「お前、どこぞのおぼっちゃんなんだって?」



ああ、なんてくだらない。



「なら金も持ってるよな?俺らに恵んでくんない?」



どうして俺がこんなくだらない奴らなんかに。



「おい、聞いてんのかよぼっちゃま。」





武蔵森での入学テストに落ち、地元の公立校に入り
自分の思うようなサッカーもできずに。そして、こんなくだらない奴らにからまれる。

イラつく、虫唾が走る。最悪の毎日だ。













ぼっちゃまの憂鬱













俺から何かを奪おうとする、こういう奴らの対処は慣れている。
こいつらは俺のことを知らない。ただの金持ちのボンボンだとでも思っているのだろうか。
ならば、わからせてやればいい。体に覚えさせてやればいい。
そして、もう二度とこんなことをする気が起きなくしてやる。





「そんな口をきいて、覚悟は出来ているんだろうな。」

「ああ?!てめえ、上級生に向かって・・・「うわあ!ちょっとそこどいてくれ!!」・・・何・・・ぐああ!!」





くだらないこいつらにあびせようとした拳は、握ったままそいつらにあたることはなかった。
けれど今、目の前にいる一人が妙な声を出してその場に倒れた。
それは俺がしたことじゃない。それをしたのは今、奴らの後ろの塀から飛び降りてきた一人の女だった。





「すまん、遅刻しそうで急いでたんだ!」

「な、何だお前っ・・・!!」





奴らの一人が驚いた様子で問う。
見たことのない妙な喋りの女は、言葉通り急いだ様子で俺たちを見渡した。





「お前がぼっちゃまか?」

「・・・。」





数人の男に壁際に追いつめられるようにして立っていた俺。
どうやらこの女は先ほどの会話を聞いていたらしい、いじめられていると予想した俺へと振り向く。

もちろん俺は何も答えない。
こんな場面にいきなり乱入してきた変な女。関わる気もないし、急いでいるのなら早くどこかへ行けばいい。
そして俺はこのくだらない奴らを叩き潰してやる。





「違うのか?ではお前か?」

「何だこの女・・・!ちげえよ、可哀想なぼっちゃまは今のソイツだ。」

「何だ、そうか。」

「お前自分がなにしたかわかってんだろうな?そこのぼっちゃまと一緒に可愛がってや・・・ぬああ?!」





にやけた顔で話し始めた奴を一撃。
あまりにも素早いその動きに、俺もそこにいた奴らも一歩も動くこともできずに。





「数人で一人をいたぶるとは、情けないと思わないのか。」

「な、何なんだよお前は!一体俺らに何・・・ぎゃあ!!」





そして3人目、最後の一人も情けない声をあげてその場に倒れこんだ。
行き場を失った俺の拳の力はいつの間にか抜けていて、俺はあっけに取られその女の後ろ姿を眺めていた。





「おっと、本当に遅刻だ。」

「・・・お前・・・」

「じゃあな、ぼっちゃま!」





妙な喋りで、俺をぼっちゃまと呼び、目の前の不良を一蹴し。
高らかに手をあげて、そいつはにこやかにその場を去っていった。

たった数分の間に数人の男を倒していった女。
あまりに突然であっけにとられて、何かを言う暇もなかった。
誰だかしらないが、まったく余計なことをしてくれたものだ。





「ん?」





俺もその場を去ろうとして、ふと地面に光るものを見つけた。
太陽に反射して光っていたそれは、どうやらどこかの鍵のようだった。
アイツが降ってきた位置に落ちている。と、いうことは・・・。





「ふん。」





俺には関係ない。
そもそもアイツのものでもないかもしれないし、そこで倒れてる不良のものかもしれない。
突然現れて勝手なことをして勝手に去っていった女のものだとしたって、俺にそれを届ける義務なんてものもない。



このままほっておいて、目を覚ましたこいつらに悪用されようが・・・関係ないことだ。
























「今日からこのクラスになる、さんだ。」

だ。よろしく頼む。」





俺にしては珍しく、1日で2度目の衝撃だった。
今朝出会った妙な女。そいつは俺のクラスの転校生だった。

クラス全体がざわつく。
突然の転校生ってこともだろうが、それだけじゃない。
簡単な自己紹介を始めた彼女の喋りが、かなり独特なものだったからだ。





「それでは、一番後ろの空いてる席だ。隣は・・・」

「おお、ぼっちゃまじゃないか!」





またクラスがざわついた。それもそのはず、先ほどの不良たちとは違い
クラスの奴らは俺の性格をわかっている。
もちろん、ぼっちゃまなんてふざけたあだ名で呼ぶ奴なんているわけがない。





「お前は遅刻しなかったか?」

「・・・。」

「相変わらず無口な奴だな。まあ、これも何かの縁だ。よろしく頼む。」





何だこの女は。
本当に変な奴が転校してきたものだ。

HRが終わるとクラスの奴らの視線がこちらに向く。
ああ、コイツと話したいのか。だが、俺が近くにいて話せない、と。
こんな女別にどうでもいいが、いつまでもなめた口を聞かれるのも気分が悪い。
そして自分でそう言うよりも、クラスの奴らに俺の噂でも悪口でも聞いてもらった方が早いだろう。
俺は教室から出ようと席を立つ。けれど、ひとつ面倒なことを思い出した。





「・・・おい。」

「何だ?」

「やるよ。」





それは先ほど結局拾ってしまった、どこかの鍵。
俺には関係ないと思ったが、あの不良たちに悪用されるのはもっと腹が立つと思ったから。
適当にどこかに届けておけばいいと思っていたが、こうもすぐ本人に会うことになるとは。





「これは・・・。」





手の中に落とされたものを見て、驚いたように俺を見上げた。
俺は目もあわせずにすぐにその場を去った。

俺が教室を出て、きっとクラスの奴らは俺の話をアイツにするはずだ。もう関わることもないだろう。
このくだらない生活にも辟易しているというのに、あんな変な女と関わるのなんてまっぴらだ。


















「待っていたぞ、ぼっちゃま。」

「・・・は・・・?」

「礼も言わせてくれないとは、どこまで無愛想な奴だ!」

「・・・。」





1時間目の予鈴がなり、教室に戻ってきた結果はまったく予想外のものだった。
この女が俺を避けこそすれど、またぼっちゃまだなんてふざけた呼び方をするものとは思ってもみなかった。

誰も、言わなかったのか?俺を怖がって避けているクラスの奴らが?





「これは私の家のものだ。無くなっていたら困っていた。ありがとう、ぼっちゃま。」

「お前、いい加減に・・・」

「そうそう、お前が怖いと言っている奴がいたが、きちんと否定しておいたぞ。
お前はこうして私に落し物を届けてくれたのだしな。」

「!」

「また誰かにからまれたらいつでも言ってくれ。いつだって助けになるぞ。」





授業開始のチャイムが鳴ると、は話を止めて前を向いた。
俺は呆然としたまま、の横顔を眺めていて。
周りの奴らはこちらの様子を伺っているようにも見えた。
の言葉を聞いて、俺がきれたりしないかとでも思っているのだろうか。



何だ、何なんだこの女は。
俺の噂を聞いたんだろう?
どうして怖がらない?どうして俺を避けない?



















「すまないのだが数学準備室に案内してもらえないか?」

「・・・何で俺なんだ。他にいくらでも頼む奴はいるだろう?」

「隣の席のよしみだし、ぼっちゃまならば引き受けてくれると思ったんだが・・・。」

「ふざけるな。何で俺が・・・それにお前・・・」

「何だ?」

「そのふざけた呼び方を止めろ。」

「ふざけた?別にふざけてなどいないぞ?」





ここ数日は臆すこともなく、何度も俺に話しかけてくる。
適当に逃げてはいるが、いい加減うるさい。そして、いつまで経っても止めない呼び方。





「いい加減にしろよ、お前。痛い目にあわないとわからないか?!」

「な、何だ?意味がわからない!」

「なら、わからせてやるよ!俺に付きまとったりしたらとどうなるかってことを!」





クラスに悲鳴が響いた。
別にをどうこうしようとなんて思ってない。脅すだけだ。
コイツが普通の女じゃないことはわかった。性格もどこかずれていることも。
だから多少強引にでもわからせなければ。俺は他人と関わりたくなどないと。





「うわ!何だいきなり!」

「・・・?!」





の腕を掴んだはずだった。
けれど、俺の手は何も掴んでおらず、そこにいたはずのの姿もない。





「私は何か怒らせたのか?そんな殺気だつなんて・・・。」





また呆然としながら、自分の手を眺めた。
掴もうとしたの腕。俺は掴めなかった。
それはが俺の動きを読んで、素早く俺の手から逃れたからに他ならない。
本当に何者なんだコイツは・・・。





「すまない、言ってくれ!私は何をしたんだ?!」

「・・・っ・・・知るかくそ!」

「おい、おい、ぼっちゃま!!」





何て格好悪い姿だ。しかもコイツ、腹が立つほどに鈍すぎる。
何をしたんだって、こんなにも俺をイラつかせておいて今更かよ。
大体俺の態度を見れば、俺がをうざがってることくらいすぐにわかるはずだろ。
くそ、何で俺がこんなに苦労しなきゃならないんだ。















「おい、待ってくれ!」

「何でついて来るんだよお前は!」

「え?」

「俺がお前に関わりたくないと思ってるって、どう見たってわかるだろ?!」

「そ、そうなのか・・・?!」





まるで今気づいたかのように、驚いた顔で。
何を言っても飄々としている奴かと思ったら、何だよ、何でそんな傷つくような顔をしてるんだ。





「でも私は、お前と仲良くなりたいと思ったんだ。」

「・・・何でだよ。」

「何で・・・何故だろうか。」





は考え込むように額に手をあてた。
それでも答えには至らなかったようで、顔をあげると逆に俺へと質問を投げかけた。





「では何故お前は私に関わりたくないんだ?」

「・・・お前が変な女だからだ。」

「ぼっちゃまは私でなくとも人と関わっているところを見たことがないぞ。」

「・・・っ・・・。」





たかが数日なのに。自分のことには全然気づいていなかったくせに。
何でこういうところだけ鋭いんだコイツ。本当に理解できない。





「俺は誰とも関わりたくない。周りの奴とも、お前とも。」

「何故?」

「・・・理由なんてない!あってもお前に話す必要はない!」

「・・・なるほど。」





は一言呟くと、俺を見つめていた視線を外した。
ようやくわかったか。そうだ、俺は誰とも関わりたくない。
一人で全てをこなしていく。隣に誰もいなくたって構わない。
だから、お前のような奴は邪魔でしかないんだ。





「私は曲がったことが大嫌いなんだ。」

「・・・は?」

「複数人で一人を取り囲むのも、当人のいないところで悪口を言うことも。」

「・・・何を・・・?」

「ぼっちゃまは最初も今も正直な奴だ。」







が笑う。笑っている。
なぜ?俺はお前を邪魔だって言ってるんだ。
他人と関わりたくないと、そう言ってるのに。








「だから私はお前に近づきたいと思った。これが答えだ。」








あまりに堂々とそんなことを言うから。俺は不覚にも言葉を失ってしまって。
別にお前の答えなんて・・・そんなもの、どうでもいいんだ。





「お前、さっきの俺の話を聞いてたか?俺は誰とも関わりたくないと言ってるんだ!」

「お前こそ私の話を聞いていたか?私はお前に近づきたいと言ったんだ。」

「知るかそんなの!」

「じゃあ私もだ。」





本当にコイツは・・・。一体どれだけ俺をイラつかせれば気がすむんだ。
妙な口調で、自分のことには鈍くて、なのに動きは素早くて、脅しもきかない。
皆に避けられてる俺に臆すことなく近づいて、俺と仲良くなりたいだなんて言う。



そんなこと言う奴、初めてだ。



なんて、バカな奴。





「と、いうわけで数学準備室に連れていってくれ。」

「何が、というわけなんだ。勝手に行け。」

「次の授業までに行かなければならないんだ。お前を追いかけてきたせいで、時間をくってしまった。」

「知るか。」

「お前は転入生の心証をいきなり悪くさせる気か。」

「だから俺の知ったことじゃないって言ってるだろう?!」





本当にコイツ、諦めるって概念がないのか。
歩き出した俺に文句を言うの言葉を聞き流しながら、そんなことを思った。

ここまで歩いてきたのは適当だけど、の言う数学準備室はもうすぐそこだ。
素直に教えてやるのも癪だ。しかもさらに懐かれでもしたら、とんだ迷惑だ。
けど、次の授業ももうすぐ始まる。・・・。





「おい、聞いてるのか・・・」

「・・・。」

「『数学準備室』・・・ここか。」





俺はの言葉も聞かずに、振り向くこともせずに
数学準備室を素通りして教室へと向かった。
けれど、はどうやら目的の場所の存在に気づいたようだ。









「ありがとう!」









の声だけが聞こえた。礼なんて言われたの、久しぶりだ。
いや、そういえばこの間もコイツは言っていたか。あんな、くだらないちっぽけなことで。








「そうだ、ぼっちゃま!」








突然呼ばれた声に、反応する気なんてなかったのに
思わず振り向いてしまった。







「さっきは何で怒っていたんだ?」

「・・・っ・・・。」






何を今更。あれだけ俺がお前を遠ざけようとしていたこと、もうわかってるだろうに。
それとは別の理由だと思ってるのか?本当に鈍い奴。
だけど、そうだな。せっかくなら、最初から止めてもらおうと思っていたことでも言ってみようか。





「その呼び方、止めろ。」

「ああ、先ほども言っていたな。では何て呼べばいいんだ?」

「・・・普通に名前でいい。」

「そうか、わかった。」








ああ、やっと理解したか。
これで少しはイラつきが・・・








「ありがとう燎一!先に教室に戻っててくれ!」

「っ・・・ゲホッ・・・ゴホッ・・・!!」








な、何だ今の・・・!!
確かにあの呼び方は止めろって、名前でいいって言ったけど・・・!
俺は普通にって言ったぞ。何でいきなり下の名前で呼ぶんだアイツは・・・!!





そして俺は。





何でこんなに、胸がざわついている・・・?








「あー、くそっ・・・。」








何だアイツは。何なんだあの女は。
一人でいようとしてるのに、こんなくだらない日常で無駄なことはしないと決めているのに。

ここに来てたった数日しかたっていないアイツに、どうしてこんなに調子を狂わされてるんだ。





答えは、わからない。





だけど、このままアイツがしつこく俺につきまとってくるのなら





面倒だけど、イラつくけど









その答えを探してみるのも、1つの方法なのかもしれない。












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