確かに私の学校生活は、翼くんの出現によって、一層楽しくなったと言えるだろう。
けれど、今までのクラスが嫌だったとか、つまらないなんてことはなかった。

不安要素はほんの一部。けれど、私がそれに巻き込まれることはないだろうと、高をくくっていた。





「アンタさあ、翼くんに近づきすぎ。」

「井上の親戚だか知らないけど、もっと自分の立場わきまえたら?」





そう、ほんの一部。

見た目も中身も怖くて近寄りがたい女子。
なぜか私は今、そんな彼女たちに取り囲まれている。












それを恋と呼ぶならば












直樹のようなアホのくせに見た目が強面という存在が近くにいたから、外見に偏見は持っていないつもりだった。
けれど、やっぱり印象というものは大事で、私は自分から彼女たちに近づいたことはなかった。
だからと言って彼女たちに対する悪い評判を無闇に信じるわけでもなく。けれど、近づくこともなく。
今までの彼女たちは私にとって、そんな存在だった。





「ちょっと、黙ってんじゃねえよ。聞いてんの?」

「翼くんと話すときは猫かぶって、調子乗って甲高い声出してるくせに、今は出ないの?へえー。」





今、ここだけ聞いてたら、やっぱり性格も悪いようにしか思えない。
大体、気に入らないなら一人で来いという話だ。人気のない場所まで連れ出して、しかも複数で取り囲んで。
まったく卑怯な人たちだ。もちろん、口には出せないけれど。なぜって、そりゃあ怖いからだ。





「言いたいこととかないの?それとも怖くて言えないのかなー?」

「怖がるくらいなら、最初から調子に乗るんじゃねえよ!」





こういうとき、漫画なんかだと、ヒーローが格好よく助けに来てくれるものだけれど。
心の中では助けを求めてめっちゃ叫んでますけど、まあ来るわけもなく。来る気配もなく。
だけど怖くて声は出ない。体も動かない。自分はこんなに弱かったのかと悔しく思えるくらいだ。





「いい?もう翼くんに慣れ慣れしくしないでよ。」

「そうそう。アンタには井上がお似合いだって!」

「私たちにはあんなバカ、面倒見切れないけどー!あはは!」





胸の奥がチクリとうずいた。
怖いから?それともあまりに理不尽で自分勝手な彼女たちへの怒りだろうか。





「井上って頭悪そうだよね〜!さすが親戚。似たもの同士って奴?」

「すぐキレるし、乱暴だしね。」

「翼くんも何であんなのと一緒にいるんだろ。私たちと一緒にいた方が絶対楽しいのに。」





沸々と溢れてくる、この感情はなんだろう。
無意識に体に力が入る。大きく息を吸い込む。





「バッカじゃないの!!」

「!?」

「アンタらより直樹の方が何倍も・・・何千倍もマシ!」

「・・・え・・・」

「直樹をバカにする前に、自分たちの行動見直したら?」

「ちょっとアンタ・・・」

「一人じゃ何にもできないくせに偉そうに!翼くんに誰かが近寄るのが嫌なら、告白でもなんでもすればいいじゃん!
寄ってたかって影でこそこそ人をいじめて最低!」





まくしたてるように飛び出た言葉に、彼女たちはぽかんとした表情で私を見ていた。
何より驚いていたのは自分だ。さっきまであんなに怖かったのに。声も出なかった、体も動かなかったのに。

けれど、彼女たちが驚いてたじろぎ、私が我に返った今がチャンスだ。
私を取り囲む彼女たちに体当たりでもするかのように飛び込み、その場から抜け出した。





「ちょ、ちょっと待ちなよ!」





あとは全力疾走だ。言ってしまった。やってしまった。もう後戻りは出来ない。






















?元気ないね。どうしたの?」

「え?う、ううん!なんでもないよ!元気元気!」





悪いタイミングというのは、ことごとく重なるものだ。
女子たちに取り囲まれ、逃げ出したその日に、翼くんとの約束があった。
以前言っていた公休時のノートを貸していたお礼として、帰りに一緒にクレープを食べにきたのだ。

もしかしたら断るべきだったのかもしれないけれど、恐怖と幸せな時間を天秤にかけたら、
当然幸せな時間が勝るに決まってる。なんて思える私は神経が図太いだろうか。





「翼くんにクレープおごってもらえるなんて幸せ!」

「部活が休みだったから、他の奴らも連れてこようとしてたんだけど、誰も来られなかったね。」

「むしろ私は、その方が嬉しかったりするかなー。」

「ははっ、相変わらずだな。」





翼くんは私の前で、笑ってくれる回数が増えたように思える。
それはすごく嬉しくて、もっと彼の笑顔を見ていたいとそう思う。
私にとって翼くんは、元気の源で、癒しで、憧れであり、尊敬だってしている。





「お前、ホンマに翼のこと好きか!?」





直樹に問いかけられた言葉。あれからずっと考えてる。
私が彼に向けている感情は、恋なのだろうか。





「ねえ、翼くん。」

「何?」

「この間さ、私のこと可愛いって言ってくれたじゃない?」

「ああ、言ったね。」

「あれ、本当?」

「え?」

「直樹がさ、お前なんか可愛くないって何度も言うから・・・翼くんが本心から言ってくれてたら嬉しいな、とか・・・
って、ごめん!調子乗ってるね!うわあ、恥ずかしい!」

「本当だよ。特に、」





翼くんが褒めてくれること、すごく嬉しい。
優しい言葉をかけられても、厳しい言葉をかけられても、嬉しい。
私は彼に惹かれていたから、ずっと仲良くなりたかった。









「直樹といると、素直になれないところとかね。」









今までの私なら、どういう意味かと問い返していた。
何を思ってそんなことを言っているのか。どうしてそこで直樹が出てくるのか。
そして翼くんの言葉の意味を理解したとき、傷ついてもおかしくなかったはずだった。



そう。彼に向ける想いが、恋だったのなら。






ずっと考えていた。私が翼くんに向ける想いは何か。
取り囲まれたとき、どうして恐怖すら忘れて、無意識に言葉が出てきたのか。体が動いたのか。
翼くんの傍から離れろと言われても、馴れ馴れしくするなと凄まれても、私は何も出来なかった。
ただ、怖くて。早く時間が過ぎてほしかった。彼女たちの理不尽な要求に頷いたっていいと思ってた。

でも、どうしても許せないことがあった。取り消してほしいと思った。
それは自分のことでも、大好きな翼くんに向けられたものでもなかった。

何度も何度も、喧嘩ばかりで。空気は読めないし、イライラすることばかりで。
だけど、いつだって誰より私の近くにいる。喧嘩して、言い合って、けれど最後には笑ってる。
心穏やかではいられないかもしれないけれど、目を奪われてしまうようなかっこよさだってないけれど。

それでも、私は。





















「何にやけてんねん。」

「別にそんなことありませんけど?」

「人を無理やり帰しておいて、ホンマに性格の悪い奴やな!」

「だって翼くんと二人でクレープ食べたかったんだもん!」





翼くんと別れ、家に帰る途中で、コンビニから帰ってきていた直樹に会った。
相変わらずの憎まれ口を叩きながらも、いつものように並んで歩く。





「翼くん、私のこと可愛いって思ってくれてるって!どうだ直樹!」

「・・・お前、ホンマに能天気やな。」

「は?直樹にだけは言われたくないんですけど!」

「今日は行かないと思ってたわ。」

「は?」

「女って怖いよなあ。」

「・・・!怖い・・・ってまさか見てた!?」

「・・・。」

「助けなさいよ!何、女子が怖くて何も出来なかったの?その金髪と面白顔は見かけ倒し!?」

「仕方ないやろタイミングが・・・って誰が面白顔や!!」





直樹があの現場に遭遇していたとは予想外だった。
あそこで颯爽と現れていたら、まさに少女マンガの王道になっていたのに。
いや・・・直樹じゃ見た目的にヒーロー役は難しいか。





「・・・それは、悪かった。」

「面白顔が?」

「なんでやねん!助けにいかなかったことや!」

「それは別にいいよ。なんとかなったし。」

「助けに入ろうとはしたんやけど・・・お前の演説に驚いたっちゅうか・・・その・・・」

「あー、思い出してきた。私、明日からあの子らに追い回されるかも。怖い本当怖い。」





そうなんだ。自分の気持ちがどうとか、翼くんと一緒にいれて嬉しかったとか、気持ちの整理がつかないだとか、
いっぱいいっぱいで忘れそうになってたけど、私はだいぶまずい状況なんだった。





「・・・。」

「何?」

「やっぱり翼が好きなん?」

「え、」

「・・・まあええわ。なあ、俺がこの間言うたこと覚えてるか?」

「この間?」

「翼はお前の手に負える男やないて。」

「うん。」

「あれな、ちゃうねん。」





直樹が頭をかいて、何かを言いたげに声にならない言葉をもらす。
時々見せる、真剣な表情。
私はその表情も、空気も、すごく苦手だ。いつもの私たちでは無くなってしまう気がして。妙に緊張するから。





。」





でも、今はしっかりと見る。その言葉を聴く。
悪態をつくこともなく、茶化したりもせずに。ただ、まっすぐ。








「翼にお前はもったいない。」








いつもの私たちじゃない。けれどその先には、









「お前には、俺やろ?」










これからの私たちがあるはずだから。
























「っ、似合わない台詞!」

「お、おおおお前!俺の一世一代の覚悟を笑い飛ばすてどういうことやねん!」

「翼くんにもったいないって、私、どれだけ大物?」

「まあ俺に合うくらいやから、そりゃもうとんでもない大物やな!」

「あはははっ!」

「笑うとこやないわー!!」





私はもう答えに気づいているのだけれど、突然素直になれるはずもない。
不満な顔でいつもどおりに必死に叫ぶ直樹を見て、笑みを浮かべる。





「・・・まあええわ。とにかく、ほとぼりが冷めるまでは守ったるから。」

「ほとぼり?」

「例の怖い女たちの話やろ。ホンマに図太い神経やな。」

「ええー、でも直樹は今日助けてくれなかったしー。」

「だからあれはやな・・・!助けに入ろうとしたら、お前が俺のこと・・・ほ、褒めるから!
思わずかたまって何も出来なかったちゅうねん!」

「・・・褒め・・・?」

「俺の方が何千倍も素敵でかっこええもんな?」

「マシって言ったんですけど!何自分の都合のいいように解釈してんの!?」

「照れるな照れるな。」

「照れてないー!!」





さっきまではあんなに真剣な顔をしていたのに。
私だって思わずつられてしまったくらいなのに。
結局はいつもと同じ、相変わらずの調子のよさ。
私たちに甘い空気や雰囲気というものが、流れる気がしない。





「お前、意外と気ぃ小さいのに、あんな風に怒鳴るとかなあ・・・」

「な、何よ!無謀とでも・・・」

「惚れ直したわ!アホ!」

「!!」





本当にこの男は・・・私をイラつかせたり、緊張させたり、脱力させたり、ドキドキさせたり。
バカみたいなことにムキになるし、話は一度始まると止めるまで喋り続けるし、開き直ると恥ずかしい台詞とか言うし。
もう、なんなの。全然落ち着けない。気が休まらない。





「うるさい!サル!サルサール!!」

「なんやと!?少しは素直になれや!」





突然素直になんて、なれないけれど。
気づいた気持ちは、これから少しずつ私たちを変えていくのかもしれない。





「・・・私にも見せてよ。」

「お?」

「翼くんよりかっこよくなって、惚れ直させてみろって言ってるの!」

「お、おおおおう!当然や!」





変わらないもの。変わっていくもの。
全てが変わる必要なんてないから。私たちは私たちのままでいればいい。





「ちゅうかそれやと、今は翼に負けてるってことにならへん?」

「負けてるよね、明らかに。」

「なにいいいい!!」





そうしてもっと、毎日が楽しくなっていくから。








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