「ノリック、今日はサッカー無い日やろ?一緒に帰ろ!」

「ええで!どっか寄ってこか?」

「この間言うてた駅前のカフェは?ノリックと行こう思てて、まだ入ったことないんやわ。」

「なんや。僕が空く日を待ってたん?」

「可愛いとこあるやろ?」

「せやな。」



当たり前のように予定を知っていて、当たり前のように軽口を叩きあい、当たり前のようにいつも一緒にいる。
いつまでも話がつきる気がしないし、居心地の良さは相当のものだ。



「仲良すぎやろ、あんたら。とっとと付きおうたらどう?」

「フッフッフ、仲良いからってなんでもかんでも恋愛に結びつけるのはあかんで〜?」

「ノリック人気あるんやから、がひとり占めすんな言うてんの。友達だって言うなら尚更やん!」

「残念やな、友達でもなんでもそのノリックが選んだのは私と言うことや!」



それだけ一緒にいるなら付き合ってしまえとか、男女2人きりでどうしてそういう雰囲気にならないのとか、散々言われるけれど。
私と隣にいる彼、ノリックこと吉田光徳は昔からの友達だ。私たちの友情はこれからも、絶対に変わることはない。






友達協定









私とノリックの出会いは、小学生の頃まで遡る。
きっかけは同じクラスになり、席が近くなったことで、頻繁に会話をするようになったこと。ありきたりでよくある話だ。
小学生はまだ体のつくりも話題も男女の壁は薄く、私たちはすぐに仲良くなった。

私は兄の影響もあってか、魔法少女よりも戦隊物。お人形遊びよりもロボット大戦。お絵かきよりもゲームが好きだった。
だから、その頃は男子の集団に混ざって遊んでいたことが多かった気がする。
それから中学に進学して、友人も入れ替わったりしたけれど、私とノリック、そしてもう1人の3人はいつも一緒にいた。
ずっと一緒にいても話がつきない。お互いのノリも笑いのツボも同じ。周りには珍しがられたけれど、性別なんて関係なく、本当に楽しくて、信頼できる友達だった。



『うんうん、やっぱりは俺のことわかっとるな!』

『はは、凹んでるのバレてたか。お前に隠しごとはできんわー。』

、やっぱりお前は最高や!』



いつしか私は、そのうちの1人に恋をする。
最初は恋と呼んで良いのかもわからない、淡い感情だった。
一緒に過ごす毎日が本当に楽しくて、幸せで。
飾ることなくくれる言葉が嬉しくて、募る想いが日々大きくなり、彼に望むことが増えていった。
ただの友達じゃない、男友達と同じ扱いじゃ嫌だ。女の子として見てほしい。
疑うことなんてなかった。相手だって自分と同じなのだと確信していた。
だから私は、その想いを彼に告げたのだ。



『あははは!いや、冗談やろ?俺たちはそういうんとはちゃうし!そりゃあは女やけど、そんなん意識したこともなかったしなあ。』

『大体、俺らに混ざってサッカーもドッジボールもケンカだってしてたやん。対等っちゅーか、むしろなぎ倒してたよな。女として見ろって方が無理やわ。』

『え?マジなん?ホンマに?・・・ちょお待って。嘘やろ?いや、無理やわ。考えようとしても、頭が拒否しとるもん。』



嘘やろ、はこっちの台詞だった。両想いを確信していた私は、見事なカウンターを喰らい呆然と立ち尽くす。
大好きな彼は、残酷なまでに必死になって、私の想いを否定した。



『なあ、今までどおりでええやん。お前は最高の友達やねんから、そのままでおってほしい!』



そして、彼のこの返しを最後に、私と彼の友情関係は終わった。
彼の言葉に衝撃は受けたけれど、嫌いになったわけじゃない。だから、私が彼を無視したわけでも、彼が私を無視したわけでもない。
それでも、今までなんの気兼ねもなく誘えていた遊びも、頼み事も、学校行事でさえ、一線をひくようになってしまったのだ。
振った側と振られた側。恋愛感情に無意識だった彼と完全意識していた私。お互いが気おくれしてしまって、簡単に話すことができなくなってしまった。



どうしてこうなるんだろう。つらくて、苦しくて、悔しかった。時間を戻せるならと、何度思っただろう。
私が彼に持ってしまった感情が、告げてしまった想いが、私たちの関係を崩してしまった。
何より、ノリックにも合わせる顔が無かった。私の我儘で、勘違いで、あんなに仲の良かった3人でいられなくなった。

私はノリックに事の顛末を話し、謝罪した。勝手なことをしてごめん、もう私のことは気にしないで、彼と友達関係を続けてほしいと。
すると彼は、いつもどおりの明るい笑顔を浮かべながら、俯く私の頭に優しく手を置いた。



『3人でいられないからなんやねん。僕との2人だったら友達ちゃうの?』



失恋をして、大切にしていた関係性が崩れて、それなのに初めて涙が溢れ出したのはこの時だった。
後悔して、自分を責めて、たった1つのことですべてが壊れてしまうような錯覚に襲われていた。
ノリックの笑顔と、穏やかな口調。その言葉に心底安心したのを覚えている。



『なあノリック。どんなことがあっても、友達でいてくれる?』

『何をわざわざ聞いてんねん。当然や。』

『私も、何があったってずっとノリックの味方やから。ずっと友達でおってな。』

『ええで。この友情は永遠やな!』



この人と出会えて良かった。彼が友達で良かった。
温かくて優しくて絶対に守りたいつながり。
私はひとつの恋を終えて、ひとつの友情を失い、今まで以上に大きな、揺らぐことのない友情を手に入れた。








そして今、ノリックと同じ高校に進学して、変わらぬ信頼関係を築いている。
ノリックにはサッカーの才能があって、部活やら選抜やら、いろいろなところから声をかけられ忙しくしているけれど、こうして時間が空くと一緒に過ごす。これも昔から変わらない。



「評判どおり、ケーキ美味しかったなあ。特にショートケーキは絶品や!」

「チョコケーキも食べたし、次のときはチーズケーキいこか?」

「季節のタルトも試したいとこやなあ。」

「ほな、2人で分ければええか。また行こうな。」

「うん!そや、このままノリックん家に寄って漫画の続き借りられる?なんならお邪魔して読ませてもろてもええかな?」

「うちのオカンはのこと好きやから、大歓迎だと思うで。」

「やったー!行くわ!」



ノリックにはどれだけ助けられて、救われたかわからない。
一緒にいて楽しくて、可愛い顔で頼りになって、こんなに居心地が良い信頼できる友達がいて、私は幸せ者だ。

恋愛なんてしなくたって良い。こんなにも尊い友情があるんだから。



「あ、ちょっと待っとって!」

「ん?」



ノリックの家が見えてきた辺りで、突然ノリックがまっすぐ走り出した。
その先に視線を向けると、そこには長い黒髪が綺麗な年上の女の人が歩いていた。

その人に話しかけるノリック、笑顔で答える黒髪の美女。
何回か見かけたことのある顔。ノリックのお隣に住んでる女子大生だ。
軽く会釈をしてくれたので、こちらも返す。清楚という言葉がピッタリのお姉さまだ。

ノリックの家にお邪魔して、おばさんに挨拶をして、彼の部屋に入る。
目的の漫画を貸してもらい、お互い黙々とそちらに意識を集中した。

・・・と思ったけれど、どうにもノリックがそわそわしているような気がしてならない。
ノリックは感情をはっきりと表に出すタイプではないけれど、気のせいではないだろう。



「ノリック、何か言いたいことあるやろ。」

「・・・が聞きたいなら話してもええけど。」

「じゃあええわ・・・なんて言うわけないやろ気になるわ!勘の鋭い私が察するに・・・」

「勘の鋭い・・・あ、今ボケた?すまん、突っ込むの忘れてもうた。」

「ボケてないわ!!ノリック、さっきのお姉さんと話してから、様子おかしいやろ絶対!」

「おかしくはないけど・・・うーん、悩んではおるかなあ。」

「悩み!?よし、ノリックの一番の親友、さんが聞いたるわ!

「今な、口説いてんねんけど。」

「クドイテンネンケド?」

「なんで片言やねん。」

「くどいて・・・口説いて!?嘘やろ?ノリックが!?今までそんな話聞いたこともないのに!!」

「僕もお年頃やからなあ。そういう話のひとつやふたつ。」



持っていた漫画を放り出して、座っていたベッドから身を乗り出す。衝撃すぎて転がり落ちそうになったけれど、それどころじゃない。
ノリックと私は一緒にいて仲も良かったけれど、お互いこういった色恋の話はほとんどしていなかったのだ。



「いや、年上好きなのは知ってたけども・・・!あの人、昔からいたお隣さんで、どうして今?元々好きやったの?」

「そやなあ、攻めるなら今やな!と思って。」

「全然知らんかった・・・!私、どうしたらええの!?」

「お、何かしてくれるん?」

「当然や、私とノリックの仲やんか!私はいつ、どんなときだって、ノリックの味方やねん。そう決めてんねん。」

「ははっ、心強いわ。ありがとうな。」

「作戦練ってくるから、楽しみにしてて!」



初めて聞いたノリックの恋愛話にテンションがあがってしまって、根拠のない自信とガッツポーズにも、ノリックは笑って応えてくれた。
まあ私とノリックの仲やし?根拠なんてなくても、全力で協力するのもわかりきっている。
そのままノリックの家で夕飯をごちそうになり、彼の力になれることに考えを巡らせながら、ノリックに送られ帰路についた。







「年下の可愛さを押し出すのはどうやろ?ノリックは可愛い系やし、効果てき面と思うんやけど。」

「可愛い系が可愛いことしても意外性が無い気がせん?」

「・・・確かに!乙女心がわかっとるなノリック!」

「ほうほう、の乙女心はどういうときに出てくんねん。」

「はっ、いつも乙女やろ?」

「そこはボケるところちゃうっちゅーねん。」

「・・・冷静につっこまんといて。せやなあ、正直なところ、迷走中やなあ。」

「迷走?」



誰かを好きになるとか、もっと関係を進展させたいとか、相手を思ってドキドキして眠れないとか、中学の失恋があってから、そういう感情自体が無くなってしまった気がする。
確かに私はノリックがいたから助けられたけど、あの事実もその時感じた感情も消えたわけじゃない。恋愛という感情を意識することで変わってしまうものがあるのなら、考えないようにする。無意識にそう思っていたのかもしれない。
けれど、さすがにそんな後ろ向きな考えを、絶賛恋愛中のノリックに言うわけにはいかず、言葉を選んで続ける。



「まだまだお子様やから、わからんっちゅーことかな!」

「それでどうやって協力してくれるん?」

「あ。」

「ふはっ。相変わらず勢いだけでどうにかしようとするよなは。」

「別に経験が無くても協力も応援もできるやんか!のぼせあがったノリックを落ち着かせて冷静で的確な意見をするのがこの私や!」

「あは、あはは、あははははっ・・・わ、わかった・・・頼りに、しとるからっ・・・」

「笑いすぎや!!微塵も思ってないやろ!?」

「っ・・・いやいや、ちゃんと思ってるわ。」



大笑いしていたノリックがうつむいたまま、ひとつ咳ばらいをして顔をあげた。



「信じてるで、。」



人の台詞に大笑いした後で、そんな格好つけられても格好つくか!
・・・と思うところなのに、格好ついてしまうのがノリックという男。悔しい、というか羨ましい。整った顔ってのは得だ。
まあ、ノリックがどんな顔をしていても、お互いが向ける信頼を疑うことなんてないけれど。







「ノリック、今度の土曜は午後休みって言うてたよな?私、見たい映画が・・・」

「ああ、すまん!その日は姉ちゃんと出かけることになってん。」

「・・・え。ええ!?いつの間にそんなことに!!出かけるってデートやんか!どういうこと!?」

と話してた作戦、意外とうまくいったみたいやわ。」

「どれ!?可愛い系と見せかけて腹黒ノリックっていうか、素のノリックを見せるあれか!?」

「誰の素が腹黒やねん!どっちかっちゅーと可愛い系の押し出しやったかな。」

「そっか・・・やるやん、ノリックめ!」

「おう、に話して良かったわ。」



私と違い、どんどん良い方向へ進展していくノリック。
まあ、ノリックは可愛いし格好良いし、優しいしおもろいし。周りの子は皆、ノリックは良い男だって言うてるし。
それもそのとおり。皆から好かれる私の自慢の友達。相手が女子大生だっていっても、ほんの数歳の差なんて問題にもならないのかもしれない。



「本当に、良かったなあ。」



私もたくさんノリックに助けてもらったから。
力になれたのなら嬉しい。
ノリックには幸せになってほしい。





昼休み、買ってきた雑誌をめくりながら、友達が思い出したように怒りながら、ページを指さす。
それを覗き込むと、そこには『彼からの愛され度診断』という特集記事。どうやら彼女は、そこに書いてあった事例のひとつと、自分を重ね合わせているようだ。



「私の彼氏、この間私以外の女の子と2人きりで出かけたっていけしゃあしゃあと言うてんの!ひどくない!?」

「・・・え、そう?別にこそこそしてるわけじゃなし、友達ならええんやないの?」

「かー!これだからは!!」

「まあこの子はノリックと友達て言いはってるからなあ。」

「言い張ってるって何!友達なんやからそれ以外言いようがないやろ!」

「あのなあ、いくら友達言うてやましい気持ちが無いって言われても、相手を不安にさせてる時点でアウトやねん。」

「そ、そういうもんなん?」

「ああ、ダメやこの子。恋愛回路、麻痺しとるから。」

「さっきから失礼やな!彼氏の方やって、あんたを信頼してるから大丈夫って思ったのかもしれへんやんか。」

「真実がどうってよりも、私に黙って、私が納得してない状態で、大丈夫やろって軽い気持ちでいられたのが嫌やねん。私が傷つくかもしれへんって、もう少し考えてほしかった。」

「・・・。」

「あ、が黙った。凹ましてしもうた。あんたとノリックを否定してるわけやないよ?」

「いや、ちゃうねん。あ、ちゃうわけやないねんけど、ちゃうねん。」

「どっちやねん。」

「普段使わん頭をフル回転させてる顔やな。」



友達と話していて気づいた。すごく今更なことだけれど。
ノリックがお姉さんとうまくいったら、もう今までどおりに遊ぶわけにはいかなくなる。
元々忙しいノリックだ。私よりもお姉さんとの時間を優先するのは当然だし、そもそも私とノリックの二人で遊ぶことをお姉さんは嫌がるかもしれない。
私たちよりも大人な分、それを表には出さないかもしれないけど、心の中では友達と同じように傷つくかもしれない。
ノリックはこれからも変わらない関係でいてくれると思う。けれど、環境がそれを許さない。男女の違いとはそういうことだ。

ああ、いやだなあ。
ノリックの幸せを願っていることは本当なのに、彼と一緒にいられなくなることがこんなにも悲しい。

いっそのこと、私が男なら良かった。
そうすれば、中学に崩してしまった関係が、今も続いていたかもしれない。
永遠と言ったこの友情を、いつまでも大切にしていけたのに。





それから、なるべく自然に、2人きりにならないようにしながら、ノリックと距離を置いた。
ノリックはお姉さんとうまくいっているみたいだし、このままいけば二人は付き合うことになるだろう。私は友達だけど、変な誤解を招いて、波風をたてたくない。
・・・というのは建前で、一人でぐるぐると考え込んで、ノリックを前にしたらおかしなことを口走ってしまいそうだったから。

ノリックが誰と付き合おうとも、私たちは友達だ。そう思うことは変わらない。
3人じゃなくなっても、私のせいで友情が崩れても、ずっと友達だとそう言ってくれた。
それでも、環境は変わっていく。居心地の良い、安心できる場所。いつまでもそこに居たいと思える場所。
無くしたくはないけれど、いつか変わってしまうというのなら、大切な友達のために、自分で手放したい。
形は変わってしまっても、私はいつまでも彼の友達でありたいから。













放課後、担任に頼まれた係の仕事を終えて教室に戻ると、そこにはノリックが一人、自分の席から校庭を眺めていた。
ドアを開けた私に気づくと、いつもどおりにふんわりと、優しく笑う。



。」

「ノリック、どうしたん?今日は部活休みやったはず・・・」

「最近、なかなかタイミングがあわんかったな。」

「そうかな。そういえばそうかもなー。」



質問には答えずに、私が意図的に距離を置いていたことを見透かすように、けれど彼の表情は崩れない。
私も負けじと、とぼけたフリをして、なんでもないって顔をする。



「僕、に伝えたいことがあったのに。」

「なになに?何でも聞くで!」

「頑張った甲斐あって、姉ちゃんに通じたわ。」



予想していたことだった。
そりゃあ少しは、お姉さんは実は年上好きだったとか、ほかに好きな人がいただとか、ノリックが断られるかもしれないとも思っていたけれど。
特別な理由でもなければ、ノリックみたいな子に好意を寄せられて、想いが通じないわけがない。
嬉しそうに、楽しそうに笑うノリック。予想していたことだ。考えていたことだ。全力で応援してきた私も、もちろん満面の笑みを浮かべて。



「おめでとうノリック!いやー、先越されたなあ。けどノリックならうまくいくと思ってたし、めっちゃ嬉しい!あ、お祝いしたろか!」



ノリックが笑顔のまま一歩ずつ近づいて、私に手を伸ばすように前に差し出した。
感動の握手だろうかと、私も腕をあげたその瞬間、顔の両端から小さな衝撃が伝わった。
ノリックが私の顔を両手で挟むように固定し、驚くほど近くで、まっすぐ私を見つめていた。



「ノ、ノリック・・・!?」

「なんちゅう顔してんねん。」

「な、なに・・・」

「気づいてへんの?じゃあ言い直したろか。」



驚いて、混乱して、うまく言葉が出てこなかった。



「泣きそうな顔で、僕の何を祝ってくれるん?」



何を言っているのかと思った。
私は満面の笑みで、彼の幸せを祝福しているはずなのに。
泣いたりするわけない。泣いていたとしたなら、それは嬉し泣きだ。



「本音を隠してそんな顔で祝われたら、さすがの僕やって怒るっちゅうねん。」

「ほ、本当やもん・・・本当に嬉しいと思ってっ・・・」

「僕は、を信じてるって言うた!」

「っ・・・」

「けど、は僕を信じてへんの?本音を言ったら逃げるとでも思ってんの?」



長い付き合いで、いつも一緒にいる大切な友達で、それが私の自慢で誇りだった。
だったらわかったはずだ。私がどんなに感情を隠そうとも、隠しきれるわけがないと。
それでも、私はそうするしかなかった。彼が私を信頼してくれていても、そのせいで他の幸せが無くなるなんて絶対に嫌だった。



「思ってるわけないやろアホ!!」



でもそれは、ノリックだってわかっていたはずだ。私が気付いて、彼がそこまで頭がまわらないわけがない。
恋人を優先するのは当然のことで、比較対象が同性の友達ならば尚更だ。



「私だって、私だっていろいろ考えてたのに・・・!ノリックに恋人が出来たら、今までどおりじゃいられないのは当然やんか!けど、ノリックが嬉しいなら、喜ぶのなら、私が寂しいのなんていくらだって我慢する!だから笑って祝ったのに、なんやねん!そんなに怒らんでも・・・悲しい顔せんでもええやんか!!アホ!アホノリック!!」



今までどおりに一緒にいることが出来るわけがないとわかっていたなら、知らないフリをしてくれても良かったじゃないか。
私の個人的な感情なんて気にしないで、下手な演技に付き合ってくれたって良かったじゃないか。
この関係を崩さないために、少しずつ丁度良い距離を探していこうとしていたのに。



「友達の幸せを一番に考えて何が悪い!私は・・・わたしはっ・・・」



押し込めていた感情が溢れ出すように、次々と言葉が出てくる。
それは決して綺麗なものばかりじゃなかったけれど、それでも。この想いだけは変わらない。



「ノリックに・・・私の大好きな友達に、幸せでいてほしいだけや!」



ノリックが私の顔にそえていた手を放し、ゆっくりと腕をおろしていく。
・・・と安心した瞬間、それを見越したように素早く、私の体に腕をまわした。
可愛い顔してすごい力で押さえられ、身動きがとれない。



「そんなん、僕もや!!」



迷いのない、シンプルなその言葉に、胸に何かがこみあげて視界がぼやけた。
私が彼の幸せを願っているように、大切にしているように、彼もまたそう思ってくれている。
わかっていたつもりだったのに、今この時のそれを証明してくれることが、嬉しくて仕方なかった。



「ノリックー!!だいすきや〜!!」

「へへ、知っとる。僕もすきやで、。」



私もノリックの体に腕をまわして、感動の抱擁はしばらく続いた。
確かに私たちは性別が違うけれど、今までどおりに一緒にというわけにはいかないかもしれないけれど、それでもこの友情は変わらない。
一人で考えて落ち込まなくても良い。無理に距離を置こうとしなくても良い。二人で考えていけば良いんだ。私たちのこれからを。










思ったよりも時間が経っていて、学校を出るころにはもう外が暗くなりかけていた。
私は物思いにふけるようにオレンジがかった空を見上げ、隣を歩くノリックに呟く。



「ノリック、私のことは構わず、先に行ってや・・・。」

「なんやねん、その死亡フラグ。」

「ノリックがあのお姉さんと付き合っても私たちの友情に変わりはないっちゅうことや。」

「え?別に付き合わんけど。」

「・・・せやな、そりゃあ少しは寂しくなるかもしれんけど、私も少しは大人に・・・って、はあ!?」

「姉ちゃん、彼氏おるし。」

「はああああ!?」

、その顔おもろい。」

「なにがおもろいねん!なにが、おもろいねん!!」



衝撃を受ける私と、ケラケラと笑うノリック。
ちゅーか、付き合ってないなら、これまでの私の苦悩はなんやったん・・・!



「・・・いや、そうか。気持ちが通じたっていうのは、告白できたってことで、実は振られたってことやってんな?けど、私が勘違いして言い出しにくくなってもうたと・・・そういうわけやな!?」

「ちゃうけど。」

「ちゃうんかい!!じゃあなんや、ノリックはずっと私に嘘をついてたんか?」

「ついてへんよ。に嘘なんてつくわけないやんか。」

「口説いてるとか、デートとか、気持ちが通じたとか言うてたやんか!」

「姉ちゃんに頼みごとしてて、この間OKもろうてん。デートもが勝手に言うてただけで、家族ぐるみの用事で出かけただけやし。」

「私が勘違いしてるってわかってたなら訂正すれば良かったやんか!そしたらこんなに悩まんでも・・・」

「訂正したら意味ないしなあ。」

「・・・なにが?私をからかって遊べなくなるってこと?」

の中で僕はどこまで性格悪くなっとんねん。」



恨めしげな視線を向けても、ノリックには堪えていない。
私をからかうわけでもないなら、何が理由だったのだろうか。先ほどのように話がこんがらがって、ややこしくなるだけだと思うのに。



「なあ、僕に好きな人がいるって聞いてどう思った?」

「どう・・・って、私、言うてたやん。全力で協力するし、応援するって。」

「せやなあ。はいつもそうやった。」

「友達やもん。当然や。」

「ほんなら、なんであんなに悲しそうな顔してたん?」

「ノリックと今までどおり会えなくなったり、遊べなくなったり、一緒にいられなくなることが寂しかった。でも、恋人ができたノリックにはそんなこと言えへんし、私の存在でお姉さんとギクシャクしたら嫌やし・・・いろいろ葛藤しててん。」

は僕が好きやからなあ。」

「せやで、幸せになってほしい。」



目の前に伸びていた影のひとつが、動きを止めた。私もそれに気づき、足を止めてどうしたのかと振り向く。



「悩む必要の無い方法、ひとつだけあるんやけど。」



私は疑問の表情を浮かべ、彼を見る。そんな方法があるのなら教えてほしい。





が僕を幸せにしてくれたらええやんか。」





彼の表情は笑顔のまま、ずっと崩れない。
あまりにいつもどおりに、変わらないトーンで告げられた言葉。その意味をすぐには理解することが出来なかった。



「幸せに、思ってるんやないの?私と一緒にいるの、楽しいっていつも言うてくれてるよな。」

「うん、せやから、今よりももっと。これからもずっと一緒におったらええやんってこと。」

「一緒におるよ?ノリックが恋人をつくっても、適度な距離を保ってやな・・・」

が僕を幸せにしてくれるなら、その距離いらんやん。」



楽しくて、価値観があって、私を誰よりも理解してくれる。私がつらいとき、いつでも傍に寄り添ってくれたのはノリックだった。
今までどおりに一緒に居られるのなら、そんなに嬉しいことはない。
それでも、友情と恋愛は違うから。幸せにも様々なカタチがあって、私が友情を担っているのなら、恋愛はまた別の誰か。当然のようにそう思っていた。



「ノリックは、友達やんか。」

「しかも永遠の友情を誓ってるし、そんじょそこらの友達やないで。」

「うん、親友って言葉でも足りないくらいや。」

「せやな。だけど僕は欲張りやから。それでも足りなくなってもうた。」



離れていた距離が縮まって、ノリックの影が私を覆い隠す。
何も答えられない私の頭に、優しく彼の手が置かれた。



「なあ。僕はずっとお前を見てきたから、恋愛を避けてたことは知っとる。僕との関係を崩したくないから、友達でいることを何より大切にしてたことも知っとる。」



ノリックとの友情に居心地の良さを感じていたのは本当だ。ずっと、このままでいたいと、変わりたくないと、そう思っていたことだって。
中学で失恋をしてから、無意識に押し込めていた感情。怖かった。失いたくなかった。だから、何度も確認を繰り返した。私たちは友達なのだと。



「けど、安心してや。お前が何を言うても、僕が何を言うても、簡単に崩れるような関係やない。絶対にお前の気持ちを否定したりせえへん。ぜーんぶ僕が受け止めたるから!」



私がどんな人間か、どんな思いを持っていたか、ノリックにはすべてお見通しだ。
わからないわけがない。響かないわけがない。彼は私の大好きな、最も信頼する友達なのだから。



は昔から頭がかたいからなあ。別の奴に振られたからって僕とも友達じゃないみたいに言うし。僕に恋人が出来たって勘違いしたら距離をおこうとするし。正解はいつだってひとつやないんやで?」



ノリックが、また笑う。
優しく、楽しそうに、わくわくするような瞳で。





「お互いを理解しあえる友達で、恋人にもなれるなんて、最高やんか!」





ああ、ノリックはいつもそうだった。
明るくて、優しくて、頼りになって。頭が良くて周りをよく見ては、絶妙のタイミングをつかんでる。
私の弱音も強がりも、これからの不安でさえも、彼にかかればあっという間に消えていってしまうんだ。
















「ノリック、何難しい顔してんねん。」

「僕もまだまだ詰めが甘いなあと思て。あの時はてっきり『私もずっと好きやった!愛してるでノリック!』って言うて、抱き付いてくるとこやと思てたもん。」

「・・・言わんわ、そんなこっぱずかしい台詞。」

「いつも僕に好き好き言うとるやんか!」

「それは友達としてやろ!べ、別の意味やと、心構えっちゅうものがやな・・・」



あれから数日後。私とノリックは相変わらずの関係だ。
ノリックは思っていたほどの効果が得られなかったようで、彼にしてはめずらしく拗ねた態度を見せている。



「・・・そういえば、お姉さんを口説いてた頼み事ってなんやったん?」

「好きな相手になってくれへん?って。」

「はあ!?」

、いつまで経っても僕が傍にいるって安心しきってるんやもん。僕を男として見ようともせえへんし。だから仮の相手っちゅーことで、誤解されないよう事前に了承もらおうと思って。僕が昔から姉ちゃんを尊敬してたのは本当やし、の目から見ても本当っぽく見えたやろ?」

「見えたわ!めっちゃ騙されたもん、もー!だから腹黒や言われんねん!」

「けど、焦ったやろ?」

「う、」

「それに、なら許してくれるって確信してたし。」

「なんで?」

「そりゃ勿論、友達やからね。」

「そうやな、そりゃそうや。」



応援したり、焦ったり、混乱したりとあれだけ振り回されたというのに、ノリックから即座に返ってきた一言に、確かにと納得してしまう。



「だから僕にはわかんねん。」

「何が?」

がこれから、僕をどう思っていくか。」



私の中でノリックはあくまで友達。
それを突然別の感情に切り替えろだなんて、不器用な私には無理な話だ。



「僕、言うたやろ?を信じてるって。」



それでもノリックは、それで良いと言うのだ。
大好きな友達でもあり、大切な恋人にもなれる。最高の関係なんだと、切り替える必要なんてないと、そう言い続ける。





「もう観念してしまえ。が僕を手放せるわけないんやから!」





そう、答えはもう出ているのだ。
真っ赤になって、ドキドキして、返す言葉も浮かばないほどに。

失うことを怖がって、無意識に進むことを避けていた道。
ほんの少しの勇気を持って一歩を踏み出せば、そこにはきっと、新しい世界が広がっているんだろう。







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