今の、冗談ですよね?












「・・・はあー。」

「・・・なんか、疲れてるよな。大丈夫か?」

「・・・心配してくれるなら、日に日にバカになっていくあいつらをなんとかして。」

「・・・。」

「・・・。」

「悪い。無理だ。」

「いいわよ。言ってみただけ。」





この間、若菜がの頬にキスなんてしてから。
信者が虎視眈々と若菜と同じことをしようと狙っている。
それは当事者ではない俺にもわかってしまうくらいあからさまだ。(ていうか隠してないからなんだけど)
ちなみに事の発端の若菜はここ最近、の近くには現れていない。理由はあえて考えないけど。

はいつものオーラと態度で奴らを寄せ付けないようにはしているけれど。
人間、慣れっていうものがある。毒舌も黒いオーラも慣れてしまえば効き目はなくなる。

サッカーの選抜、エリートとはいえ、所詮俺らは普通の男子中学生。
目の前に綺麗な女がいて、しかもそいつに惚れているのなら、何かをしたいと思うのもわからなくもないけれど。





「最近はこれが手放せないのよね。」

「・・・それは、まさか。」

「護身用。」

「やっぱりか・・・!」





悪びれもせずに出したそれは、最近ずっと見ている(恐怖を味わわされている)鈍器。金鎚だ。
なあ。お前のそれが護身用だっていうのはわかるんだ。確かにお前、変な男に目をつけられやすいもんな。
だけど、俺は心配なんだ。そんなもの常備してたら、お前いつか捕まるからな・・・?!





「いざとなったらこれで・・・。」

「・・・あ、ああ。威嚇にはいいよな。」

「バカじゃないの燎一。使わないと意味がないでしょ?」





いや、いやいやいや!俺がバカなんじゃないよな?!
俺の思考は普通だよな?常識だよな?!





「冗談だよな?」

「は?」





本気らしい。
ダメだ。に常識を求めようとした俺がバカだった。
いざとなったら俺が止めてやらなければ。同じ学校の馴染みとして。





「・・・あ。」

「何?」

「あいつらに気を遣うのも癪だけど、ここからは別々に行こうか?」

「・・・ああ・・・。」

「また燎一がからまれるのも可哀相だしね。」





今日も偶然にも同じ電車の同じ車両に乗っていた。
とはただでさえ同じ学校というだけでからまれているっていうのに、一緒に来たなんて知ったら
また若菜や藤代はうるさいし、椎名や郭には胃を痛められそうだ。
は俺のその状態を知っていて、心配してくれているんだろう。口は悪いけど、やはり優しい奴だ。





「いや、いい。」

「・・・そう?」

「別にやましいところもないし。そんなの気にするの、面倒だろ?」

「さっすが燎一。」





なんて、ちょっと格好つけた俺にが微笑む。
明るい顔よりも明らかに不機嫌な顔の方が多い。だからこそたまに見る笑顔には少なからずドキッとしてしまう。
俺は上がってくる体温に気づかれまいと顔を背けながら別の話題を探したが、口下手な俺にそんな簡単に別の話題が見つかるはずもない。
そうこうしてるうちに、が言葉を続けた。





「同じ学校の燎一が常識人でよかったわ。」

「常識人って・・・。」

「だってそうでしょ?選抜のあいつら、バカばっかりよ。」

「・・・。」





さすがにちょっとフォローでもいれようとしたけれど、ダメだ。否定できない。





「だけど、嫌いじゃないだろ?」

「え?」

「なんだかんだで名前で呼ぶことも許してるし?」

「それは別に・・・あいつらが何言っても止めようとしないから面倒になっただけ。」





俺を見上げていた顔を背け、少しだけ不満そうに口をとがらせて。
それでもそれは本当に嫌だって顔じゃない。





「あいつらもに対する態度さえ直せば、もっと普通に接してもらえるのにな。」

「常識を持てってことよね。」





いや、お前が言うな。
なんて、また金鎚を振り上げられるのも嫌だから言わないけど。





「まあ問題はそこなんだけどな。」
性格さえ直ったらサッカーに対しては全員真剣だし、の気苦労も減る。」

「・・・。」

もそういう奴には優しくなるしな。」

「その言い方、それ以外の奴には優しくないって聞こえるけど。」

「はは、そう取ってくれてもいいけど。」

「言ってくれるわね燎一も。ま、その通りだけどね。」





俺が小さく笑い、がまた笑う。
今、俺がこうして笑っていられるのは、たくさんの人たちに助けられてきたからだけど。
その中にはもいて。最初の出会いは険悪ですらあっただけど、こうして話せるようになれてよかったと思う。

その反面、を追いかける奴らを見て、ふと思うことがある。

今はまだ変わらない俺たちの関係。
けれどもし、今とは別の感情が芽生えたら。俺たちの関係は変わってしまうのだろうか。





ーっ!!」

「きゃあっ!!」





の名を呼ぶ声と、彼女の叫び声。
俺は思考を止めて、とりあえず後ろから彼女に飛びついてきた藤代を引きはがす。





「何すんだよ天城!せっかくと・・・」

「・・・ケガしたいなら別に止めなかったけど。」





が手にしていた金鎚を指差し、藤代の顔を見る。
藤代は引きつった笑みを浮かべて、ヘラっと笑うと無言で俺の手を掴んだ。
握手をするようにブンブンと手を振り回してチラリとを見ると、先に行ってるなとその場を駆け出した(っていうか逃げ出した)





「・・・やっぱり手放せないわね。」





手に持った金鎚をマジマジと見つめる
そろそろ本当に危ないぞも。奴らも。










、護身用もいいけどそれは結構やばくないか?」

「何が?」

「下手したら相手死ぬぞ。」

「バカは死ななきゃ治らないというよね。」

「・・・冗談だよな?」

「ふふ。」





その笑顔は何だ。
今日二回目の問いにも頷いてくれないんだけど、俺は一体どうしたらいいのだろうか。





「大丈夫大丈夫。」

「・・・え・・・?」

「もし私がきれちゃっても、燎一が止めてくれるでしょ?」

「!」





誰もが見惚れてしまうような笑み。
そんな顔見せられて否定の言葉なんて、言えるはずもないだろ?





「巻き込まれて大ケガは御免だぞ。」

「大丈夫だって。燎一は頑丈だから!」





選手の足の怪我を必死で心配して、適当な返事をする奴に怒鳴りつける奴とは思えない。
・・・まあ、冗談なんだろうけど。





「任せたからね燎一!」





・・・冗談だよな?













ー!おーっす!!」

「久しぶり。会いたかったよ。」

「あー!だ!」





練習場につくと、当然の如くのお出迎え。
隣にいる俺の姿など、奴らの目には入っていないようだ。





「あー!また天城、と一緒かよー!!」





目に入ったとしても、来るのは当然の如く文句のみ。





「うるさい。」





そしてはまた不機嫌な顔に戻る。
準備室に向かうに、男たちが群がったままついていき
はため息をついて、そいつらを無視しながらスタスタと歩いていってしまった。






「天城。」

「・・・うわっ!」

「何その反応。僕はお化けでもなんでもないよ。」

「し、椎名。」





またやっかいな奴が・・・。
今のとのことをお得意のマシンガントークで責め立てられるのだろうか。





「何してるのさ。とっとと着替えてきなよ。」

「え?」

「え、じゃないよ。ボーっと突っ立ってるから、早く着替えてこいって言ったんだよ。」

「・・・。」





椎名の予想外の言葉に、俺はマジマジと彼を見てしまって。
椎名は眉間に皺をよせ、なんなの?と問いかける。





「いや、この前と反応違うな・・・と思っ・・・」





しまった。つい口から出てしまった。
わざわざ混ぜっ返さなくてもいいじゃないか俺。





「この前・・・ああ、のこと?」

「・・・。」

「あんなの冗談に決まってるだろ?学校同じなんだし、家の方向も一緒なんだから途中で会うことだってあるし
天城がに恋愛感情を持ってないのはわかってるからね。」

「え・・・?」

「え、って違うの?」





違・・・わない。
確かに俺はをいい奴だと思うし、大切な仲間だと思ってる。見惚れるときだってある。
だけどそれはきっと、あいつらと一緒の感情ではないんだろう。





「見てればわかるよ。けど、間違ってもに何かしたら承知しないからね。」





そう言うと、椎名はボールを蹴りながらグラウンドへと走っていった。
そんな椎名を見送って、俺も準備室へと向かう。

そうか、俺がに恋愛感情がないことってすぐにわかるくらいなんだな。
だからも安心して俺に笑顔を見せる。俺に冗談だって言う。



だけど、最近ふと思うのは何故だろう。
とこのままの関係でいるのがきっと一番なのに。
それでももし、別の感情が芽生えたなら、なんて。

を毎回追いかけるあいつらにつられて?
ただなんとなく?それとも。





「うわあ!ー!!」

「ギャー!!」





遠くから叫び声が聞こえた。
急いでその声の元へと走ると、やはりそこには。





!」

「・・・。」

「・・・ほーら燎一が止めてくれた。」





ていうかお前、沸点はやいよ。
綺麗な笑みと握りしめられた金鎚。どんな絵面だミステリードラマか。





「他の奴らとは違って頼りになるね!」





そう言って肩を軽く叩いて。
唖然とするほかの奴らを置き去りに、一人で歩いていく。





「て、天城ー!お前調子に乗るなよー!!」





多分今、に殴られかけただろう鳴海が叫んでる。(きっと怒らせることしたんだろうな)
え、ていうか俺、感謝されてもよくないか?





「はあ・・・。」





そんな言葉は聞き流して、俺は何事もなかったかのような足取りで去っていくを見た。
やっぱり今は、好きだとか好きじゃないとか、考えられない。

不器用で態度が悪くて口も悪い、だけど隠れた優しさを持つ彼女。
この先、俺の気持ちがどうなるのかなんてわからない。
だけどどう変わっていこうとも、をいい奴だって思うことも、大切な仲間だと思うことも
それは決して変わらないと思うから。



だから今はこのままで。



金鎚を振り回したりする、破天荒な面もある彼女だけど
変わらずにいつも通りの毎日が送れればいい。








・・・でもやっぱり俺の身が持たないから、金鎚は早く止めてもらおう。










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