『一馬、英士。これが俺の双子の姉ね。名前は。』 『これって何?結人。』 彼女に初めて出会ったのは、ジュニアユースで結人や一馬と仲良くなって、しばらくしてのこと。 結人の家に遊びにいったとき、玄関で俺らを迎えてくれたのが彼女、だった。 『、こっちが一馬でこっちが英士。』 『一馬くんと英士くんね。はじめまして、いつも弟がお世話になってます。』 結人と双子とはいえ、顔はそれほど似ていない。 けれど俺らに向ける笑みからは、結人と同じ雰囲気が感じられた。 初めて会ったときの彼女はすごく印象がよかった。 そして、そのとき彼女に見とれてしまったのも事実だったんだ。 なのに、 「ちょっと英士!来てたの!作戦会議するわよ!」 「なんで俺が、」 「シャラップ!結人じゃ頼りになんないからよ!」 「俺は協力する気すらないんだけど。」 「わかったわかった。このオレンジジュースで手をうとうじゃないの。」 「全然わかってないよね。」 出会ってから数ヶ月、彼女はすっかり変貌を遂げてしまった。 いや、本性を現したといったほうが正しいだろう。その原因は、 「待ってて!愛しの一馬ーーー!!」 彼女が一馬を好きになったから、らしい。 opposite 「おいー、英士は俺の客だぞ。来るたび部屋に入り浸んなよな。」 部屋のドアが開き、お盆に飲み物や食べ物を乗せて、結人が戻ってきた。 そう、俺は結人と遊びにきたのであって、断じて姉の方とこんな話をしにきたわけじゃないんだ。 「私の客でもあるのよ。ねー、英士ー。」 「うん、違う。」 「ほら・・・って、ちょ、ちょっと待ちなさい!そこは笑顔で否定するところじゃないわ!」 「迷惑。」 「笑顔で暴言はくところでもない!」 結人と顔は似ていないけれど、表情がコロコロ変わるところとか、 感情の起伏が激しいところとかはやはりそっくりだ。 「一馬がいないのは残念だけど、だからこそ作戦会議が出来るわけ。 どうしたら一馬を落とせるか一緒に考えてよ、弟!親友!」 「えー、俺いっつも話聞いてやってるじゃん。」 「結人のアドバイスは参考にならない!」 「ひでえ!」 「英士の方が客観的だったり、具体的だったりするんだもん。ご教授願います。」 「・・・とりあえず。」 「「とりあえず?」」 「は一馬の好みではない。」 「直球!!」 俺にとっては結人のテンションだけで充分なのに、姉弟が揃うと疲れもどっとくる。 最初に会ったときの印象のままなら、どんなによかったか。 「だから好みになろうとしてるんじゃん!髪型とか服とか変えようと思えばできるもん!」 「えー、髪型変えるの?!俺、お前は長い方がいいと思うぞ。ショートにはすんなよ!」 「何言ってるの結人。私の魅力は髪の長さじゃ測れません!で、英士、一馬の好みは?」 「清純系。」 「あははは!とはかけ離れてるにもほどがあ「お黙り。」」 あ、あの結人が黙った。さすがの結人も姉には逆らえないみたいだ。 でも変わりに姉の方が興奮してるから、なんかもう俺にとってはうるさいのは変わらないんだけど。 「でもちょっと思うんだけどさ。」 「何が?」 「一馬ってたぶん女の子苦手でしょ?女の子の前だとしどろもどろっていうかさ、 ちゃんと話せなかったり、照れ隠しでひどいこと言ったりするの。」 「何でが知ってんだ?」 「一馬きゅんのことなら何でもおまかせ!」 「・・・学校まで見に行ったとかじゃないよね?」 「・・・。」 「「・・・。」」 「うん、それでね。話を戻すけど・・・」 「行ったの?!あの遠いとこに?!」 「愛の力は偉大だよね・・・。」 「言い換えるとストーカーだよね。」 「ふふ、やーだ英士ってば、純愛の間違いでしょ?」 俺の肩を叩きながら、頬を赤らめて照れくさそうに笑ってる。明らかに反応がおかしい。 お前のするべきことは、俺らの反応を見て自分の行動のおかしさに気づくことだ。 「で、話を戻すんだけど、一馬って女の子苦手な割に私とはよく話すのよ。」 「まあ俺んちに来たときは、も大体この部屋いるしな。慣れじゃねえの?」 「と、思うでしょ?」 「違うの?」 「意外と一馬は最初から私に友好的だったのよ。話しかければちょっと緊張しつつもちゃんと話してくれたし。」 「・・・あー、言われてみればそうかも?」 それはの第一印象だけなら、すごくまともな子に見えたからじゃないだろうか。 なんて言ったら、すごく絡まれてうざったいから余計なことは言わないけど。 「つまり私には最初から安心感というものがあったんじゃなかろうか!」 「おおお!」 「なのになぜ一馬は私の気持ちに応えてはくれないんだろうか!ハイ、英士くん!」 「だから好みじゃないか「シャラーップ!!」」 「ハイ!」 「ハイ、結人くん!」 「友達としてはありだけど、恋人としてはどうかと思った!」 「直球すぎてお姉ちゃんちょっと傷ついた!具体的にどの辺が?!」 「えー、それはわかんねえけど・・・」 「あまい!結人はそこがあまいのよ!そこまで突き詰めてから意見を発表なさい!」 なんて自分勝手な理屈だろう。 というか、一番ひっかかる問題があることをも結人もわかってないんだろうか。 「ねーねー英士。私のどの辺が悪いと思う?」 「性格。」 「聞き捨てならない!言っとくけど私、優しいからね! 学校では頼りになる学級委員長って言われてるからね?!」 「じゃあ、ちょっと聞いていい?」 「ん?」 「俺がと付き合いたいって言ったらどうする?」 「よろしくお願いします。」 「それだよ。」 ああもう、初めて会ったときに少しでも彼女に見とれてしまった自分を殴りにいきたい。 「誠実さが足りない。他にもいろいろ足りないけど。」 「純愛はどこ行ったんだよ!泣きたくなってきた!」 「いやいやいや、冗談よ?」 「冗談に見えない。」 「今にも英士を食べちまうんじゃないかって顔してたぞ!」 「どんな顔よ。」 「誠実さが伝わってこないよね。あとうざったい。」 「そうか、誠実さねー・・・って今何か付け足さなかった?!」 結人に泣きつく彼女を見て、大きくため息をつく。 あれ、俺今日は結人と遊ぶために来たんじゃなかったっけ? なのになんでこんなややこしいことになっているんだろうか。 結人は結人で嘘泣きだろう彼女をなぐさめつつ、ひどいこと言うなとか言ってるし。結局かなりのシスコンなんだよね。 「よし、わかった!」 「何が?」 「清純キャラをアピールしつつ、誠実さも目指します!」 「おお!がんばれ!」 「目は上目遣い!祈るように控えめに手を組みつついつものテンションは封印して、一馬に告白してきます!」 「当たって砕けろ!」 「弟!砕けちゃだめ!!」 「・・・はあ・・・。」 結局、がキャラを変えて一馬を狙いにいくことで話は終わった。 とは言っても、結局俺が帰るまではこの部屋に入り浸っていたから、騒がしいのは変わりなかったのだけれど。 「それでね、一馬に会いに行ってきたんだけどー・・・」 「ねえ、何で俺が呼び出されてるの?」 「結人とは今話したくないからです。」 「ケンカ?俺も暇じゃないんだけど。」 それから数日後、から連絡が来た。 近くのファミレスにいるから来てという話で、もちろん俺は断ろうとしたけど、 今にも泣きそうな声を出されては、いつもみたいに邪険にもできず。 だけど今見たら全然泣いてないし。あれは演技か、はったおしてやりたい。 「でね、一馬なんだけど・・・いつもみたいに流されました・・・。」 「まあ、告白方法変えようが今更だよね。」 「どうしてそれを先に言ってくれないの?!愛のムチ?!」 「いや、面倒だったから。」 「正直すぎる!」 はもうすでに一馬に何回も冗談じみた告白をしている。 だから今更少しくらい方法を変えても、一馬はいつものことだと思うだろう。 さらに言えば、が清純さを気取ってもギャグにしか見えなかったし。 だけど、こうして失敗することなんていつものはず。は毎回かなり落ち込むらしいけど立ち直りも早い。 その割に今日はなんだか少し・・・いつもと違うように見える。気のせいだろうか。 「でもね、そこはいいのよ!」 「いいんだ。」 「問題は私を苦手としていなかった理由なのよ!」 「へえ、聞いたんだ?」 「聞きました!あわよくばそこからロマンスでも始まればいいと思ってました! といると安心するとか、初めて話した気がしてなかったとか甘い言葉を待ってました!」 「で、違う言葉が返ってきたと。」 「そうなのーー!!」 正直なところ、そこは俺も少し興味があった。 一馬は元々人見知りだけど、女子は特にみたいで、いっつも緊張してたし。 なのに確かにとは割と普通に喋っていることが多かった。 「結人に似てるからだって!」 「・・・え?」 「結人に似てるから、結人と話してる気分になるんだって!」 「・・・。」 「似てないよ!似てない双子って評判だよ!なのに、何で結人?!」 「・・・。」 「つまり、つまりよ?一馬があの屈託のない天使のような一瞬で恋に落ちる笑みを向けていたのは 私でなく結人ということになるのよ!」 「・・・っ・・・」 「英士?!」 「・・・く・・・は・・・ははっ・・・」 そうか、そういうことか。 確かにと結人は外見はあまり似てない。だけど中身はそっくりだ。 一馬は最初から結人と話してるつもりだったのかも・・・。 冗談に見えるとはいえ、天然での告白を流し続けられるのもそのせいか。 「ちょっと待って英士!そこは笑うところじゃない。私をなぐさめるところ!」 「だって・・・こんなの、笑う以外にどうしろって・・・ははっ・・・」 「そんなところで君の笑顔は見たくないです!」 「そうか。つまり一馬にとっては結人と一緒ってことで、女としてすら見られてないってことだね。」 「わざわざ言い直さなくていいー!!」 ガラにもなく笑いが止まらず、我に返るとなんだか店内の注目を浴びている気がした。 ああ、そうか。俺はともかく、はこれだけ騒いでたんだもんな。 ひとつため息をついて、まだ騒いでるを半ば無理やり連れて店を出た。 成り行きで彼女を送ることになってしまった帰り道で、まだ言い足りないのかの話は続いていた。 「一馬も一馬だよね!こーんな可愛い子を結人と一緒にするなんて!」 「ひとつも肯定できない。」 「ええ!なんで!英士は私のこと可愛いと思わないの?!」 最初に出会ったときのままの彼女の印象ならば、きっとそう思ってただろうななんて考えながら、 彼女の問いに迷う素振りも見せずに即答する。 「全然。」 「ギャー!笑顔でひどい!」 だけど、あのときのままの彼女だったら、グチを聞いて呆れたり、 彼女の不憫さに大笑いしたり、今こうして隣を歩いていることもなかったんだろう。 「英士も結人と私が似てるから、そんなに意地悪なの?」 「・・・。」 ちょっとその言い方だと、俺が結人をいじめてるからもいじめてるように聞こえるんだけど。 俺は結人をいじめてるわけじゃなく、友達としてからかってるだけだからね。 って、まあ今はそんなことはどうでもよくて。 「違うよ。と結人なんて似ても似つかない。」 「だよね!だよね!」 「結人の方が数倍性格いいし、まともだしね。」 「くあー!!」 性格の根本は似てるんだろう。そっくりだって思ったことだって何度もある。 だけど、俺は結人とを重ねてみたことはない。 「よし英士!今からうちで作戦会議よ!」 「え、嫌だよ。俺は帰る。」 「うちには美味しいケーキ・・・いや、キムチがあるから!」 「ねえ、結人じゃないんだから食べ物や飲み物で釣ろうとするのやめたら?」 「わかった!じゃあそこに私の手料理もつけましょう!愛もこめて!」 「うわあ、心底いらない。」 「ひどい!泣きそう!」 自分勝手な都合で振り回されるし、疲れるし、迷惑だし。 はっきり言って彼女は俺の苦手とする人種のはず。 結局いつも最後には巻き込まれて、苦労するのは自分なのに。 それでもこの手を振り払えないのはなぜだろうか。 「もー、まあいいや。」 「そう。」 冗談めかして笑う彼女の表情は、出会ったときと変わっていない。 親友によく似た、けれど彼女自身の笑顔。 「英士だから許してあげる。」 彼女の笑顔を前に、ふとひとつの考えが浮かんでしまった。 まさかと思いながら、けれど、その答えは今までの俺の行動の理由として辻褄があってしまう。 「・・・はあ・・・。」 認めたくない、心底認めたくないけれど。 「何ため息ついてるの!行こう、英士!」 俺はどうやらこの笑顔に弱いらしい。 そうして今日も、彼女に促されるままに若菜家へと向かってしまうのだ。 騒がれて、絡まれて、疲れきって帰路につくだろうことを知りながら。 TOP |