね。
自由に城からも出られないだろうし。好きな雑誌も漫画も読めなくなるかもしれないし。」

「笑ってお茶会してればいいわけじゃなくて?」

「世の中の姫様にはったおされるよ。ていうかはそれでいいの?退屈しないんだ?」

「・・・やだ。」

「じゃあ王子が来ても意味ないね。」





また残念そうにしながら、けれど今度は雑誌を放り出して俺のベッドに顔を突っ伏した。





「ねえねえ竹巳。」

「何?」

「竹巳が絶対ないって言うの、めずらしいね。」

「そう?」

「うん。」

「まあ、絶対ないからね。」

「留学生がどこかの王子ってことが?」

「ううん、がその国の姫になるってことが。」

「私じゃ姫になれないから?」

「ううん、が俺から離れることがありえないから。」





こんな彼女につきあっていけるのは、自惚れでも何でもなく自分しかいない。
そしてそう思うのは、彼女なら何を言っていても愛しいと思える自分がいるからだ。





「すごく間抜けな顔になってるよ。」

「・・・。」

「俺、何か間違ったこと言った?」

「・・・ううん。」

「ははっ、やっと現実を見た。」





俺は忍者じゃないし、前世が何だったかなんて知るはずもない。
某国の王子を留学生として連れてくることもできない。
そんな彼女の空想を現実にすることなんてできないけれど。

ただひとつ、俺がの傍にいること。傍にいたいと思うこと。
その現実だけはずっと、変わらないんだろう。







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