「やっぱり真田、かっこよくなったよ!」

「小学校のときと違って、大人びた気がするよね。」

「素直じゃないところは変わらないけど、そこも可愛く見えてくるっていうか・・・」

もそう思わない?」





同意の言葉を求めて瞳を輝かせる友達を前に、私は少し考える。
話題となっているのは同じクラスの真田一馬。彼とは小学校のときから何度か同じクラスになったこともあり、全然知らない相手というわけではない。
確かに彼は小学校のときよりも背は伸びたし、それなりに大人びてきたとは思うけれど。





「・・・・・・・・・まあ、うん、いいんじゃない。」

「なんだそのコメント!」

の好みじゃないもんね。真田。」

「うん。」

「うわあ、即答。」





そう。はやい話が自分の好みではないため、かっこいいかと問われると首をかしげてしまう。
真田が客観的に見て、整った顔立ちをしていることはわかる。
けれど私は鋭いというよりも優しい顔立ちの方が好みだし、さらに言えば、素直で正直で男らしい人に憧れる。
皆がかっこいいと言う顔が好みではない以上、素直じゃないという性格は、マイナスの要素にもなってしまうというものだ。





「じゃあはさー・・・あ!」

「何?」

「どうしたのって・・・うわ!」





友達が驚いた声をあげると、視線は泳ぎ、それまで楽しそうにしていた表情が曇った。
私も、先ほどまで彼女たちが見ていた視線の先へと顔を向ける。





「あ。」





そこには話題の張本人、真田一馬の姿があった。















彩づいてゆく世界















私は別に真田の悪口を言ったつもりはない。
真田はかっこいいと思うかとの問いに、思ったことををそのまま口にした。それだけだ。
別に彼を嫌いだと言ったわけでも、彼の何かが悪いと罵ったわけでもない。

・・・けれど、自分のことが話題にされて、普段ほとんど話さないクラスメイトとはいえ、好みだとか好みじゃないとか言われる気分はどんなものだろう。
特に真田は最近、多くの女子から人気があり、本人の知らないところで話題になっていることがよくある。嘘か本当かわからない噂が飛び交ったことも一度や二度ではない。
そう考えれば、いい気分はしないんだろうなあ。ちょっとした罪悪感。





「それじゃあ男女でペア作ってもらうぞー。くじ引きか出席番号順にしようと思ってたけど、自由に組むってのもありだな!組みたい奴、指名制にしてみるか?」





授業中の先生の言葉で我に返る。そうだ、今は授業中。男女のペアと言うのは、美術の授業でお互いの絵を描く相手のことだ。自由でいいと言われたって、そんなのよほど仲の良い人か、カップルか・・・。まあ、ほとんどがくじ引きで決まることになるだろう。





「え!じゃあ私、真田と!!」

「何それ!それなら私がなるよー!」

「はあ?!それっていいの?!じゃあ私も!」





・・・と、思っていたのに、女子の行動力っておそろしい。真田はどちらかといえば、文句は言われても押し切れてしまうタイプだから、ここぞとばかりに彼への希望が殺到する。





「い、いや、お前らな・・・男子は他にもいっぱいいるだろう?」

「「「先生は黙ってて!」」」

「・・・はい。」





冗談で言ったつもりが、こんなことになるとは思わなかったんだろう。先生は苦笑いをして、彼女たちに素直に従った。
そして問題は真田だ。苦笑いどころではなく、半ば怯えているように見える。ちょっと可哀想に思えてきた。





「・・・そうだ!真田は希望ないのか?女子たちで話し合うよりも、本人の意見が一番だろ!」

「え?!」

「・・・まあ、それもそうね。」





いきなり話を振られた真田は、女子の期待を込めた瞳と、男子の恨めしそうな視線を受けて、周りと見回した。黙って成り行きを見守っていた私と、視線がかち合う。





「・・・それじゃあ、あの、で。」

「・・・。」

「「「はあーーーー?!」」」





部屋中に響き渡ったクラスメイトたちの声。叫びたいのは私の方だった。




















「で、どういうこと?」

「え、いや・・・何が?」

「あははー、ここまで来てとぼける必要があるのかしら?」

「お前、その笑い方怖えよ。」

「答えないんだったら、アンタの綺麗なその顔、変顔にして描いてやる。」

「やめろ!」





結局それ以上の混乱を避けようとした先生は、真田の言葉どおり、半ば強制的に相手を私に決めてしまった。
その後は通常通りの授業が始まり、決められたペアが向き合ってお互いを描いていたわけだけど、私と真田は授業の最後まで、注目の的だった。視線が痛くて、絵を描くどころじゃなかった。
私は一刻もはやく真田に理由を聞きたかったこともあり、先生に頼んで放課後の美術室に残らせてもらった。もちろん、原因の真田にも周りに気づかれないように声をかけて。





「だってお前・・・俺に興味なさそうだったじゃん。」

「・・・は?え?何それ!それに腹をたてた末の復讐?どれだけナルシスト?!」

「違う!なんで復讐になるんだよ!俺に興味ないとか、別に普通のことじゃんか。今は周りがおかしいんだよ!」

「は?」

「俺の知らないところでこそこそ話してたり、こっち見て笑ったり、逃げ出したり・・・一体なんなんだよ!」

「・・・。」

「ロッカーに置いといたジャージも無くなってることあるしさ・・・初めは嫌がらせかと思った。」

「・・・えーと、真田?」

「小学校のときはむしろ嫌われてたのに、何で今はこんなことになってんだ・・・!」





えーと、何?自慢?俺はモテすぎて困っちゃうぜっていう・・・いや、さすがに違うか。





「それなのに、授業で強制的に女とペアなんて、拷問か・・・!」

「・・・女性恐怖症?」

「違う!でもお前らは本当にとんでもねえ奴らだ!」

「女ってだけで一括りにしないでくれる?」

「あ・・・わ、悪い・・・。」

「でも、まあそういうことか。わかった。」

「え?」

「真田が好みじゃないって言った私だから、安心してペアになれるってことね。」

「・・・う・・・あ・・・」

「モテる男はつらいねえ?」

「茶化すな!こっちは本当に困って・・・」

「だからってあんな大勢の前で私を巻き込むのはどうなの?
授業の後、皆にどういうことなのかって取り囲まれたよ。」





私の言葉に真田は驚いた表情を見せ、申し訳なさそうに俯いた。
正直、もう済んでしまったことだし、真田の事情もわかったし、それほど怒っているわけでもなかったけれど、やっぱり何か言ってやらなくては癪だ。そう思っただけだったのに、そんなに落ち込まれるとこちらが悪いような気分になってくる。





「・・・仕方ないなー。」

?」

「せっかくだから現実より、3割増しくらいで可愛く描いてよ。」

「かわいく・・・って?」

「絵。」

「あ、ああ。努力は、する。」

「えー、でも真田、絵下手そうだよねー。」

「そんなことねえよ!・・・多分。大体お前はどうなんだよ!」

「私?美術部だし、きっと真田よりはうまいよ。」

「え?そうなの?」

「よし、私はお返しに面白い表情した、新鮮な真田を描いてあげるからね!」

「お返しっていうか嫌がらせだろそれ!」





小学校のときから数度、同じクラスになったことはある。だけど、真田とこうして二人で話すようなことはほとんどなかった。
だから気づかなかったけれど、真田は思ったよりも話しやすい。いや、からかいやすいと言った方が正しいかな。















「真田、そんな顔してるとくたびれたおじさんになっちゃうよ。」

「ああ、悪いって・・・おじさんってなんだよ!何描いてんのお前?!」

「何かあったの?」

「別に・・・」





何回かの授業で、私と真田のペアは注目されることも、騒がれることもなくなった。皆、最初はものめずらしさもあったり、真田の人気から羨ましがられたりしたけど、私たちの雰囲気を見てこの二人には何もないと悟ったのか、ただ見慣れただけか。今では大きく騒がれることもなく、皆もそれぞれのペアと談笑しながら絵を描いている。





「からまれるのが嫌なら毅然とした態度で接しなきゃダメでしょ。」

「別にって言っただろ?何でからまれた前提で話してんだよ!」

「だって、そうじゃないの?」

「・・・そうだけど。」

「ほら見なよ。」





真田に興味がないと言った私の言葉は、女性不信に陥りそうだった彼に絶大な信頼を与えていたらしい。
元々女子と話す姿などほとんど見なかった彼だったけれど、時間が経つほどに表情の変化も、会話も増えていく。
ただ、その話の内容は世間話をするというより、女子からの強烈な好意に対する相談が主ではあったのだけれど。





「今度怒ってみれば?俺に近づくと火傷するぜ!とか。」

「効かねえんだよ。こっちは怒ってんのに、それで喜ぶんだぜ?」

「ええ!?本当にそんな台詞言ったの?!うわー、聞きたかったー!!」

「そっちじゃねえよ!普通に!普通に怒ったんだよ!」

「確かに集団になると強くなるっていうもんね。」

「・・・さすがに手は出したくないし、騒ぐならせめて俺のいないところで、俺に気づかないようにしてほしい。
あと、物を盗っていくのも止めてほしい。」

「うんうん。真田は頑張ってるよ。さて、下書きでーきた!」

「適当に流してんだろ・・・って、もう?!お前早くね?!」

「真田の落ち込んだ顔見すぎて、もう見なくても描けちゃうかも。」

「落ち込んだ顔・・・って、まさかその表情で描いてねえだろうな?!」

「さあ?」

「・・・お前、ちょっと見せろよ!」

「うわあ!やだよ!」





小学校の頃の真田の印象。いつも不機嫌そう。口が悪そう。無駄にプライド高そう。
とにかく、マイナスのイメージの方が強かった。話したこともないのに、勝手な話ではある。けれど、そういったマイナスイメージを多く持っていた方が、いざそうではないと知ったときに好感度は大きく上がる。真田と話すことが、日に日に楽しくなっていった。


















!」

「どうしたの?真田。」

「お前、呼び出しくらったって本当?」





美術の時間だけじゃなく、普段の教室でも話をするようになった私たちを見て、真田のファンたちに呼び出された。
こういうことは隠れてするもののはずなのに、堂々と教室まで呼びにくるから、真田本人に伝わってしまったみたいだ。





「何でお前が・・・」

「最近、よく話すからじゃない?」

「そりゃそうだけど・・・何勘違いしてんだよ。」

「・・・。」





呼び出しだなんて生まれて初めてだったけれど、こういうときに下手に逆らわない方がいいことくらいわかっていた。
だから私は今の私たちの関係を正直に話した。真田とは皆が勘ぐるような関係ではなく、偶然、授業でのペアが同じなだけなのだと。
そう。別に私は真田が好きではない。彼の性格を知って好意は持ったけれど、それは恋愛ではないのだ。





「そうなんだよ。少し話す回数が増えたくらいで呼び出しとか、単純すぎるんだよね。」

「で、お前は大丈夫だったのか?何かされたりとか・・・」

「あれ?心配してくれるの?」

「・・・そ、そりゃ俺が原因だってことだったら・・・」

「えー、真田が原因のことじゃないと心配してくれないの?」

「え?いや、別にそういう訳でも・・・って、そうじゃなくて!平気なのか?」

「あははっ、この通り元気ですよー。話せばわかってくれる人たちだったからね。」

「そっか・・・。」





私の言葉に安心して、強張っていた表情を緩めた。
今までほとんど話すらしなかったクラスメイトが、今は私の心配をしてくれている。不機嫌にしか見えなかった表情が、コロコロと変わる。廊下や、帰り道で見かければ声をかけてくれる。たくさん、話すようになる。

















「もうすぐ完成だな。」

「そうだね。真田がどんな風に私を描いてくれたのか楽しみ。」

「・・・期待しすぎんなよ?」

「うん。期待は全然してないから安心して。」

「おっ前・・・」





この授業が終われば、クラスが同じとはいえ、今ほど彼と話す機会はなくなっていくだろう。
そう思うと少しだけ胸が痛んだ。真田と話すことが楽しかった。美術の授業を心待ちにしてしまうくらいに。
だから、この寂しさだって当然のものだ。





「時間、足りないかも。ちょっと集中して描いちゃうね。」

「おう。」





筆に力を込めて、何度も、何度も色を重ねた。

これは、ただの授業だ。ペアになったクラスメイトを描いて、成績がつけられて、終わり。
だけど私は、いつしか驚くほど真剣に彼の姿を描いている自分に気づいた。美術部だからというわけじゃない。高い成績をつけてもらいたかったわけでもない。
彼が私に見せてくれた表情を、描きとめておきたかった。





真田は素直じゃないし、正直とだっていえない。
女の子の集団が怖いだなんて、情けないと思える一面も持っているし、私の好みの顔をしているわけでもない。

けれど、素直じゃない彼の、表情や仕草はとても正直だ。
女の子を迷惑と言いながら、決して手を出したり、強く怒鳴ったりしないのも、彼の優しさゆえなんだろう。
真田と話すたびに、彼を知るたびに、いつしか彼のマイナスに思えていた部分も、プラスに変わるようになる。



それでもこれは恋なんかじゃない。だって、恋だと認めた瞬間、私と真田の関係は変わってしまう。
真田が笑いかけてくれるのは、私が彼に興味がないと言ったから。恋にはなりえない友達であり、女であって、けれど彼にとっての女ではない存在だから。
真田は私の好みではない。だから、好きになることもない。恋なんてしない。友達のまま、これからも彼と過ごしていく。





、すごいじゃないか。よく描けてる!」





筆が止まり絵が完成した瞬間、後ろから私の絵を覗き込んでいた、先生の声。



夢中になって描き終えたその絵を、私もしっかりと見つめた。



自分の精一杯をこめて彩られた世界は、隠そうとしていた気持ちをキャンバスいっぱいに表現する。













「うおっ・・・!お前、本当に絵うまかったんだな・・・!」

「だ、だめ!見ちゃだめって言ったでしょ?!」

「だって、これ完成したんだろ?じゃあいいじゃねえかよ!」





他の人から見たら、わかるはずなんてない。
けれど、これはまるで私の気持ちを叫んでいるようで。気恥ずかしくて、ましてや本人になど見せられない。





「さ、真田は?!ちゃんと描いてくれたんでしょうね!」

「あ、おいっ!」





頭ではあんなに否定していたのに、絶対認めないとそう思っていたのに。
結局私は、自分の手で、気持ちを認めざるを得ないものを作り出してしまった。
真田も何か変わらなかっただろうか。私と一緒にいて、何か感情の変化がなかっただろうか。
私の姿を描いた、彼の絵を見たら、それがわからないだろうか。





「真田の方は・・・」

「・・・。」

「・・・。」





・・・うまくはない。しかし、下手とも言えないような、個性的な雰囲気を醸し出している。
正直、独特すぎてわからない。ましてやここから彼の気持ちなど、読み取れるはずもなく。





「ふっ・・・あははっ・・・」

「笑うなよ!美術部のお前に比べたら下手なのは当たり前だろ!」

「い、いや、そういうことじゃなくて・・・」





けれど、すごくすごく頑張っただろう形跡は見つかって。最初に私の言ったとおり、可愛く書くつもりで必死で、一生懸命描いたんだろうって思う。そんな彼を想像すると、どこかくすぐったくなるような、そんな感覚。



真田が私を女として見ていないことは知ってる。だからこそ、こうして気兼ねなく話してくれるんだってことも。
今のままでいれば、これから話す機会はいくらだってある。話しかければ応えてくれるって思う。
しかし、それが彼を好きな相手に変われば話は別だ。真田は警戒して、距離をおいてしまうかもしれない。

そんなのは嫌だな。もっと、たくさん話して、たくさんの時間を過ごしたいと思う。
だけど、この気持ちをごまかし続けることも出来ないだろう。
だって、自分で描いた彼の絵を見るたびに、ドキドキして、気恥ずかしくて、温かな気持ちになるんだ。





「真田。」

「なんだよ。」

「これからも話そうね。」

「え?」

「真田と話したいこと、まだまだたくさんあるんだから。」





私の言葉を聞いて驚いたような表情をすると、真田はうっすらと顔を赤くし、視線を逸らした。



そんな彼を見て、私は小さな笑みを浮かべる。



これからがどうなるかなんて、わからない。



きっと、思い通りになんていかない。



いくら仲良くなろうとも、想いが通じるとは限らない。



それでも、思う。



もっと彼を知りたい。たくさんの話をして、一緒に笑いあえたなら、どんなに楽しいだろう。



まだ見たことのない彼を見つけられたら、どんな気持ちになるだろう。









「・・・そんなの、」










そうして知る新しい世界はきっと、キャンバスに収まらないくらいに大きく










「そんなの、あらためて言うようなことじゃねえだろ。」










鮮やかに、彩られていくんだろう。










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