エレベーターを降りて、彼の部屋へ続く廊下をそっと歩く。



ドアに差した鍵を慎重に回す。



少しの物音も立てないように、細心の注意を払いながら、扉を開ける。



小さく深呼吸をして、彼の眠る寝室へ向かう。
・・・いた。予想通り、寝息をたててしっかりと眠っている。



そのまま布団へダイブしたくなる衝動をなんとか抑えて、静かに一歩ずつ彼に近づいた。



11月11日、深夜2時。
今日は愛してやまない彼、天城燎一の誕生日だ。










天城とは、付き合いだしてからもう数年が経つ。
彼のような、大人で優しくて真面目でかっこよくて、たまに可愛くて、でもやっぱりかっこよくて頼りに・・・まあ、言葉で言い表しきれないんだけど、とにかく、こんなに素敵な人が、ずっと自分の傍にいてくれるなんて、夢のようだ。
どれだけ一緒にいても足りない。いつまでだって一緒にいたい。そう思える人。

昔から天城は同い年とは思えないほど大人びていて、対照的に私は子供だった。
落ち着いていて、穏やかで、たとえば私がくだらないことで落ち込んでいても、優しく話を聞いて諌めてくれる。
いや、もう、本当出来た彼氏ですよ。大好きで大好きでどうにかなってしまいそう。
それでいて、昔は我侭で自分勝手だったなんていうんだから、信じられない。

そんな大人でいつも冷静な彼を驚かせるようなことがしたい。そう思い立って、こんな時間に彼の部屋に忍び込んでいる。





天城が昨日の夜、久しぶりに友達と会い、日の変わる直前に家に着いたことはメールで確認済み。
お酒を飲んでたみたいだから、そろそろ眠っているだろうという予想も当たっていた。ついでに天城は今日、オフだ。
私も彼にあわせて休みを取る予定だったけれど、急な仕事が入ってしまい、会うのは夜。ということになっている。

しかーし!それこそが彼を驚かせるための布石。私は今日丸一日休みを取っている。
休みのはずの私が、朝、隣で眠っていたら、天城も少しは驚くはず。あたふたする彼にニッコリと笑って、さらにプレゼントを手渡し。

一体、どんな反応をするだろう。

驚いてポカンとしたら、余裕の表情で笑ってからかってやろう。
もしかしたら寝起きで寝ぼけて流されるかもしれない。そしたら可愛いからしばらく眺めていよう。
冷静なままだったとしても、それはそれで次の機会のサプライズに燃えるというものだ。
もしくは天城のことだから、驚く前に深夜に女一人でここまで来たのかとお説教されそうだ。
それだってタクシーでマンションの前まで来たし、対策は万全よ!

天城がどんな反応を返してきても、シミュレーションはバッチリ!
今日の私はいつもと違って、余裕な表情を見せる大人の女!ハッハー!

よし、あとはこのまま気づかれないように、天城の布団にもぐりこんで隣で眠るだけ・・・





「・・・ん・・・」





天城が寝返りを打って、体がこちら側を向いた。
思わず息を止めて、その場にかたまる。





「・・・・・・?」

「・・・・・・。」





・・・天城の目がうっすらと開いた。
いや、いやいやいや、まだだ。まだ大丈夫なはず!そのままもう一度眠ってくれれば・・・!





「・・・あれ?」





そのとき、私は致命的なことに気づく。
天城が朝、隣に眠る私を見てどんな反応をするかのシミュレーションはしてたけど、
その前に目を覚ましてしまったときのことを全く考えていませんでした!





「・・・ん?さっきメールして・・・来るって言ってたか?」





どどど、どうしよう!計画がいきなり頓挫した!
しかも天城あまり驚いてないし!今まで寝てたんでしょ?なんでもっと慌てて驚かないの?!
どうしよう、計画続行?これはこれで私の返しを考え直せばなんとかなるんじゃない?

えーっと、えーっと、なんかこう、天城をびっくりさせられるような、ひねった感じでいきたい!
大丈夫!私なら出来る!やれば出来る子!







「1ヶ月早くやってきたサンタさんです☆」







ほら、語尾に星マークでも見えるくらい可愛く言っておけば大抵のことはなんとか・・・







「・・・・・・。」

「・・・・・・。」







はずしたーーー!!
ダメだ私、元々女子力低かった!可愛いどころかちょっとうざかったよねごめんね!!





「えーと・・・」

「いいの!何も言わないで!」





おかしい・・・!冷静で余裕で大人な私を見せつけて、天城に惚れ直してもらうはずが・・・!
どうしてこんなことになったの・・・!これじゃ惚れ直すどころか、呆れ果ててついには見放されてしまう!





「びっくりした。」

「・・・なにが?私のバカさ加減が?」

「ははっ、何でそんなに卑屈になってるんだ。」

「だ、だって・・・」

の夢見てたんだ。そしたら実際目の前にいるから。」

「・・・夢?」

「会えなくなるって聞くと、余計会いたくなるものなんだよな。」





天城が私の手を掴んで、自分の方へ引き込む。
力の抜けていた私は、逆らうこともなく、そのまま彼の布団へ倒れこんだ。





「サンタでも間違いじゃないかもな。」

「え?」

「欲しいもの、くれるんだろ?」




付き合って数年も経っているのに、どうして彼はいつもこうなんだろう。
穏やかで、優しくて、いつだって私をドキドキさせる。





「私、いつも空回ってばかりで、疲れない?」

「ああ。」

「・・・バカだなって、呆れてない?」

「俺のために考えてくれたんだろ?嬉しいよ。」

「本当は、もっと大人っぽくなるはずだったの。
天城が驚いて、私が余裕で笑って、からかってやろうと思ったのに。」

「・・・っ・・・が?」

「笑ったー!私には無理って思ってるでしょ!
そうやって油断してるうちに、大人の色気で天城をあたふたさせてやるから!」

「ああ、そうだな。気長に待ってる。」

「気長にって・・・いつまで待つつもり!?大体、そんなに時間かからないんだからね!」

「別に、いつまででも。時間はいくらだってあるだろ?」





天城が私の髪に触れ、顔に触れ、優しく体を抱きしめる。





「これからもずっと一緒にいるんだから。」





彼の体温が心地よくて、顔が熱くなって、胸の鼓動はさらに高まる。
そんな私の額に口付けを落として、彼は穏やかに笑った。



ああ、やっぱり当分は、彼に叶う気がしない。








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