「またクラッシャーがやったって!」



「今回はバスケ部キャプテン!1 on 1でボロ負け!」



「キャプテン自信喪失だって。どうすんだよなー大会近いってのに。」












隣の席のクラッシャー















朝の学校。
私の隣の席には『クラッシャー』と呼ばれる男、不破 大地がいる。

彼が『クラッシャー』と呼ばれる理由。
それは彼が、『天才』であるからとも言えるだろう。

『天才』であるが故に、何でもできてしまう。
例えば、運動部のキャプテン、エースをことごとく打ち負かし
学校一の秀才とのテスト勝負でさえ、満点で勝利と言う天才ぶり。

つまり、今までコツコツ積み上げてきた自信を
たった数日(もしくは1日)でぶち壊す。故に『クラッシャー』。



クラスの皆は、不破を気にせず騒いでいる。
当の不破もそんなことは気にせず、机をじーっと凝視している。

何をそんなに凝視してるのかと、不破の机をのぞきこむ。
するとそこには、『クラッシャー』と落書きがあった。うわー。なんて幼稚で直球な落書きだよ。
私は席を立ち、掃除用具入れをあさる。



「不破。」

「・・・む?何だ。」

「何だじゃないよ。これ。クレンザーとぞうきん持ってきた。さっさとそれ消しちゃえば?」

「何故、俺の机にこんな文字が書かれてるのだろう?」

「つまんない奴らの嫌がらせ?」

「嫌がらせ?この『クラッシャー』とは俺の別称のことだろう?
それを俺の机に書くことで、何故嫌がらせになるんだ?」

「そうだねぇ。きっと不破が勝負を挑んでボロボロに負かした奴が
『お前は俺の自信を奪ったんだぞ!!』って強調したかったんじゃない?」

「それはそいつが弱かっただけの話だ。自信もなにもないだろう。
それに、自信がなくなったのなら、また取り戻せばいいだけの話だ。」

「不破はさ。」

「む?」

「理屈だと誰もかなわないくらい鋭いけど、人の気持ちには鈍感だよね。」

「どういうことだ?」

「うーん。うまく説明できないや。いつか不破が答えを出してよ。」

「・・・?お前の言っていることはいつも謎だらけだ。」



不破が隣の席になってから、いつもこんな調子。
不破は自分が疑問に思ったことはとことん考えるから、いつもぶつぶつ言ってる。
特に今日みたいな、行き場のない怒りなんてものに巻き込まれたりすると、
彼は理解ができないらしい。

不破が『考察』を続けている間に、私は不破の机の落書きを消す。
けど、机に落書きなんて幼稚もいいとこだよなー。
不破に負けて悔しいのはわかるんだけど、もっと正統派な方法で負かすとかなかったのか。
なんだか腹が立ってきて、ぞうきんを拭く手に力がこもる。



「・・・が何故、机の文字を消しているんだ?」

「むかつくから。」

「何がだ?」

「こういうことする奴。正々堂々とやらないなんて最低ー。」

「ふむ。俺の机に、俺のいぬ間に文字を書いた奴がは嫌いなんだな。」

「なんかずれてる気もするけど。まぁそんな感じ。」



不破は疑問に思ったことは何でも聞いてくる。
私はそれに答える。まぁ、不破が納得しないことが大体なんだけど。
私はそんな時間が嫌いじゃないし、彼が何でも聞きたがるのは彼が純粋だからなんだと思う。









それからしばらく経ったある日、不破の読んでいる本に目がいった。
それはサッカーの本。どうやらゴールキーパーについて書いてあるようだ。



「今度はサッカー?」

「そうだ。」

「けど、サッカー部ってそんなに強かったっけ?普通に不破が勝っちゃうんじゃない?」

「いや、一度勝ったが、二回目には負けた。」

「マジ?誰??すごいじゃん!」

「・・・A組の風祭。あいつとのPK勝負だ。」

「それでリベンジするためにその本なんだ?」

「サッカー部に入部する。そしてあいつの笑顔の理由を究明する。」

「笑顔の究明?」

「あいつはサッカーが楽しいと、おもしろいと言っていた。
しかし、俺にはどうもそのようには感じられない。だからサッカー部に入部し
あいつが楽しいと感じている理由を究明する。」



なんだか不破が人間的に見えた。
いや、今までが人間的じゃなかったってわけじゃないんだけど。
少し、うれしくなった。自然と顔に笑みが浮かぶ。



「それで、不破も楽しいと思えるといいね。」

「そうか。」



不破も少しだけ微笑んだ。・・・ように見えた。
・・・気のせいかな。















さー。最近クラッシャーと仲いいの?」



放課後、友達に尋ねられる。



「いや、別に仲いいってほどじゃ・・・。」

「バスケ部のキャプテン・・・ほら、クラッシャーに負けた人。
あの人がクラッシャーを目の敵にしてるって。も巻き込まれちゃうよ?」

「うわー。しつこい人なんだね。けど、さすがに私が巻き込まれることなんてないよ。
不破だって、相手にしないんじゃない?」



いや、不破だったらむしろ相手にするかも。
「こんなことをして何かメリットがあるのか?」とかなんとか聞いて。
そして、逆切れした先輩にさらに目の敵にされる・・・みたいな。うわー。ありそー!

まぁそのときは、気楽に冗談半分にそんなことを考えていたんだけど。
まさか、本当に巻き込まれるなんて思わなかった。









私が現在いるのは学校の裏庭。
目の前には例のバスケ部のキャプテンらしき長髪の男と他数名。

さん。ごめんね!」

クラスの男子が謝る。私はこの男子に言われ、ここに来た。
たまにしゃべる男子だったので、たいして深い意味もなく、呼ばれた理由も特に気にもせず。

「俺、先輩大事だからさ・・・。先輩もさんには危害加えないっていうし、
大丈夫だから安心して?」



この状況でどうやって安心できるというんだろうか。
その言動や行動があまりにも腹立たしくて、彼をにらみつけると肩を竦めて一歩後ろへ後ずさる。
そんな気が小さいならこんなことするなっつの!!



「えーと、さん?」



バスケ部キャプテンらしき長髪が話しかけてくる。私は無言でそいつを見上げる。



「別に君をどうこうしようってわけじゃないんだ。
ただちょっと、君とあのクラッシャーが仲がいいって聞いてね。」

「だったら何なんですか?どうこうする気がないなら、とっとと帰してもらえます?」



私の口調に長髪は多少イラついたようだ。
今まで笑っていた顔が急に真顔になる。



「あのクラッシャーは一度、痛い目を見たほうがいい。
じゃないと、調子に乗って、どんどん人を傷つけるだろ?」

「・・・は?」

「だから、君に囮になってもらって、多少の痛い目にあってもらう。
それが彼のためだし、皆のためでもあるだろ?」



あまりにも馬鹿げた考えに、私は声も出なかった。
何が彼のため、皆のためだよ。ただアンタが復讐したかっただけでしょ?



「そんな馬鹿げた考えに巻き込むのはやめてくれません?
私も、不破も。」

「なっ、何が馬鹿げただ!!奴によって傷つけられた人間がどれほどいるか・・・」



確かに不破はきっと、たくさんの人を傷つけてる。

私は思い出す。不破が負けたという、カザマツリくんを。
彼は一度、不破に負けたんだ。きっと、ずっと続けてきたサッカーで。
それまでの自信も壊された。きっと多少なりとも傷ついたはずだ。けれど。

彼はあきらめなかった。だからこそ不破に勝てたんだ。

それまでずっと続けてきたものなら、好きなものならば、
一回の負けの挫けたりしない。あきらめたりしない。
そのとき負けても次がある。あきらめなければ、いつかは勝てる。そう、カザマツリくんのように。



「不破も、人の気持ちにもっと敏感になってもいいとは思う。けど
それを気づくのは不破自身であって、アンタなんかに強制されるものじゃない!!」

「なんだとっ・・・この女!!」



長髪が私の腕を引っ張り、体ごと壁に押し付ける。
その瞬間、聞き覚えのある声が響く。



「何をしている・・・!」



・・・不破。やっぱり呼び出されちゃってたか。
ていうか正直、呼び出されてても来ないと思ってた。
私を助けても、不破にはなんのメリットもないと『結論』を出すと思ったから。
だから、こんな状況だけど結構、うれしいかも。



長髪が私を他の男に預け、不破の方へ向き直る。



「よおクラッシャー。やっとお出まし?」

を離せ。」

「それは出来ないな。俺らの言うことを聞いてくれれば考えるけど。」

「・・・・」



不破が『考察』に入る。
今、この状況の一番の最善策を探しているんだろう。

不破は何でもできるだけあって、運動神経も良いし、人の急所なんていうのも理解している。
こんな優男3人を倒すくらい造作もないだろう。私さえいなければ。
そして、奴らのいいなりになっても、私が自由になる保証はない。
ただでさえ、こんな卑怯なことしてる奴らなんだから。そうなると、一番最良の選択は・・・。



「いいだろう。お前の要求を聞こう。」

「は?不破?!!」

「・・・はははっ!いい度胸だな。
俺の望みはお前を殴ること。それも俺の気が済むまでとことんな!
お前は俺たちが何をしようが一切反撃してくるな。」

「はあ?!何言ってんの?!そんなバカなこと・・・」

「いいだろう。」

「不破?!」

「あーっはっは!!じゃあ遠慮なく!」



ドスッ!!



長髪が不破の腹を殴る。続いてもう一人が不破の顔を殴る。
私を抑えているクラスメイトは、冷や汗をかきながら、顔を引きつらせてその光景を見つめている。



「不破!不破!!何でそんな奴らの言うこと聞くの?!
私は大丈夫だから!全然大丈夫だから!!そんな奴らすぐ倒せるでしょ?!



そう、不破ならこう結論が出ていたはずだ。

『長髪共に攻撃をしかけ、すばやくを奪還する。』

だって、そうすれば被害は最小限に済んだはずでしょ?
少なくとも、不破が傷つくことなんてなかったでしょ?



私は必死で叫び、抑えられた腕を振り解こうとする。
けれど、こんなひ弱な奴でも男で。女の私にはかなわない力を持っていた。



「不破!こんな根性悪たちの言いなりなんて嫌だよ!
もういいから!言いなりになんてならないでよ!!」

「・・・おい。そこの女黙らせとけよ。耳障り。」

「は、はい!」

男が私の口を手で覆う。
その間も不破は殴られ続けている。

・・・悔しい。どうして不破がこんな目に合わないといけないの?
私が、私が捕まってなければ、不破なら絶対負けたりしないのに・・・!

・・・そうだ。私が逃げればいい。腕はほどけない。こんなに密着されてたら
足での攻撃も難しい。だったら自由な場所は・・・?



「・・・さん?」



私は抵抗を止め、体の力を抜き、俯く。



「そっかー。もう見てられなくなっちゃったんだね。
うん。おとなしく終わるのを待ってた方がいいよ。」



「ふざ・・・けるなーーーーー!!」




俯けた頭を勢いよく後ろへ振り戻す。
私の頭の先には丁度、ひ弱男のあごがあり、私の頭突きが彼のあごへ命中する。



「あ・・・がっ・・・」

「・・・痛っー!!」



後頭部が凄まじく痛かったけど、今はそれどころじゃない。私は叫ぶ。



「不破!私は大丈夫!また捕まる前に早くこいつら倒して!!」



私の行動に驚いて振り返った男たちの奥で、不破は笑った。
音もなく、油断していた男たちの首に手刀を浴びせる。
3人の男たちは何が起こったかわからないまま、地面に倒れていった。










「・・・む。」

「む。じゃないよ。痛いだろうけど我慢してよ。ほっといたら化膿しちゃうし。」



私たちは今、保健室にいる。もちろん不破の手当てをするために。
運良く保健の先生は外出中だった。



「不破。」

「何だ?」

「・・・助けてくれて、ありがとう。」

は俺の代わりに呼び出されたのだろう?ならばが礼を言う必要はない。」

「・・・けどさ・・・。
なんでさっき、奴らの言いなりになってたの?不破なら最善の結論が出てたでしょ?」

「・・・俺が反撃すれば、奴らは造作もなく倒せただろう。」

「でしょ?何で・・・」

「それでは、高い確率でが傷つく。」

「・・・・!」

「俺はそれが無性に嫌だった。お前が傷つくのは見たくなかった。」









顔が、熱くなるのがわかった。
不破は最善の理論よりも、自分の感情をとってくれた。
私を、守ってくれた。










「なぜだろうか?確かに俺が奴らをてっとり早く倒していれば
被害は最小限に済んだはずなのに。」

「・・・それが、『心』かな?」

「心?」

「そ。不破は最善の策がわかってた。けど、
自分の感情の方が勝った。だから、理論も関係なく動いた。」

「・・・ああ。」

「それが不破の優しさ!心!感情のないクラッシャーなんかじゃないよ!」









不破が私を見つめる。私も不破を見つめ返す。









「今、お前に触れたいと、そう思っている。これも『心』か?」



「あはは。私もそう思ってる。それも『心』だよ。だけど、」



「けど?何だ?」












私は不破に抱きつく。
不破もまた、私を抱きしめる。












「それは『恋』って言うんだよ!」

















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