「俺、お前のこと好きなんだ。」 突然聞こえた声に、ドアにかけようとした手が止まる。 代わりにドアについてる小窓から、そっと中の様子を覗き込む。 教室にいたのは二人。 片方は後姿だったけれど同じクラスの人ならば、それくらいの情報でもさすがにわかる。 さらに言えば、そこにいた二人は同じクラスとかは関係なく、結構な有名人だ。 「・・・あ、あの、私・・・」 その理由を大きく占めるのは、二人の容姿。 片や、ふわふわの髪に整った目鼻立ち。大きな瞳は少しの可愛らしささえも感じさせながら男らしさは失わず。 片や、まっすぐ伸びた黒髪に大人びた綺麗な顔立ち。スラリとしたモデル体型。 そんな二人に憧れる男女は後を絶たない。 私自身はこの二人に興味を持っていたわけでもなく、憧れていたわけでもなく、仲が良かったわけでもないから、 ただのクラスメイトという位置でしかなかったのだけれど。 偶然とはいえこんな場面に遭遇したら、思わず見入ってしまっても仕方がないと思うのは性格が悪いだろうか。 彼女はなんと答えるのか。二人は割と仲が良かった気がするし、容姿はお互いに文句はないように思えるけれど・・・ 「・・・ごめんなさい。」 申し訳なさそうに呟かれた言葉。暫しの沈黙が流れる。 興味は沸いたものの、居たたまれなくなって、私は少しずつ後ずさりドアから離れた。 ガラッ 音を立てないようにゆっくりと数歩、後ろへ下がったところで、予想外の勢いでドアが開いた。 教室から出てきた彼の表情と同じものを、おそらく私も浮かべていただろう。 「あ、・・・っわ!」 何かを話す暇もなく、教室から出てきたそのままの勢いで腕を掴まれ、引きずられるように彼に連れ去られた。 別に自分が悪いとは思っていないけれど、多少の気まずさもあったからか、私はそれに逆らうことはなかった。 恋色観察記 「・・・あのー、若菜くん。」 私の腕を掴んだまま歩き続け、ついには教室の正反対にある校舎にまで来てしまった。 何かを話す気配すらない彼に、さすがにしびれを切らして名前を呼んだ。 「・・・。」 「はい。」 「・・・あの、さっき・・・」 「うん、見てたけど。」 「・・・っ・・・人がっ・・・人の・・・告白を・・・!」 先ほどまでのピリピリとした空気から一転、彼、若菜結人は一気に気が抜けたかのように廊下に崩れ落ちた。 腕を掴まれたままの私もバランスを崩し、二人で廊下に座り込む状態となる。 今は放課後でこちらの校舎に人気はないけれど、誰かに見られれば好奇の目で見られそうだ。 「だって忘れ物取りに来たら、二人がいたんだもの。」 「だからってさあ!お前、そこは空気読んですぐにいなくなるとか・・・」 「なんだか見入っちゃったんだよ。でも、若菜くんが振られたあたりで離「うわああああ!!傷を抉るなあああ!!」」 頭を抱え、身悶える若菜くんに軽くため息をついた。 そう、私はただ忘れ物を取りに来ていただけなんだ。 そしたら偶然有名な二人が教室にいて、偶然告白シーンに遭遇してしまっただけで。 「そういうわけだから、私、忘れ物取りにいかないと。」 「ちょ、ちょっと待て!まだ・・・その、いるかもしれないだろ!」 「別に私一人で行く分にはいいじゃない。」 「あ、そ、そっか。」 どうやら彼は未だ気が動転しているらしい。 まあ、好きだった相手に告白し、振られてしまったのだから当然と言えば当然なのだろうけれど。 私自身にはまだそういう経験がないから、いまいちわからない部分でもある。 「・・・!」 「なに?」 「・・・今日見たこと、誰にも言うなよ?!」 「ああ、恥ずかしいもんね。」 「あ?違うよ!」 「?」 「俺が振られたって広がっても、笑って誤魔化せるけど・・・は違うだろ。 多分皆にからかわれて、聞かれたくないことまで聞かれる。」 「・・・。」 私が知る若菜結人という人間は、明るくていつも悩みがなさそうに笑っていて、お調子者なクラスのムードメイカー。 たった今振られた相手に、ここまで気を遣えるというのは意外だった。 「好きな奴だっているのに、迷惑になるだけだ。」 「好きな奴?さん、好きな人いるんだ。」 「・・・は?聞いてたんじゃないの?」 「聞いてない。いつ言ったの?」 「俺が振られた後・・・って、うわあ!また傷が痛む・・・!」 「居たたまれなくなって、離れた直後かな?」 「居たたまれなくなるってなんだよ!もうお前、本当に失礼!」 落ち込むどころか、どんどんテンションがあがっていくようにも見える。 本当に地でこのテンションなのか、それとも無理やりにそうしているのか。私にはわからない。 けれど、一瞬垣間見えた彼の表情は、嘘をついてるようには見えなかった。 「言わないよ。」 「本当に?!明日になったら学校中の噂とかになってたら、恨むかんな!」 「疑り深いなあ。そもそも私、そんなこと話せる人いないもの。」 別に無視をされてるわけでも、いじめられているわけでもないけれど。 私は他の女子と同じような、いつも一緒にいる特定の友達というものがいない。 一人が好きということもあるし、遠まわしの言葉が苦手で、いつも正直すぎる言葉しか言わないのが原因でもある。 確かに先ほどのことを誰かに話せば、一時は話題の中心となるかもしれないけれど、 今の状況を苦痛に思っていない私は、それをするメリットがまったくないのだ。 「さっきは好奇心というか・・・無意識に覗いちゃったけど。別に二人のことに興味もないし。」 「お前・・・なんつー正直な・・・」 「だから心配しないで。そして私に忘れ物を取りに行かせてください。」 「あ、お、おう。」 戸惑ったままの表情の若菜くんを気にすることもなく、私はすぐに踵を返し教室に向かった。 既にさんの姿はなく、私はようやく自分のノートを手にして学校を後にした。 帰りには本屋に寄り、欲しかった小説を買って、家に着いてそれを読みふける。 若菜くんに念を押されるまでもなく、私は本当に二人のやり取りに興味はなかったのだ。 「あー!見つけた!」 「・・・。」 「何その迷惑そうな顔!つーか迷惑だと思ったとしても隠せよ!」 「何の用?若菜くん。」 「そうそうそう、話あんの!話聞いて!」 私と若菜くんは、ただのクラスメイトで、それ以外に特別な繋がりは何もない。 それどころか、同じクラスだと言うのに、話した回数はほんのわずか。何か用事があったときくらいだ。 それは、私が進んで誰かと話すということをしなかったのも理由のひとつではあるけれど。 ともかく、今まではいきなりこんな風に話しかけられることなどなかったわけで。 「場所を考えてください。ここはどこですか?」 「え?図書室・・・って、周りの視線が痛い!」 「そうです。静かに読書する場所です。うるさい人はご遠慮ください。」 「うるさいとか言うなよ。わかったよ、それじゃあ場所移そうぜ!」 「何で私が「よし、行くぞ!」」 あまりにもマイペースな彼に、もはや逆らう気力もなく。 私は仕方なく、若菜くんの言うとおりに図書室を出た。 それから向かった場所は、別校舎階段の踊場。 昨日と同じ、人気の無い場所。 彼がなぜ私をこんなところに連れてきたのか、大体は予想がつく。 「、本当に誰にも言わないんだな。」 「・・・だから、言う人がいないって言ったでしょ? わざわざ念を押すためだけに、こんなとこまで引っ張ってこないでくれる?」 「別にそれだけじゃねえし!」 「じゃあ何?」 「お前、本当に俺とかに興味ないんだよな?」 「ない。」 「即答!いっそ清々しい!」 若菜くんが面白そうにケラケラと笑い出した。 昨日の念押しでないのなら、一体何がしたいと言うのだろうか。 好きな小説を読んでる途中だっただけに、回りくどい彼にイライラしてきた。 「私、本読んでるから。言いたいことがまとまったら話して。」 「ここでも読むの?!お前、意外と気短いな?!」 「どうとでも言って。私は早く本の続きが読みたい。」 「わかった。じゃあ言うわ。」 「うん。」 「、俺の相談相手になってくんない?」 「・・・・・・・・・・は?」 再度確認しておくが、私と若菜くんはただのクラスメイトだ。 昨日まではまともに話したこともない。 なのに、いきなり何を言い出すんだろうか、この人は。 「俺、が好きだったこと、誰にも言ってないんだよ。」 「はあ。」 「付き合えてたら、大々的に宣言できたけどさあ。まあ、その、振られたじゃん?」 「うん。」 「でも、隠してきただけに、そのことも誰にも話せないだろ? 昨日言ったみたいに、格好悪いのもあるけど・・・にも迷惑かけるだろうし。」 「うん。」 「しかし、は知っていると。」 「だから?」 「俺らのこと、面白がりもしないし、誰かに口外することもない。」 「・・・だから?」 「いいよな!」 「何が?!」 かなりおおざっぱで、まったく同調できないけれど、彼の言いたいことはなんとなくわかってしまった。 力説する若菜くんの表情とは反比例して、自分の顔はどんどんひきつっていくのがわかる。 「いいじゃん!見るたびに悶々とすんだよー!いろんな意味で!」 「知らないよそんなの!」 「でもそういうの態度に出すと気にするじゃん?俺、頑張ってんの!」 「いいじゃない、そのまま頑張れば。」 「一人で抱えるのは嫌!」 「抱えてよ!人を巻き込まないでくれる?」 全力で拒む私を気にもせずに話を進める若菜くんを見て 埒があかないとため息をつきながら、彼の言葉を遮るように私は口を開いた。 「わざわざ私じゃなくたって、信用できる友達に話せばいいじゃない。」 「いや、あまり情報を広めたくないなーって。」 「それに、いきなり私と話すようになったら怪しまれるでしょ。あらぬ疑いをかけられるかも。 さんにだって、若菜くんの告白は本気じゃなかったのかもって思うんじゃない?それでいいの?」 「・・・いーよ。どうせ俺振られたんだしー。そもそもそういうイメージ持ってる奴のが多いだろ。」 「ふーん。本気じゃなかったんだ。」 「本気だよ!」 「・・・って即答しちゃうくらいなんだから、勘違いなんてされたら嫌でしょ? ということで、この話は無かったことに。」 「・・・。」 いくら事情を知ってしまったからといって、わざわざ私を選ぶ必要なんかないだろうに。 そもそも私としたって迷惑だ。若菜くんはいい意味でも悪い意味でも目立ちすぎる。 今までのように、ただのクラスメイトという位置が一番いい距離のはずだ。 「・・・」 「じゃあ私は図書室に戻るので。」 「・・・お前、かっこいい!!」 「・・・・・・・・・・は?」 「この俺がしてやられるとは・・・!策士め!」 「若菜くんが単純なだけでしょ?」 「だーれーが!俺ほど複雑な奴はなかなかいないぜ?」 「あーそうですか。」 もう適当に相槌でも打っておこう。 彼にはたくさんの友達がいるし、今はものめずらしさで私に構うけれど、そのうち飽きるだろう。 そうじゃないと私の気苦労が増えるだけだ。ほっておくのが一番なのかもしれない。 なんて思っていたけれど、どうやらそれは甘い考えだったらしい。 少しの期間、ほんの数回、多少の騒がしさはあるだろうと思っていたけれど、 それが一向に終わる気配がないまま、時は過ぎていく。 私のしていることなんて、若菜くんが話す横で適当に相槌を打っているだけだ。 時々反応すら返さないことだってあるのに。 どうしていつまでも飽きることなく私に話しかけるのだろうか。 「ー、やっぱりここにいた。」 「誰のせいよ。」 「え?何が?」 「人目をまったく気にせず話しかけてくるし、うるさいしで、いい迷惑なんですけど。」 「えー、話しかけることの何がいけないわけ?普通だろ?」 「若菜くんが私に話しかけるってことが問題なの。一気に注目の的よ。」 「いいじゃん。俺、注目されるの好きー。」 「私は嫌いー。だからこんなとこまで来ることになったんでしょう? 図書室じゃ白い目で見られるようになったし、散々だわ。」 「まーまー、そしたらこの静かな場所で親睦を深めようじゃないですか!」 「・・・はー。」 私が何を言おうが若菜くんはへこたれると言うことを知らないらしい。 というか、これだけのポジティブさがあれば、女の子に振られたことで誰かに相談なんてしなくていいんじゃないの? 「そうそう、今日さー、若菜とはお似合いだって言われちゃった!」 「へー。」 「ねー、俺もそう思うんだけどねー。何でうまくいかないかなー。」 「そうですねー。」 「なあなあ。俺って結構かっこいいよね?」 「・・・そう?」 「何でそこだけちゃんと反応すんの?!ひどくね?!」 「私、若菜くんのかっこいいとこ見たことないもの。」 「お前はもっと周りを見ろ・・・っていうか俺をしっかり見て!かっこいいはずだから!」 「・・・あ、そ。」 「やる気ねえな!」 ただ、面倒とは言えど、彼の扱いには慣れてきた。 若菜くんはマイペースで人の都合もお構いなしだったけれど、二人で話すときは割と私の状況を見てくれる。 私が本当に迷惑そうに・・・というか、反応すら無くなると、それ以上は無理に話しかけては来ない。 若菜くんが突然黙ったときには、少しびっくりしたくらいだ。 「・・・周りと言えば。」 「なになに?」 「最近私にまとわりつく人がいるから、周りが勘ぐってくるんですけど。」 「まとわりつく人・・・?って、何?もしかして俺のこと?!」 「もしかしなくてもそうですが。」 「もっと言い方考えて?!うーん、でもそっか。俺ら仲良しだからなー。」 「誰と誰が。」 「俺と、が。」 「・・・。」 ニッコリと微笑む若菜くんには、何を言っても無駄だろう。 けれど、本当にいいのだろうか。振られたとはいえ、さんに勘違いされたら嫌だろうに。 彼女のことが本気で、なのに、私と勘違いされてもいいって・・・訳がわからない。 ・・・いや、もしくはそれが目的? 「もしかして、若菜くん。」 「ん?」 「他の女子と仲良くしてるところをさんに見せたかったとか?」 「・・・え?」 「さんにやきもち妬かせたかった。 さらに言えば、そうして自分へ気持ちが向いてくれればと思ってたとか。」 そう考えれば今までの若菜くんの行動の意味がわからなくもない。 逆にそうじゃないのなら、私に構ってくる理由がさらにわからなくなる。 「うわー、ばれた?!」 「・・・。」 「だって悔しいじゃん!俺みたいないい男を振っちゃって後悔すればいいんだって思って!」 「ふーん。それじゃあ私は若菜くんに利用されたと言う訳ね?」 「ごめんごめん。だって、俺に興味ないって言ったじゃん?」 ・・・まったく、本当に参ってしまう。 私は彼の愚痴なんだか惚気なんだかわからない話につき合わされ、 適当に相槌を打っていただけだというのに。 「若菜くんって、意外と嘘が下手だよね。」 いつもと変わらないフリをする彼が、わかるようになってしまった。 「え・・・え?何、嘘って。」 「ああ、本当のことだったの?」 「そ、そう・・・」 いつもは本にばかり目を向けて、若菜くんへ視線は向けない。 けれど今だけは彼をじっと見つめてみる。若菜くんは戸惑いながら思わず視線をそらした。 「嫌ー!もーなんなの!のバカー!」 「うわ、いつも無理やり話を聞かせてる側の台詞?」 若菜くんは演技も嘘もうまいくせに、いざというときにはツメが甘い。 彼はよく喋るけれど本音を隠す節があるから、私なんかに見抜かれてさぞかし悔しいだろう。 いつも私ばかりが振り回されているんだ。これくらいの意地悪はしてもいいでしょう? けれど、やきもちを妬かせるためでないというのなら・・・?やっぱり謎は深まるばかりだ。 「なあ!が彼氏つくったって!」 興奮した様子で勢いよく扉を開きながら、クラス中に響く声。 朝のホームルーム前でまだ生徒はまばらだが、そこにいた全員が声の主へと視線を向けた。 「昨日、手つないで帰ってたらしくて!」 「うそー!俺たちの癒しが!さーん!!」 「相手は?相手誰?!」 「それが1組の・・・って、今来た!今と一緒に歩いてる奴!」 「・・・ええ?!ちょっと待てよ!あんな地味な奴?!」 「よりもチビじゃん!」 「嘘だろ〜!あんな奴に俺らのさんが取られたの?!」 仲睦まじく並んで歩くさんとその彼氏らしき男。 確かにさんや若菜くんのような容姿ではないし、一見するととても地味なタイプに見える。 とはいえ、誰が誰と付き合うかに他人が口を出す必要もないと思うので、それ以上どうとも思わない。 クラスが騒ぐ中、私一人の視線は違う方へ向けられていた。 彼がどんな表情をしているか、考える前に彼の表情を見てしまった。 騒ぐ他のクラスメイトから一歩引いた場所。 若菜くんの表情は、驚くほどに穏やかだった。 浮かんでいた笑みは、騒ぐ彼らを面白がるものでも、振られた自分を自嘲するようなものでもない。 この時、ようやく私は若菜くんの意図に気づいた。 「ー!俺ついに完璧に玉砕したー!なぐさめて〜!」 「何を今更。」 「あー、ちくしょー。皆にからかわれてるのに幸せそうにしてる、可愛かったな〜!」 「まあ、相手のこと本当に好きなんだろうね。」 「ううっ・・・何、なぐさめるどころか傷に塩を塗りこむんすか?!」 見た目で言えば、お似合いと言えるのは若菜くんとさんだ。 若菜くんの性格が悪いとは思っていないし、彼の持たれるイメージとは正反対に、本気でさんが好きだったとも思う。 けれど、さんが選んだのはまったくタイプの違う人。恋愛とはなかなか一筋縄ではいかないもののようだ。 「も違う奴のものになっちゃったし、に相談する回数も減るかもなー・・・。」 「・・・。」 「あ、でも俺ら友達だから!そこは変わりないから!」 若菜くんは回数が減ると言ったけれど、きっと彼はこれを最後にするつもりだ。 なぜなら、私と会う理由が無くなるから。彼の目的が達成されたから。 「・・・若菜くんはさ。」 「ん?」 「私に対して失礼だとか、ひどいとか言ってたけど、自分もそうだよね。」 「・・・え?」 「私を利用してたのは本当ってことか。」 「え、あ、・・・?」 本当はわざわざ口に出さなくても良かったのかもしれない。 きっとその方がお互い何もなかったように、元の関係に戻れただろう。 「私に構ってたのは、さんを妬かせるためじゃない。」 「・・・。」 「安心させるためだったんでしょう。」 けれど、お互い気まずくなるかもしれないってわかってて、 それでもなぜか、口に出さずにはいられなかった。 「さんに告白して、彼女に好きな人がいることを知った。でも彼女の性格上、仲の良かった若菜くんを振って、 他の好きな人とうまくいって幸せになるなんて考えられなかった。」 若菜くんもさんもただのクラスメイトだった。 けれど私は、半ば無理やりに若菜くんを知ることになり、 いつしか、彼の想い人をも自然と目で追うようになる。 「若菜くんはそれがわかってたから、少しでもはやく彼女を安心させようと思った。 そして、そこに都合よく私がいた。」 きっと、昔の私だったらわからなかっただろう。 彼が何を思い、何を考えて行動していたのか。 いつも明るく、悩みなんてなさそうに笑うその裏に、どんな感情があったのかなんて。 「自分に興味がないと言った私を・・・さんとは違う女の子を構うように見せて、 振られたことなど何でもないんだって思わせたかった。」 若菜くんは私の言葉に驚いたように目を丸くして、小さく唇を噛んだ。 そして一瞬目をそらして何かを考えると、若菜くんを見つめていた私に向き直る。 過ごした時間はきっと短い。けれど私に嘘は通じないと、彼もわかっている。 「・・・俺、知ってたんだよ。」 「何を?」 「に好きな人がいること。」 「・・・。」 「告白したら困るってわかってた。自分が振られて、が気にするだろうってことも。」 若菜くんのこんな表情は初めてだった。 彼は怒ったりふざけたりもするけれど、いつだって笑っていたから。 たとえそれが本当に心からのものじゃなくても、笑顔でいることは忘れていなかった。 「だから、本当に言うつもりはなかったんだ。 けど・・・意識なんかしないで、すごく自然に・・・口に出しちゃったんだよなあ。」 いつも悩みなんてなさそうに笑っているのに。クラスの中心でバカ騒ぎして、きっと皆に好かれていて。 ノリもいいし、女の子ともよく話す。だからきっと軽いイメージだって持たれてる。 「でも、俺の気持ちが重荷になるのは嫌だった。 俺のせいで、アイツが本当に好きな奴に気持ちを伝えられないなんて嫌だったんだ。」 そんな彼がこんなにも大切に想う人。 明るい笑顔の裏で、きっとたくさんの想いを巡らせてきたんだろう。 「・・・ごめん、。お前の言うとおりだ。俺、お前を利用した。」 どんなに想っても、相手がそれと同じ気持ちを持ってくれる保証なんてない。 違う相手が好きなんだと知って、それでも、若菜くんはずっとさんが好きだった。 「・・・でも俺・・・お前と一緒にいて、楽しかった。これは本当なんだ!」 どうやら恋愛とは、頭で考えてどうこう出来るものじゃないらしい。 持ってしまった感情を止めようとしても止められず、制御することも難しそうだ。 「・・・だから、お前さえ良ければ・・・これからも話さないか?」 「・・・。」 「図々しいってわかってるよ!けどお前、かっこいいし、優しいし、面白いし。 もっといろんなこと知りたいって思ったんだよ!」 「悪いけど、それは無理かもね。」 「・・・あ・・・」 「私、若菜くんに興味を持っちゃったから。」 「・・・え?」 興味を持たないわけがない。気にしないわけがない。 話せば話すたびに、過ごす時間が増えるたびに、私の知らなかった若菜くんが現れる。 ふざけているのに真面目で、いつも茶化して誤魔化すくせに、予想外のことには弱くて。 軽い人だと思わせる行動を取りながら、びっくりするほど純粋に想う人がいる。 私にはわからなかった。 それほどまでに誰かを想えることが不思議だった。 けれど、思えば私自身も矛盾な行動をしていると気づいた。 迷惑だと言いながら、一人になる場所は変えなかった。 面倒だと思いながら、彼の傍からは離れなかった。 適当な相槌に見せながら、いつも最後まで話を聞いていた。 なぜだろう、と思っていた。 私は一人が好きなのに。面倒ごとなんて苦手なのに。 そして、いつしかその疑問すら頭に浮かべなくなった。 「私、若菜くんのこと好きみたい。」 自分でも理解できなかった行動の意味が、やっとわかった気がする。 「・・・え、えええ?!」 「迷惑ならそう言ってくれればいい。」 「俺、かっこ悪いとこしか見せてない気がするんだけど?!」 「本当にねえ。」 「全肯定?!」 「恋愛って本当に不思議。」 一人が好きだった私が、いつも誰かに囲まれている彼を好きになるだなんて、 想像もつかなかった。でも、そんな理解できない感情が、自分にもあることはすごく面白い。 「め、迷惑とか、そういうのはないですが・・・」 「ふーん。それじゃあ私のことは嫌い?苦手?」 「それはねえよ!」 「じゃあ好き?」 「・・・そ、それは・・・その・・・」 慌てる若菜くんを見てるのは、なんだかとても新鮮で。 ニコリと笑う私と、顔を背ける若菜くん。いつもとは正反対だ。 「・・・割と、好きです、けど。」 顔を真っ赤にさせて、視線もあわせずそう言った若菜くんを見て、思わず吹き出した。 そんな私に対して若菜くんもいつものように反論するけれど、今は何を言っても私の方が優勢みたいだ。 おかしいな。好きだと告白したのは私の方なのに。 若菜くんの好きの意味が、私と一緒のものでなくても。 今の私はその言葉だけで幸せを感じられるみたい。 恋愛とは不思議で理解できなくて、まだまだわからないことばかりだけど、 どうやらこれから、たくさん知っていくことになりそうだ。 出来ればその相手は今と変わらないでいればいいなんて 柄でもないことを思った自分に、小さく笑ってしまった。 TOP |