「彼女?が?ふはっ、あはははは!!何言ってんすかー!」





別にその話をしようとしていた訳でもなく、ただの話の流れとノリ。
夜、暇になって訪れた先輩の部屋で、幼馴染であるの話をしたのは、それが初めてだった。





「隣に住んでる幼馴染で、家族ぐるみの付き合いで、仲もいいって・・・
ラブコメの王道を地でいってんじゃねえかよ!それで何もないの?バッカじゃねえの!?」

「バカってなんすか!」

「は、こいつに恋愛関係の話題は無理だろ。」

「お前な、せっかく恵まれてるんだから、もっと攻めてけよ。
俺ら寮にいるんだし、知らないうちに知らない男に盗られちゃうぞー?」

「意味わかんないっす。」





そこに集まっていた先輩たちが、哀れむような目で俺を見る。
俺に聞こえないような小さな声で、何かを呟きあうと、俺の肩に腕を回した。





「よしわかった。あんまり可哀想だから助言してやる。
いいか、チャンスは彼女が弱ってるときだ。弱音とか悩みを話し始めたらすかさず乗ってやれ!」

「え?」

「女ってのは弱ってるときが一番落としどころなんだよ。」

「なに気取ってんだよ。どうせなんかの受け売りだろ。」

「だまらっしゃい!な、藤代聞いてた?彼女が弱ってるときに・・・」

「俺それ無理っす。人の悩みとか聞いてると、くわーってなる!」

「は?」





疑問の表情を浮かべるので、もう少し付け足して説明する。





「俺、悩みとか聞くの向いてないんすよ。話されてもイライラするっていうか、その前に動けばいいのにって思っちゃうから。
だからが何か相談しようとしたときも、俺にはするなって言ったんす。」

「・・・はああ?!」

も俺のことわかってるから特に何も言わなかったし!」

「ば、ば、ば・・・」

「ば?」

「バカかー!!お前自分でフラグばっきばきにしやがって!もーアホ!こいつ一生彼女できねえよ!」

「はあーー!?なんでそうなるんすか!!俺だって彼女くらい出来ますー!」

「本当だよ!なんでこんな奴がモテるんだよ!世の中おかしい!」

「藤代まじむかつく!」

「何言ってんのかわかんないから、そろそろ部屋戻りまーす!」





実家の隣に幼馴染が住んでて、家族ぐるみで付き合いがあって、お互いの部屋だって行き来してるような仲。
先輩たちが羨ましがるそれは、まぎれもない事実ではあるけれど。
だからと言って、彼氏彼女になるかっていったらそれも違うわけだ。俺との関係はまさにそれを証明してる。

つまり、俺はをなんとも思っていなくて。いや、なんとも思っていないわけじゃないけど、なんだろう。
そうだな、仲のいい兄妹のようなものだと思っていて。だから先輩たちが何を言おうが、あまりピンと来ていなかった。



そして結局それ以上は続くことなく、話は終わった。ほんの数ヶ月前のことだ。



じゃあ何で突然、そんなことを思い出しているのかって、
今まさに、それを思い起こさせるような状況に陥っているからだ。













エゴイスト















「・・・誠二・・・?なにやってんの?」

「・・・うーん・・・」





今の状況。
俺は実家に帰ってきてる。の家に俺を含めた家族全員が、数時間前に遊びに来ている。
ここは2階のの部屋で、数十分ほど前に1階でどんちゃん騒ぎをしている大人たちの中から抜け出してきた。
俺は少し前に疑問に思ったことをに聞く。は答えない。ちょっとした言い合いになる。
その勢いでにつっかかったら、思いのほか勢いが良すぎて、そのまま二人で倒れこんだ。

倒れこんだ場所は、のベッド。





「うーんじゃないよ。はやくどいて!」

「だってが俺の質問に答えないんだもん。」





事の発端は俺が実家に帰ってきた時だ。
帰り道でと知らない男を見かけた。後で聞いたらのクラスメイトらしいけれど。
まあそれはどうでもよくて、俺が気になったのはその時のだ。
深刻そうな表情でそいつに話をして、相手が何かを話しかけて、泣きそうな顔で頷いた。

たったそれだけのことだったんだけど。





「何話してたのか聞いただけじゃん!」

「だから友達と世間話してただけだってば!」

「世間話でなんで泣きそうになってんだよ。」

「べ、べつに泣きそうになんかなってないし!そもそも何で友達との話まで逐一報告しないといけないわけ!?」

「・・・。」





の言ってることが尤もなのはわかる。むしろ俺が同じことを言われたら、確実に面倒くさくなってるし、多分怒るし。
だけど、なんだかモヤモヤと、イライラが治まらない。理由を聞かないと気がすまなくなってる。





「俺、あんな奴知らないんだけど。」

「中学から入ってきてるんだから、そりゃ知らないでしょ。」

「・・・なんか腹立つ。」

「何がよ?訳わかんない!」





武蔵森へのサッカー推薦が決まって、ここから離れるってときも、特に何かを感じたわけじゃなかった。
寮に入って新しい先輩や友達に会えることにわくわくしてたし、強い奴もいるだろうし、思う存分サッカー出来るって。
家族や友達と別れることになったけど、ずっと会えなくなるわけじゃないし、会おうと思えばいつでも会える。
特に寂しいって感情だって持たなかった。・・・持たなかったはずなんだけど。

何にこんなイラついているんだろう。俺の知る生活の中に、全然知らない奴が入ってきてたから?
いや、そんなことで怒るとかないよな。自分の知らない奴がどう関わってようと興味ないし。



そう思うのに、なぜか気になる。



気になって、気になって、気になって、仕方がない。





「話せ。」

「は?」

「あいつに話してたこと、話せ。お前が今日なんか変なことに関係してんだろ?」

「へ、変ってなに!」

「いいから。」

「良くない!」





よくわからないけど、とりあえず俺が気になってるのは、の様子がおかしい理由、それから見かけた男と話していた内容。
とにかく聞くしかない。は嫌がってるけど、俺だってこんなモヤモヤしたままとか嫌だし!





「・・・誠二が嫌いな話だよ。暗くてうじうじしてて、イライラするような話。」

「なんかあったんだ?」

「そう、なんかあったの。」

「話して。」

「なっ・・・!そういうの嫌いだから話すなって言ってたのは誠二でしょ!?」

「だって気になる!」

「何そのわがまま!!」





他人の弱音や悩みなんて聞きたくなかったのに、状況によって変わるもんなんだと、思わず感心してしまった。
そうか、今の状況なら聞けるのか。というよりも、むしろ聞きたいんだもんな。うーん不思議だ。





「・・・もう、わかったよ!話すから、とりあえずどいて!」

「・・・。」

「誠二?聞いてるの?人をからかうのもいい加減に・・・っ・・・!!」





真っ赤な顔をして俺を見上げるに、思わず体が動いた。
俺は重力に身を任せて、の上に乗り、意識しないうちにそのまま体を抱きしめていた。





「あれ?」

「っ・・・とぁ・・・のっ・・・せ、せい・・・」





は身動きが取れなくなり、言葉は出せず、かろうじて自由な手で俺の背中を叩く。
状況はますます悪化してるのに、あれ、なんだこれ。なんか、このままでいたいかも。

何でだ。何だろうこの感情。こんなこと思ったの、初めてだ。
俺を見上げるにモヤモヤよりも、何か別の感情が勝って。何か考える前に体が動いて。
そして俺の腕の中にいるが、思ったよりも小さくて、柔らかくて、温かいことにびっくりしてる。



どうしよう。離したくない。





「っ・・・誠二ー!バカ誠二ー!離れろー!!」

「えー、やだー。」

「なんなの!もーなんなの!久しぶりに帰ってきたと思ったら、意味わかんないし、
さらに我侭になってるし、振り回されるこっちの身にもなってよ!」

「だってが知らない奴と・・・」

「だからクラスメイトだってば!」





「知らないうちに知らない男に盗られちゃうぞー?」





先輩の言葉が浮かんだ。
が別の男のものになったら、こういうこともできなくなるのか。





「話、聞く。」

「・・・え?」

「なんだっけ、暗くてうじうじした話?」

「・・・聞きたくないんじゃなかったの?」

「聞きたくない。」

「それなら・・・」

「でも、のは聞きたい。」





俺の知らないところで、俺の知らない奴に頼っていることが嫌だった。
だって今までは知っていたから。が悩んでたって、誰に頼って、そいつとがどういう関係なのか。
だから別に気にしてなかったし、気にする必要もないんだって思ってた。





「・・・なんで・・・いきなり・・・」





暗い話は嫌いだ。うじうじした話も嫌いだ。だけど、が俺の知らないところで、別の奴に頼るのはもっと嫌だ。
ましてや、がそいつのものになってしまったらと想像するだけでも腹が立つ。

久しぶりに彼女に会えたことが思っていた以上に嬉しかったし、笑顔で迎えてくれたことに安心したし、
少し大人びた顔や俺を見上げる目に正直ドキドキしたし、ずっと抱きしめてたいって思うし。









「俺、お前のこと大好きみたい。」









これってつまり、そういうことだ。







「・・・。」

?」

「・・・っく・・・」

「へ?」

「むかつくーーーー!!」





突然叫んだ彼女にびっくりしたけれど、彼女を抱きしめることは止めない。
とりあえず少し体を離して、その表情を覗いてみる。・・・なんか、すごい怒ってるし。





「なんなの今更!いきなり!」

「いや、だって今気づい・・・」

「気づいた瞬間!?自由すぎるでしょー!」

「なにが!わざわざ時間空ける必要なんてないじゃんかよ!」

「私が誠二を頼りたいって思ったときには、暗い話はやだって突き放したくせに!」

「だって嫌だったんだもん。でも今はいいよ、好きだから特別な!」

「ぬあー!それに私が誠二のこと好きかもって思ったときだって、さりげなく兄妹みたいな関係ってアピールしたくせに!」

「え?そうだったっけ?」

「計算?天然?わからないのも腹立つー!」





俺に抱きしめられた状態のまま、何度も俺の背中を叩きながら、足をじたばたさせてが叫ぶ。
なんだかその光景がおかしくて笑っていると、さらに彼女の機嫌は悪くなる。





「まあまあ、それで、も俺のこと好きっしょ?」

「何決め付けてっ・・・」

「さっき俺のこと好きかもって言ったじゃん。」

「む、昔のことだもん!」

「え?好きじゃないの?」

「すっ・・・」

「ん?」

「・・・す・・・」

「す?」

「・・・う・・・うわー!いやあ!絶対泣かされる!振り回される!わかってるのにー!!」

「よしわかった!」

「なにがわかっ・・・」





彼女の気持ちなんて一目瞭然だ。だって俺たち、先輩たちも羨む王道な幼馴染なんだぜ?
近すぎる距離に我慢できなくなって、言葉を終える前にさらに顔を近づけるとは何も言わなくなった。
と、言うよりも、俺の口に塞がれて何も言えないんだと思うけど。





「・・・っ・・・ふ・・・ふあ!はーっ、はーっ・・・」





が先ほどよりもさらに顔を真っ赤にして、俺を見上げる。
何か言いたそうに口を小さくぱくぱくさせて、涙目になって。

どうしよう、すげえ可愛いんだけど。





「ひ、人の話を聞けー!!」

「なんで?聞いたじゃん。」

「何も言ってないし!なのにっ、あんなっ・・・」

「俺たちは両思い。何か間違ってる?」

「っ・・・」

「間違ってないだろ?」

「・・・う・・・あ・・・もー!私いろいろ悩んだんだけど!すっごく悩んでたことをなんでこんなあっさりっ・・・!!」

は基本、悩みすぎなんだよなー。」

「誠二は悩まなすぎなの!」

「悩んだって何かが解決するわけじゃないじゃん!」

「・・・そう、だけど・・・」

「というわけで、の悩みも終わりな!もう知らない男に相談なんかすんなよ!」

「知らなくないし、終わってないし、話してすらいないしー!!」

「わかったわかった、後で聞くから。」

「なにそれ・・・って、何でまた近づくの?えっ・・・ちょ、ちょ、ちょっと待てええー!!」





の叫び声には何も返さず、笑顔で応える。
だってが可愛くて、抱きしめたくて、好きなんだって思っちゃったんだから仕方ないじゃん?






















「・・・で、その先はどうなったんだ?」





いつもとは打って変わって、先輩たちの表情がすごく本気だ。本気と書いてマジだ。
そんな緊張感に包まれた部屋の中で、俺はを思い出す。





、すっごい可愛かったなー」

「そうじゃなくて!その先は!」

「ていうかそれってお前・・・」

「あー、はやく会いたいっすー。」

「おい藤代!聞いてんのか?はっきりしろ!先輩の俺よりも先に行くなんて許さねえかんな!」





就寝時間を知らせるチャイムが鳴る。
俺は立ち上がり、扉へ向かいドアノブに手をかけた。





「じゃあ俺、部屋戻るんで!」

「お前ふざけんな!いつもだったらこっちの部屋に入り浸ってるだろ!」

「えっへへー!」

「えへへじゃねえよ!可愛くもなんともねええ!!」





先輩たちの声を遮って、ドアを閉め、自分の部屋へと向かう。
そのとき考えていたのも彼女のことで、自然と顔がにやけてしまう。

幼馴染で兄妹でしかなかったはずなのに、彼女のことをこんなに考えるようになるだなんて、本当に不思議だ。





「あ、藤代!」





先ほど閉めたドアが開いて、そこから先輩たちが顔を出す。





「彼女のことばっか考えて、明日の試合ミスんじゃねえぞー。」

「あったりまえじゃないっすか!俺は先輩たちとは違いますもん!」

「うわ!まじむかつく!ミスれ!お前なんか、明日の試合で靴紐につまずいて無様に転んでしまえ!」

「なんだその地味な呪い文句・・・。」





いくら好きと言っても、サッカーに自分の恋愛を持ち込むようなことはしない。
だけど、試合で勝って、に話して、自分のことのように笑って喜んでくれる彼女は好きだ。





「そんなこと絶対にしないっすよ!明日も絶対勝つし!」





明日の試合のこと。



彼女のこと。



サッカーのこと。





これから起こるだろう出来事にわくわくしながら部屋に戻り、
すでに緩んでしまっている顔のままベッドにもぐりこんだ。





うん、今日もよく眠れそうだ!









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