きっかけを探していた。 それを作ってくれたのが、まさか彼になるだなんて思いもよらなかったけれど。 私の葛藤、君の微笑 「さん、まだ飲むの?」 「飲むー。」 「もう止めといた方がいいって。な?」 「うるさい、うるさーい!まだ飲むんだってばぁー!」 社会人になって何気なく見つけた雰囲気の良いお店。 そこに通うようになって1年。もうすっかりお店の常連となった私。 何かストレスがあるとすぐにそこに寄り、優しいマスターにカクテルを作ってもらう。 それはもはや、自分の中でひとつのルールになっていた。 嫌なことがあってもここに来れば。全て忘れられると。 けれど今日ばかりはそうもいかず、私はただひたすらお酒に溺れていた。 飲みすぎて、意識も朦朧としている。ああ、こんなの迷惑だってわかってるのに。 私を心配するマスターを無視して、目の前にあるグラスを取ろうと手を伸ばす。 ・・・が、その手はグラスに届く前に別の手につかまれ、遮られた。 「ダメですよー。これ以上は意識とんじゃいますよー?」 「・・・いいんだってば!意識飛ばしたいの!」 「そんな潤んだ目で人を見上げるなんて、襲われても文句言えないですよー?」 「・・・・・・は?」 「あはは。なんなら僕が意識飛ばしてあげましょうか?いろんな意味で。」 「・・・・・・!!」 突然現れたニコニコと笑う男に、虚ろ気味だった思考が少しずつ戻ってくる。 とはいえ大分酔っているから、正常な思考に戻るとまではいかないけれど。 「マ、マスター!変態がいる!追い出して!!」 「あははー。変態だなんてひどいなあ。」 「手離してー!助けてマスター!」 「さん、落ち着いて。確かにソイツ変態じみてるけど、やばい奴じゃないから。」 「変態じみてるって何ですか、兄さんまで。」 「・・・兄さん?」 「そ。ソイツ、俺の弟なんだ。だから一応安心していいよ。」 信頼のおけるマスターの弟。 私ははっきりとしない視界の中、目を細めて二人を交互に見比べる。 確かに似ている・・・ような気はする。何でか未だニコニコと笑ってる顔とか、どでかい身長とか。 「初めまして。須釜寿樹って言います。」 「ふーん。寿樹くんね、私は。よろしくー。」 ああ、そうなんだ。そこらのナンパ兄ちゃんじゃなかったんだ。 マスターの弟ねー。身長でかいなあ。ていうかさっきの変態発言は何?名前は寿樹くんね。よし、覚えた。 酔っ払った頭で結局何もまとまらずめちゃくちゃな思考だけを巡らせて。その後はよく覚えていない。 めちゃくちゃに酔っ払って、マスターに我侭を言って迷惑をかけて。 初対面のマスターの弟を変態と罵り、あげくにそのお店で眠りこけて。 そんな恥ずかしい醜態を晒した日。 それが、私と寿樹くんとの出会いだった。 「・・・この前はとんだ醜態を晒しまして・・・。」 「あははっ!気にしないでいいって。あれよりひどいお客さんだっているしさ。」 「うう。恥ずかしい。ごめんねマスター。」 「まあまあ、今日は何飲んでく?」 「・・・お任せで。でも酔っ払いたくないから、軽めので。」 「はは、了解。」 結局あの日、私はいつの間にか自分の部屋にいて。 聞いたところによると、マスターが私をタクシーに乗せてくれたんだそうな。 私は一体どこまで迷惑をかけたんだか。しばらくは気をつけて飲まなきゃ。 せっかくの居心地のいい場所、なくしたくないもんね。 「はい、できたよ。今日はチャイナブルー。これなら酔っ払うこともないだろ?」 「ありがとう。マスター。」 そんなことを考えていると、いつの間にかマスターの作ってくれたカクテルが出来上がり、 隣の席には誰かが座った。そちらへ視線を向ければ、何やら見覚えのある顔。 「さん。こんばんはー。」 「・・・あ。」 「僕のこと覚えてますかー?」 「お、覚えてるとも!え・・・えっと・・・あれだ、『としや』くん!」 「あははー。残念、寿樹ですよ。」 「うわ!ごめん。寿樹くんね!今度こそちゃんと覚えたから!」 「いやいや、気にしないでいいですよ。」 あんな醜態を晒して、それに名前まで間違えるって・・・。 ずっとニコニコしてる彼の考えてることはわからないけど、もう私の印象最悪そうだ。 あんな姿を見られた後でちょっと恥ずかしかったんだけれど。 あの日のフォローのつもりで、彼に話しかけた。 一応私もちゃんと話せるんだってところ、見せたかったし。 「寿樹くんは何でここに?飲みに来たの?」 「いやー、僕一応未成年ですから。兄さんの店の手伝いってところです。たまにしてるんですよね。」 ああ、バイトってことか。 これだけ店に来てて、全然気づかなかったけど・・・。最近始めたのかな? 「いつもお兄さんにはお世話になってますー。」 「あはは。知ってますよー。」 ・・・知ってる?!何で?何を? マスターは家で、こんな変な客がいるとか話してたり?!いや、まさか・・・。 「僕、前からこの店にちょこちょこ顔出してましたから。さんが気づいてなかっただけで。」 「へ?そうなの?」 「いつも一人で寂しそうにしてる人だなー、って印象に残ってたんです。」 「寂しそうって・・・。何か微妙だなそれ。」 「あ、別にバカにしてるわけじゃないですよー?寂しそうで、綺麗だなって思ってたんです。」 「そ、それは・・・どうも。」 さっき彼は未成年だって言ってた。だから私よりは年下なわけで。 なのに、なんていうのか・・・。大人びてるって言うか、年下のはずなのにドキドキすることさらりと言うなあ。 そういえばマスターも天然でときめかせてくれちゃう人だったっけ。 「・・・理由、聞いてもいいですか?」 「え?」 「こうしてさんと知り合えたのも何かの縁ですし。何でいつもそんなに寂しそうにしてるんですか?」 「いや、だから寂しそうって・・・別に寂しそうになんてしてないし。」 「この前も意識なくなるほどに酔っ払ってたじゃないですか?何かあったんでしょう?」 「う・・・。それを言うか・・・。」 「しかも僕の名前を覚えられないほどに。」 「きゃあ!やっぱり根に持ってるし!」 マスターと同じ優しい笑顔で、しかもこの間のことまであげられてどうあしらえと言うの・・・!(名前も間違えちゃったし!) 確かにあの日、私にとっての『何か』はあったんだけど・・・こんな話聞いても楽しくないのにな。好奇心って奴だろうか。 あんなになるまで飲んだ原因って何だろーみたいなさ。 「面白くなんてないよ?」 「はい。それでも聞きたいです。」 「おっ!いいね姉ちゃん!俺も聞いてやるぞー!」 「きゃあ!誰!」 寿樹くんに話を始めようとしたところ、突然肩に手を置かれ やたらハイテンションなおじさんが話に割り込んできた。 いい具合で酔っ払っている。あー、あの日の私もこんなだったのかなー。 「・・・僕たちは今から大事な話をするところなんです。邪魔しないでくれますか。」 「・・・おっ・・・おお、すまんな若いの!」 「と、寿樹くん・・・?!」 「何ですかー?」 「今、何か、すごいオーラみたいな・・・」 「何言ってるんですか、さんは。面白い人ですねー。」 おじさんに向けられた視線と、すごく重たいオーラは気のせいだったのだろうか。 私が話しかけた後の寿樹くんは、変わらぬ笑顔の寿樹くんだった。 「とーしきー。お客さん怖がらすなよ。それにさんを困らせちゃダメだろー?」 「困らせてなんていませんよ。ねえさん。」 「え・・・。」 「ねえ?」 「・・・そう・・・デスネ。うん、困ってなんかナイヨ、マスター。」 「くくっ・・・さん態度出すぎ。」 クツクツと面白そうに笑うマスターと、少し残念そうにそれでも笑顔は浮かべたままの寿樹くん。 なんかダメだ私。この兄弟にはどうも弱いらしい。 暗い店内では気づかれないだろうけれど、顔の熱があがっていくのがわかった。 「さん顔赤くありません?ああ、大変だ。お酒なんて飲んでる場合じゃないですよ。帰りましょう。」 「え?ええ?」 「じゃあ兄さん。僕はさんを家までお送りしますね。」 「ちょ・・・おい、寿樹!」 「わわ!ちょ、ちょっと待ってよ寿樹くんっ・・・。」 「ったく、仕方ないなあ。ちゃんと送れよー。変なこともすんなよー。」 「僕を誰だと思ってるんですか。そんなことしません。」 「いや、お前だから釘さしたんだけどな。」 「マ、マスター!何その危険な発言!」 赤くなったことを悟られ(ていうか何で気づくの?!)、よくわからない理由で腕を掴まれ(力強いし!逆らえないし!) マスターの呆れ顔に後ろ髪をひかれながら、私は寿樹くんと店を出た。 終始穏やかだと思えば(ちょっと怖い場面もあったけど)、そうでもないらしい。 いや、別に表情や雰囲気に変化があったようにも見えないんだけど。何ていうか行動が強引というか。予想外だったというか。 何で彼がこんなことをするのだろうかと考えながら、彼に引っ張られるがままに歩いていくと ピタリとその歩みが止まった。私よりも大分高い位置にある彼の顔を見上げて、どうしたのかと問う。 「ここなら邪魔は入りませんよ。」 「邪魔?何が?」 「いやだなあ。話してくれるって言ったじゃないですかー。」 だから何の話?と首を傾げれば、先ほどの寿樹くんとの会話を思い出す。 私が一人でマスターの店に入り浸る理由。 まだ聞きたかったのか。本当に面白くもなんともないのにな。 「そんなに聞きたいの?」 「聞きたいです。」 「面白くもなんともないよ?」 「構いません。」 「・・・もー。何でそんなに聞きたがるかな!」 「話したくないですか?誰かに話したそうでしたけど?」 「・・・う・・・!」 彼は本当に・・・人の心が見えるのだろうか。 私は彼のことを知らず、この前の醜態を晒したあの日が初対面だと思っていた。 話だってまだほとんどちゃんとしていない。それだけの関係なのに、何で私の心がわかってしまうのか。 「・・・付き合ってた人がいたんだけど・・・フラレたの。それだけ!」 「・・・。」 「・・・だからそれだけだってば!」 「さん、僕が年下だからって誤魔化そうとしてませんか?」 「!」 「僕は本当のことが知りたいんです。貴方の思っていることが聞きたいんです。」 誰かに聞いてほしかった。それは確かだったけれど。 だけどこんなに格好悪い自分、誰にだって見せたくないじゃない。 なのに、何で彼はそれに気づくの?自分さえも誤魔化していた心が見透かされたようで恥ずかしくなった。 「あの日、何故あんなになるまで飲んでいたんですか?」 「・・・。」 「・・・さん?」 「・・・付き合ってた人にね。結婚するって人を紹介されたの。」 「・・・そうですか。」 「それと・・・もう連絡もしないでほしいって・・・。」 「・・・。」 「別れて半年くらい経つんだけど・・・携帯のメモリも消せなくて、たまに・・・連絡してみたりしてっ・・・」 私、何を言ってるんだろう。 ほとんど初対面なんだよ?いくら大人びてても私よりも年下の子なんだよ? なのに、何でこんな言葉を、こんな姿を。 「忘れられるわけ・・・ないじゃない!ずっと、ずっと一緒だと思ってたのに・・・!」 「・・・なるほど。」 「・・・ね、つまらなかったでしょ?半年以上前のことを引きずって、終わったはずの恋を追いかけてただけなんだから。」 「つまらなくはないですよー。けど、意外と・・・というか、やっぱりバカですねさんは。」 「・・・・・はあ?!」 終始穏やかなはずの彼から発せられた、意外な言葉。 兄であるマスターを見ていたからか、彼は紳士のように女に優しい言葉ばかりかける人だと思っていた。 別にそれを期待していたわけではないけれど、私は思わず顔をあげて彼を見た。 「その男のこと、今でも好きなんですか?」 「・・・え・・・いや、あの・・・。」 そして問いかけられた言葉。 ・・・あれ?私、あの人のこと好きなんだろうか? だからこんなに悔しくて、切ない気持ちになる? そうだよね。だから、あの日あんなになるまでお酒を飲んで忘れようとしていたんだから。 「錯覚です。」 「・・・は?」 「今、迷いましたよね。じゃあもうその恋は終わってます。さんの中では決着はついているんです。」 「なっ・・・寿樹くんに何がわかるのよ!」 「さんがその男に持っているのは恋愛感情じゃなく、執着心です。」 「執着・・・?」 「どれだけ付き合っていたのかは知りませんが間違いありません。」 「だから何で寿樹くんが・・・!」 「わかりますよ。ずっと貴方を見ていたんですから。」 「え・・・?」 何も知らないくせにと、多少の怒りを込めながら彼を睨みつけた。 けれど彼の言葉は、さっきから予想外な言葉ばかりで。 「貴方はきっかけが欲しかったはずなんです。その男を忘れるための。」 「・・・何、言ってるの・・・?」 「だから僕がそのきっかけになります。」 「ちょっ・・・。」 「その男への想いはただの執着心。貴方はもう、新しい道を踏み出せるはずです。」 数年付き合ってきた相手に、突然別れを切り出された。 他に好きな人ができたという、あまりにも自分勝手な理由。 昨日までは笑いあっていたはずなのにと、彼の変化に気づきもしなかった自分。 全てが真っ暗になった気がした。本当に、好きだった。 だけど。 いつからか、胸の痛みは気づかぬうちに悔しさへと変わった。 お気に入りのお店を見つけて、一人でお酒を飲んで、悲劇のヒロインを気取っていた。 あんなに長い間付き合ったのに、あんな自分勝手な理由で。 私の言い分も聞かないで。どうして?どうして? 何度も電話をした。彼が電話に出ることはなかった。 ねえ、最後の別れの言葉すら言わせてくれないの? 私が前に進むきっかけさえもくれないの・・・? 「・・・っ・・・。」 「さんは泣き顔も綺麗ですね。」 そんな、歯の浮くような台詞を並べながら寿樹くんの大きな体が私を包み込んだ。 大きくて温かくて、何故か安心する。私は何も考えずに、ただ彼に身を任せた。 少し暗くなった夜道を、寿樹くんと並んで歩く。 彼はその言葉の通りに、私を家まで送ってくれるらしい。 酔っ払ったあの日といい、泣きはらした今日といい、本当格好悪すぎる私。 彼が何もなかったかのように笑ってくれるから。 私もそれに甘えて、何事もなかったかのように彼に話しかけた。 「寿樹くんさ、そんなに前からあの店にいたの?」 「店にいたわけじゃありませんよー。顔を出してたんです。」 「あれ?バイトじゃなくて?」 「バイトじゃないですよ。兄さんの手伝いなので無給です。」 「ありゃ、そうなんだ!兄孝行だねー。」 「と、いうよりもバイトできる年じゃないですしねー。」 ・・・ん?ああ、バイト禁止の学校にでも行ってるのかな。 それにしても無給って・・・。お小遣いなんていくらあっても足りないだろうに、そういうの気にしない性格なのかな? 「最初は兄さんに届けるものがあって、あの店に行ったんです。そこに偶然いたのがさんですよ。」 「へ?」 「さんが兄さんに散々愚痴ってるところでした。」 「うわー。」 「喚いたり、兄さんに泣きついたり、百面相で面白い人だなーと思って見てました。」 「あーもう、そういうとこは見ないフリして帰ってよー。」 「だけどそんなさんが一瞬だけ、すごく寂しそうな、悲しそうな顔をしたんですよね。」 「・・・!」 「まさに一瞬でした。あんなに人に惹かれたのなんて初めてだったかもしれない。」 その時の光景を思い出すかのように、寿樹くんは笑う。 「それからです。兄さんの店の手伝いをするようになったのは。」 そしてその穏やかな笑みを浮かべたまま、私を見つめた。 「・・・そう、なんだ。全然気づかなかった。」 「実はそう何度も会ってるわけじゃないですからねー。さんも店にしょっちゅう来るわけじゃないし。」 「まあ、そうだね。」 「僕も同じで毎日行けるわけではなかったので。それに・・・貴方がいても話しかけなかったですし。」 「何で?」 「・・・年下の僕とでは、対等に話してくれるとは思わなかったからです。対等になれるきっかけを僕も探していたんですよねー。」 確かにいくらマスターの弟とは言え、初対面の彼に自分の恋愛話などするつもりにはならなかっただろう。 そのきっかけが・・・あの日だったってこと? 「そしたら丁度よくさんが酔っ払・・・」 「あー、いい。うん、その日の話はいいわ。」 「まあ、そういうわけです。」 寿樹くんがニッコリと笑って。 結局は彼の思い通りの結果になったってことだ。 ベロベロに酔った私に負い目を持たせて、彼に逆らえなくしようという思惑。 私は見事その術中にハマってしまった。 「それで。」 「え?何?」 「僕の気持ちには応えてもらえますか?」 「!」 またこの人はサラリと・・・。 照れもせずに、笑顔を崩すこともなく、顔を赤くすることもなく・・・。 彼の方が年下のはずなのに、私の方がずっと振り回されてる気がする。 「・・・でも、あのー・・・まだ会ったばっかりだし・・・。」 「僕としては会ってどれくらいとか関係ないと思いますけどねー。」 「いや、でもやっぱりさ。いろいろあるんだよね。気持ちの整理とかさ。」 あの人への気持ちが、本当にもう執着とくだらないプライドだけだったのだとしても。 それでもまだその気持ちの整理はつきそうにない。 寿樹くんの気持ちは嬉しいし、感謝もしているけれど、それでも彼の想いにはまだ応えられそうになかった。 「まあ、いいですけどね。」 「うん・・・ごめんね・・・?」 「これから会うくらいはしてくれますよね?」 「あ、う、うん。寿樹くんはそれでもいいの?こんな中途半端な状態で・・・。」 「構いませんよー。我慢できなくなったらその時はその時ですしねー。」 「その時はその時って・・・どうするの?」 「え?僕の口から言わせるんですか?それは勿論「やっぱりいいや!」」 何だかすごい言葉が出てきそうだし、それを聞いて自分の身の危険を感じるのも嫌だし。 そんな思考が働いて、咄嗟に彼の言葉を遮った。 寿樹くんは残念そうに、「いいんですかー?」と呟いた。 そんな話をしている間に、私のアパートの前にたどり着く。 「今日はありがとう。寿樹くんも気をつけて帰ってね。」 「いえいえ。僕が好きでしたことですし。」 「それと・・・。」 「?」 「ちゃんとした自己紹介してなかったよね。私は 。 去年短大を卒業した新米のOL。マスターのお店がある隣町の会社に勤めてるの。」 彼にした自己紹介は、酔っ払って言った名前だけ。 そんなのは恥ずかしすぎるからと、私は少しは大人らしく、自分なりにしっかりとした自己紹介をする。 今更だけど・・・本っ当に今更だけどさ。少しは格好つけたいじゃない。 そんな私の姿を見て、寿樹くんもニッコリと笑って。私の言葉に続くように、口を開いた。 「僕は須釜寿樹。さん行きつけの店のマスターの弟です。今年中学を卒業します。 サッカーが好きで、あの店にはユースの練習の帰りに寄っていました。」 へえー。寿樹くんはサッカーが好きなんだ。 ユースって言ってるのは・・・あれかな。クラブチームみたいなものなのかな。 それに今年学校卒業なんだ。じゃあこれからいろいろ大変・・・って・・・。 「と、寿樹くん・・・?」 「はい?」 「今、何て・・・?」 「ユースの練習の帰りに店に・・・ああ、まずいですかね?いや、でも身内の店だと言えば大丈夫かなと。」 「いや、あの、そこじゃなくて、もっと前・・・。」 「今年中学を卒業します?」 「・・・ちゅう・・・がく・・・?」 「はい。僕、中学3年なので、今年卒業なんですよねー。」 ちょ、ちょ、ちょっと待った。頭がついていかない。 目の前にいるこの人は、さっき私が泣きついたこの人は・・・。 「寿樹くん・・・身長何センチ?」 「今は・・・190くらいありますねー。」 「190・・・?!」 身長が190センチもあって。 お兄さんの店だという、バーにいて。 いつだって穏やかで、冷静で。口調なんて敬語で。 ニコニコしてて、人の心まで見透かしちゃって。 歯の浮くような台詞もサラリと言っちゃって・・・。 「そんな中学生いるかあっ!!」 「あはは。何言ってるんですか?ここにいるじゃないですかー。ああ、学生証見ますか?」 ああ、何だか頭がクラクラしてきた。 私の中学時代はどこに行ったの。背が高くたって中学生は中学生にしか見えない素朴さは・・・?! 「あれ?驚いてますか?」 「そりゃもう。」 「驚くのはいいですけど、それで僕を子供扱いしないでくださいね?」 「え?」 「中学生だから対等に見てくれなくなるなんて、僕は許しませんよ?」 「・・・う・・・。わ、わかってるよ!」 「それならいいです。」 彼は確かに中学生。それはまぎれもない事実らしい。 だけど、私が寿樹くんにドキドキしたことも、彼に救われたことだって事実。 「ふふふふ。」 「な、何・・・?」 「これからいろいろと葛藤し始めるさんを想像すると笑えますねー。」 「はあっ・・・?!」 「あれ?既に葛藤してましたか?いくらでも悩んでください。僕を想ってしてくれる葛藤なら、いくらでも。」 ありえない。中学生と付き合うとか・・・ありえない。 ほんの数分前までの私なら、絶対そう思ってたはずだ。 だけど。 そんな考えは、彼を目の前にしたらあっという間に消えてしまって。 ニッコリと笑みを浮かべて、年なんて関係ないとでも言うような余裕の笑み。 一人で慌てふためいてる自分の方が子供みたいだ。 彼のことを考えては、心の中では様々な葛藤が繰り広げられている。 彼が年下でも、たとえ中学生であっても。 結局のところ、私が彼に振り回されることになるのは変わらないらしい。 TOP |