「天城、お前いつまでも調子に乗っていられると思うなよ?」





小学校や中学入学当初に比べれば、俺にからむ奴らは確実に減った。
それは俺が奴らを返り討ちにしているというのもあったし、俺自身が人を近寄らせないよう過ごしてきたからだ。
しかし、しつこい奴らはどこにだっているもので、今日も現れたそいつらに俺はうんざりとした表情を向ける。





「ああ?余裕の面してんじゃねえぞ!」

「お前のそういうところがむかつくんだよ!」





力では俺に叶わないとわかっているからか、最近は煩わしくくだらない売り言葉から始まる。
ただ、それを買おうとするほどに俺は暇ではない。奴らを無視してその場を歩き出す。





「一人でかっこつけてんじゃねえぞ?ぼっちゃま?」

「助けてくれる仲間だっていない寂しい奴だもんなあ。
そうやって一人でいきがるくらいしか出来ないんだろ?」







「仲間ならいるぞ?」







自分たちの頭上から聞こえた言葉に、奴らは思わず顔をあげる。
それと同時に見上げた場所、つまり後ろにあった塀から飛び降りてきたのは一人の女。





「なっ・・・なんだよお前は・・・!」

「お前たちこそなんだ。1人に対して複数とは卑怯な。私も加勢するぞ、文句はないな?」

「・・・おい、・・・」

「あれ・・・こいつってもしかして、この間うちの3年を倒したっていう・・・」

「はっはっは!生意気言ってやがる!いいぜ?その代わりどんな目にあっても知らねえからな!」

「ああ、正々堂々と戦おう!」





独特のしゃべり方と、聞いているこちらが呆れるほどの正義感。
学期途中で転校してきたという女は、もはやちょっとした有名人となっていた。














本音の本当















「しかしお前は敵が多いな、燎一。」

「俺のことはどうでもいいから、いつも首を突っ込んでくるな。」





目の前で腹や足を抱えて横たわる奴らに、ご丁寧にも保健室に行くことを勧め、は自分の鞄を持ち歩き出した。
俺もその場に残っていても仕方がないので、そのまま彼女に続く。





「なぜだ?友達を助けるのは当然のことだろう。」

「・・・お前が出てくると話がややこしくなるんだよ。」





は転入してきたときからおかしな奴だった。
不良にからまれている俺を助けたり、なぜか喧嘩が強かったり、あいつの家の鍵を拾ったくらいで俺を信用したり、
かたくなにぼっちゃまなんて呼び続けたり、乳母のかずえといつの間にか仲良くなっていたり。

周りに他人がいることに辟易していたというのに、気づかぬうちに彼女と一緒に過ごす時間が増えた。
俺のことを友達だと呼ぶの言葉に、頷いてしまったりもした。
クラスメイトでさえも俺と話すことを怖がっており、俺だってそれを望んでいたのに、調子を狂わされてばかりだ。





「しかし、私は先日、決めてきたことがあるんだ。」

「・・・なんだ。」

「燎一の用心棒になろうと思う。」

「・・・・・・・・・・なにがどうしてそんな考えになったのかはわからないが、拒否する。」

「私が勝手にすることだ。燎一は気にしないでくれ。」

「ふざけるな。迷惑だ。」

「そうか。わかった。迷惑にならないよう、ひっそりと守ろう。」

「・・・・・・・・・とりあえず話を聞く。」





一緒に過ごせば過ごすほど、本当におかしなことばかりだ。
の性格も行動も少しは掴めたかと思っていたが、そうでもなかったらしい。
けれど彼女は正直だから、わからないと問えばはっきりと、誤魔化すことなくそれに答える。





「サッカー部、今度試合があるんだろう?」

「・・・どうして知ってる?」

「雨宮先生に聞いた。」

「・・・だからなんだ?それと用心棒って話がどう繋がるんだ。」

「お前にからんでくる奴らに手を出すのは正当防衛だと知ってる。
そして相手も教師に目をつけられている存在だから、今までの行いも大きな問題とならなかったんだろう?」

「・・・。」

「だが、いつまでもそれが通るほど甘くはないだろう。少し頭を使えば、あいつらだって被害者となることを覚える。
そのときサッカー部はどうなる?もしくはサッカー部にいることを盾にされて脅されたら?」





痛いところをつかれた、と思った。
俺が今まで手を出してくる奴らを返り討ちにしていたことが問題にならなかったのは、
相手がどうしようもない不良たちであり、さらには複数人であったから。
俺が何も言わなくとも、教師たちは勝手に俺を被害者として扱った。
もちろん、俺一人に負けたなんてプライドが許さなくて、口にしない奴らだっていたけれど。

そして俺はこの学校のサッカー部に所属している。
サッカーの名門でも強豪でもない学校ではあるけれど、試合の勘を忘れないため、
自分自身を磨くためにも必要な場所であると考えている。

もし奴らが被害者を気取り、それが原因で俺が処分の対象となることもあるだろう。
そして所属しているサッカー部もそれに巻き込まれないとは言えない。
具体的に言えば、試合出場停止、部活動休止なんていうこともありえる。





「と、不安がっていてな。」

「雨宮監督がか?」

「いや、そこに一緒にいた先輩がだ。」

「・・・それなら俺を辞めさせればいいだろう。」

「ばかもの!!」





スパーンと聞こえた間抜けな音。なんだか以前にも同じようなことがあった気がする。
・・・くそ、俺にこんなことをするのはくらいのものだ。
本当にこいつは遠慮というものを知らないというか、わが道を行くというか・・・とても手に負えない。





「そんな簡単に辞めるなんて言うものじゃない。お前がそこに入ると決めて始めた部活なんだろう!」

「・・・別に、入りたくて入った訳じゃない。自分の能力を高める場所として・・・
俺の能力がわからない奴らを見返すために選んだ場所なだけだ。別に学校の部活にこだわらなくたっていい。」

「別の場所でも出来るということか?」

「ああ。」

「自分ひとりで構わないと?」

「そうだ。だからお前も余計なことに首を・・・」

「燎一。」





いつになく真剣な・・・というか、こいつの表情は毎回よく読めないのだが、おそらく真剣な顔をして俺を見上げた。
次は何を言うのかわからないが、俺の言いたいことは伝わっただろうか。伝わっていると助かるのだけれど。





「お前は以外と頭が悪いんだな。」

「・・・・・・。」





真顔で言われた一言があまりに想定外すぎて、言葉を失ってしまった。
しかし、よくよく考えてとても腹の立つ言葉だと感じ、思わず表情をしかめる。





「お前に言われたくない。」

「なぜだ?私の成績は悪くないはずだぞ。」

「成績の話なら俺だって・・・って違うだろ!なんで俺の頭が悪い話になるんだ!」

「だってそうじゃないか。単純な人数計算も出来ていない。」

「何を・・・」

「サッカーは11人でやるものだろう?」

「・・・・・・は?」

「お前一人で出来るわけがないじゃないか。」

「そんなこと・・・言われなくたって・・・!」

「わかってるからこそ、お前はサッカー部を選んだのだろう?」





言われなくてもわかっている。
一人でも充分なのだと思っていても、サッカーをするには11人が必要で、
そこに信頼があろうがなかろうが、俺は自分の仕事をこなすだけだ。
周りは弱くたっていい。俺が強ければ、俺がゴールすれば、勝ちあがれる。

そうして、俺を認めなかった奴らを見返してやる。俺の実力を思い知らせてやる。

その場所はどこだってよかった。この学校のサッカー部を選んだのだって、
雨宮監督の誘いがあったからだし、部活のサッカーでなければ武蔵森とも当たれないと思ったからだ。





「燎一は恵まれているぞ。」

「何を言ってる・・・!俺は・・・」

「部活の先輩もお前のことが不安で怖いと言っていた。けれど、お前の力にもなりたいと言っていたんだ。」

「・・・な・・・」

「不安でも怖くても、燎一を辞めさせることがないのには理由があると思わないか?」

「それは・・・俺の力が無ければ上に勝ちあがれないからだろ?」

「下手したら出場停止になりかねない。勝ち上がるどころの話じゃなくなるのに?」





誰だってよかった。どこだってよかった。自分の目的に近づけるのなら。





「自分を守ってくれている人たちがいることを忘れるな。」





それは誰かのためとか、チームのためとか、そんな綺麗ぶった理由ではない。

けれど、この学校を選んだのも、サッカー部に入ることを決めたのも俺自身で。
このチームで勝ちあがるのだと決めたのも俺だ。





「私もその一人になりたいんだ。」

「・・・。」





まさかこんなにも理解しがたいことばかりを続ける彼女に諭されるなんて、思ってもみなかった。
こみあげる感情をなんと例えていいのかわからなかった。ただ、戸惑ってはいても不快ではない。





俺は、彼女の表情を、言葉を、嬉しいとそう思っているのだろうか。









「と、いうわけで、お前にからむ輩は私に任せろ。」

「・・・ちょっと待て。それとこれとは話が別だ。」

「なぜだ。私の実力は燎一も知っているだろう。」

「知ってても許せないものは許せない。」

「なぜだ!」

「なんでもだ!」

「理由を言わないとわからん!」

「心配だからだ!!」





思わず飛び出てしまった本音に口を手で覆うが、言葉は既にに届いてしまっている。
は何度も瞬きを繰り返し、俺を見つめ続けている。なんだこれは。なんでこんなに慌てているんだ俺は。





「俺が・・・気をつければいい話だろ。」

「何をだ?」

「からまれてもすぐに手を出したりしない。喧嘩を買ったりしない。問題は起こさない。」

「出来るのか?」

「出来る。」





迷わず告げた言葉に、は笑顔を浮かべ満足そうに頷いた。
俺はその表情を見て、どこか照れくさくなり顔を背ける。
そもそもなんでこんな宣言をしなくちゃならないんだ。こういうのは言わなくても感じとればいいだろう。
・・・なんていうのは、彼女には今更なことか。





「けれど、困ったらいつでも力になるぞ。それは忘れるな。」

「・・・ああ。」

「それと、今度サッカー部の試合があるんだろう?見に行っても構わないか?」

「・・・別に、勝手にくればいいだろう。お前にとっては、つまらないと思うぞ。」

「初めから決め付けるな。それは見に行ってみなければわからないだろ?」

「・・・。」

「まあ、つまらないなんて私は思わないけどな。」

「そっちこそ決め付けてるだろ。なんだよ、その根拠は。」

「燎一がそれだけ夢中になっているものだ。つまらないなんて思うものか。」

「・・・な・・・」





だから何でそういう台詞を恥ずかしげもなく言えるのか。
まるで当たり前だとでもいう表情に、こちらは何も言えなくなってしまう。





「別に俺とお前の価値観が一緒とは限らないだろ。」

「価値観は違っても、好きな人が楽しんでいるものは自分も楽しめると思う。」

「だから好きな・・・・・・・ん?」

「何おかしな顔してるんだ?私は燎一が好きだぞ。」

「っ・・・!!」





いや、違う・・・!わかっている・・・!の言葉に特別な意味なんてない。
おそらく彼女の好きな人種や尊敬していると同義だ。慌てる必要なんてない。
いつもどおりでいればいい。予想外の言葉なんていつものことだ。





「どうした燎一?顔が真っ赤だ。」

「なっ・・・なんでもない・・・!!」





わかっているのに、体温は上がっていき、動揺は収まらない。
どうしたらいいのかわからなくなって、無意識に深呼吸をしていた俺に、
調子が悪いのかとが心配そうに問う。

そんな彼女がどこか小憎らしく思え、思わず歩調を速めた。









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