「自分の席確認した?じゃあ移動開始ー!」





ついにやってきたこの日。
心落ち着くこの席。幸せな気分になれるこの席の終わり。

たかが席替えをこんなに寂しく思えるその理由は。





「わわっ!!」





この席に移動してきた時のように、机の中身をばらまいて。






「あはは・・・。ごめんねさん。」






照れたように笑う、彼の存在のせいだった。


















君の笑顔が恋しくて


















同じクラスの風祭 将。
背は小さいし、鈍いし、どんくさいし。
はっきり言えば、私が見ていてイライラするようなタイプ。

それでも私は彼に、恋をした。
きっかけは彼のあまりの笑顔の可愛さ。
そして彼を目で追うようになってから、その姿からは想像できないような強さを知って。
そんな可愛くて、格好いい彼に惹かれている自分を知った。

同じ年代の男子に、それも風祭にそんな感情を持つだなんて、思ってもみなかった。
人生って本当わからないよなぁ。





「風祭はどこの席になったの?」

「僕は窓際の前から2番目だよ。さんは?」

「廊下側の真ん中・・・。」

「あ・・・正反対の場所なんだね。」





風祭の机の中身を拾いながら、さりげなく彼の場所を聞いてみれば
隣の席だった今までのように、気軽に話しかけることの出来ない場所。
彼とのつながりを保つために、彼と話すために、授業のノートを借りたり
サッカーの話題にもついていけるように、サッカーについて勉強したりもしたんだけど。
もはやそんな些細な会話もできそうにない距離だ。

私の心は沈んでいたけれど、その感情とは別に。
複雑そうに笑った風祭を見て、何だコイツ可愛いすぎなんだよ勘弁してよ。
なんて思っていたことは私だけの秘密だ。





















私のそんな思いもお構いなしに、席替えは無事終了してしまった。
私は一つ、小さなため息をついて次の授業の準備を始める。
風祭に何度もノートを借りていた手前、勉強や宿題をしないわけにもいかず、
授業もサボれず、彼のおかげですっかり真面目癖がついてしまった。

いや、もともとそんなに不真面目だったわけじゃないけど。





「つまらなそうな顔しとるなあ。」





左から聞こえてきた関西弁。
このクラスに関西弁を話す奴は一人しかいない。





「元からこういう顔よ。ケチつけないでくれる?」

「怖いなあー。カザとは大違いや。」





ニヤニヤと笑ってからかうような目で。
どうやら隣の席になったらしい佐藤だ。
勘の鋭そうな佐藤のことだ。私の気持ちに気づいててもおかしくない。
私はそれだけ(こっそりとだけど)サッカー部を見てたわけだし。





「そりゃあアンタと風祭だったら、態度が違って当然でしょ。」

「何やそれ!シゲちゃん悲しいわぁ!」






ふざけたように私に話しかける佐藤を一瞥して、ため息を一つつく。
私が欲しいのは風祭のような心地よさであって、金髪のやかましさじゃないのよ。





「何か今、ひどいこと思わへんかった?」

「別に?」





こういうのって態度に表れるものなんだろうか。
佐藤がホンマかな〜と私の顔を覗き込む。
ああ。風祭と話していたあの時間が懐かしい。ってまだ数分も経ってないけど。





「まあええわ。ところで傷心のちゃんに朗報や!」

「勝手に名前で呼ばないでくれる?」

「そんなんノリやん!そないなことよりも!」





佐藤がこっちへ顔を寄せろと、手で示す。
何で私がその指示に従わなきゃならないのかと無視すると
佐藤がこちらへ寄ってきた。そして小声で囁く。





「カザはよく3丁目の土手でサッカーの練習しとるで。」

「は?」

「席が離れた今!自分から近づいていくしかないと思うねん。」

「・・・何がよ。」

「まあええけどね。シゲちゃんのワンポイント情報ちゅーことで!」





完璧、佐藤は私の気持ちに気づいてる。
それにしたって、何でコイツがこんなにノリノリなのか。(いい迷惑だ)





「何でアンタがそんなことまで言ってくるわけ?」

そりゃー面白・・・ を応援したいからやん!!」





・・・なるほど。すっごい納得した。
風祭を好きな子がいるだけでも珍しいのに、それが私とあっちゃね。
背が低く、地味で大人しそうに見える風祭。
背が高く、派手で性格のきつい(と言われる。失礼すぎだ)私。
私と風祭のカップルなんて、誰もがきっと想像もしない。(それはそれでムカつく)
それが実現したなら、周りの反応やら、風祭本人の反応やら、さぞかし面白くなるんでしょうね?



















佐藤に(聞いてもいないのに)教えてられた風祭の居場所。
だからと言って、そこに偶然を装っていくだなんてそんな恥ずかしいことはできなくて。
ていうか、私の場合絶対ボロが出ると思う。声裏返ったりしそうな気がする。
まあ例え私がボロを出しても、鈍感風祭は気づくことなんてないんだろう。
あまりの鈍感さに腹が立ってもいいくらい鈍感な奴なのに・・・そういうところも可愛いんだよ風祭め!

そんなことを考えながら、一人で葛藤を繰り返し。
気づけば今週も終わり。家について、ノートを取り出すのが癖になってしまった私は(風祭効果)
とりあえず机の上にノートを広げた。風祭にノートを借りるのも、しばらくはないんだよなあと落ち込みながら。

そして気づけばそこには、風祭のノート。
ノートを借りてから授業がなかった為に、返すタイミングを逃していた。
さらにもう一つ、授業とは関係なさそうなノートがそこに混じっていたのに気づく。





「・・・丸秘!練習ノート・・・」





そこに書いてあったタイトルを読み、声に出してみる。
丁寧にノートにタイトルまでつけてあり、そのタイトルが『丸秘!練習ノート』って・・・。





「ふっ・・・あははは!!」





あまり笑わない私が、つい声を出して笑ってしまった。
それはバカにした笑いとかじゃなくて、多分、愛しさに溢れていた笑い。
このタイトルの字は風祭の文字。誰かに影響でも受けたのかなぁ。それとも自分で考えたのかなぁ。
こうやって自分の練習ノートまでつけて、それに丸秘!までつけちゃったりする風祭。
可愛く思えて仕方がない。やっぱり風祭だよなぁ。



ひとしきり笑った後、このノートをどうするべきかと少し悩む。
風祭が土日に勉強することはないだろうけど、サッカーの練習はするんだろう。





「席が離れた今!自分から近づいていくしかないと思うねん。」





佐藤の言葉に従うわけじゃないし、アイツの思い通りになるのは癪なんだけど。
それでも思う。あの鈍感大王に近づいていくのなら、私も動かなければダメだと。

机に置いてあった携帯を手に取り、覚悟を決める。
・・・決めた、はずだったが。





「風祭って携帯持ってないんだった・・・!!」





決めた覚悟が急速にさめていく。
以前、さりげなく携帯の番号を聞けば「僕、持ってないんだ。」と言う困った笑顔。
その笑顔につい謝ってしまったことも記憶に新しい。

途方にくれてどうしようかと迷い、そういえば、と一つ思い出す。
クラスの連絡網だ。そこには風祭の家の電話番号が載っているはず・・・。

自分の意外な行動力に驚きながら、連絡網のプリントを探し出し
私は今度こそ彼へとつながる電話のボタンを押したのだった。












次の日の丁度お昼になるくらいだろうか。
風祭と約束を取り付けた私は、目的の場所である3丁目の土手へと向かった。
会話の中にはちょっとした白々しさもあっただろうけど、風祭はそれに全然気づいていないようだった。

本当は午前中から準備万端だったんだけど、あまり早く行くのもどうかと思い
それでも我慢できずにこの時間になってしまった。






バンッ






壁に何かが当たる音。
それが何の音か既に予想はついていた。

いつから練習していたのだろう。汗だくになった風祭が壁に向かってサッカーボールを蹴っている。
いつも思う可愛さよりも、まっすぐにボールに向かう彼に格好よさを感じて。自分の胸が高鳴るのを感じた。

私に気づかずに、ただまっすぐに。
自分に気づいてもらうよりも、このまま彼を見ていたいと思った。

何に対しても興味が持てないと思っていたし、告白してくる男子にもこんな気持ち持ったことなんてなかった。
やっぱり私の心を動かすのは風祭なんだと、恥ずかしいことを思っていた。








「風祭!」

「え?」





声をかけるタイミングが悪かったらしい。
ボールに向かって駆け出していた風祭は、バランスを崩して地面へと倒れこんだ。





「かっ、風祭?!」

「あたた・・・。さん。」





慌てて駆け寄った彼は、照れたように笑った。
その笑顔が私の胸を高鳴らせたことは言うまでもなく。





「はい。お届けもの。」

「ありがとう!」





その笑顔を見て、彼を抱きしめたくなったことも言うまでもなく。





「ねえ風祭。私、ちょっとここで見学しててもいい?」

「ええ?!別に構わないけど・・・見てるだけでいいの?」

「うん。アンタがサッカーしてるとこ、見てみたい。」

「え、そ、そっか・・・。僕下手だから、がっかりさせちゃうかもしれないけど・・・。」

「しないよ。」

「え?」





あまりにもきっぱりと言い放ったその言葉。
風祭が唖然とした表情で私を見る。

がっかりなんてしないよ。絶対に。
サッカーなんてよくわからないけど。風祭のことを知ってから、アンタのサッカーはずっと見てきてる。
がっかりなんて、したことない。見えるのは彼の強さと根性と向上心。

目をそらさずにまっすぐに彼を見つめた。
風祭は赤くなって、困ったように笑みを浮かべて練習へと戻る。
足元がおぼつかずに、動揺しているのが目に見える彼にまた私は笑った。





赤くなった彼はボールに向かうとすぐに、その集中力を取り戻した。
まるで私の存在など目に入っていないかのように。
けれど、それでもいいと思った。

普段の可愛い彼も勿論好きだけれど、きっと私は。
何に対してもまっすぐに歩いていける彼が好きなんだ。
そんな彼を格好いいと思う。

言いたいことははっきり言うし、どうでもいい相手に優しい言葉だってかけられない。
愛想はよくないし、言葉は冷たい。
そんな自分の性格を好きになったことはないけれど、それでも。
彼に対してそんな想いを持てる自分は、嫌いじゃないとそう思えた。





それから暫くの時が流れて。
私が買い物へ行ったのにも気づかずに未だボールを蹴っている風祭。
どうやらシュートをまっすぐじゃなくカーブさせる方法を練習しているらしい。(なんとなくだけどわかった)
一人でぶつぶつと言いながら、ああではない、こうではないと呟いている。

そして、今日何本目になったのかもうわからないそのシュートが
私の目にわかるくらいに曲がって、線で書かれた壁のゴールへと吸い込まれた。





「やっ・・・!!やったー!!」

「おめでと。」

「わあっ!」





ガッツポーズをして満面の笑みを見せた風祭に(うわ!可愛すぎ!!)
タオルとポカリを差し入れた。ここに来るときに買っておけばよかったんだけど
ワクワクしすぎてそんなことにも気がまわっていなかった。

買ってきてそんなに時間も経っていないポカリを風祭に当てると
驚いたように風祭が後ろに飛びのいた。そしてポカリのペットボトルが触れた部分を
手で触りながら、私がいることに目を見開いた。





さん・・・!ずっとここに?」

「何?いちゃ悪い?」

「わっ・・・悪くなんてないよ!そんなことない!!」





私の意地悪い問いを必死で弁解する風祭。
そんな彼の姿を見て、私はまた笑う。





「じゃあそろそろ帰ろうかな。風祭はまだ練習していくんだよね?」

「うん。ごめんね。つまらなかったよね・・・?」





私が勝手にここにいたって言うのに、申し訳なさそうに謝る彼の姿に愛しさを感じて。
自分はあまり笑わないって思ってたのに、自然にこぼれる笑み。今日何度目だろう。





「ね、また来てもいいかな。」

「え?うん!勿論!」





私がここに来る理由なんて全然わかってない。そんな顔をして。
きっと次に私がここに現れても、同じような反応をするんだろう。
理由がわからなくたって、その笑顔で嫌な顔せずに迎えてくれるんだ。





ねえ風祭。
アンタといると、心が温かくなる。



自然と笑顔が溢れてくる。



アンタと並んだ私が、どんなにアンタと似合わないだなんて言われたとしても。
それでも側にいたいってそう思う。










さん、サッカー好きなの?」










全然的をえてないその言葉。
違うよ風祭。私がまたここに来たいと思うその理由は。








「風祭はサッカー、好きなんだよね?」

「うん!」

「だから私も好きになりたいと思う。」

「・・・え・・・?」






また、その表情。
鈍すぎる彼は、きっと私の言っている言葉の意味なんて気づかない。









「風祭の好きなもの、私も好きになりたいって思うよ。」










私は笑っていた。
風祭のような可愛さなんて、ないけどさ。
それでもそれは、きっと私にとって風祭にも負けないくらいの満面の笑み。

真っ赤になった私の顔を、風祭に見せるのはあまりに恥ずかしくて。
風祭の表情も、反応すら見ずに私はその場を後にした。








さん!」








私の名を呼ぶ風祭の声。
私は振り向かずに、足だけを止めた。








「今度は一緒にサッカーしようよ!」








あまりに拍子抜けなその言葉に、思わず振り返って彼を見る。
ねえ風祭。私の言った言葉の意味、わかってる?わかっててそう言ってる?

風祭が笑う。私の好きなその笑顔。
今度は私が、風祭の真意を読み取ることができない。








さんがサッカー好きになってくれるなら、僕も嬉しい!」








ねえそれは。どういう意味?
わからない。わからないけれど。









「また来てね!さん!」









またこの笑顔に会えるのなら。






答えを急ぐ必要なんてない気がして。






これからも彼と過ごせることが嬉しくて。






その言葉に、私は笑顔で頷きを返した。














TOP