自分が人より目立つことは自覚してる。 だから、訳のわからない視線を向けられることにだって慣れているつもり。 その視線ひとつひとつに反応していたらキリがないことだってわかってる。 けれど、最近気になっているひとつの視線がある。 「なあ郭、ちょっとこれ、面白いから見てー!」 「なに?漫画?」 「そうそう、すっげーアホらしいの!でもうける!」 隣の席の鈴木が朝に買ったらしい週刊誌を差し出す。 まあ確かにアホらしい。アホらしすぎて呆れこそすれど、彼のように爆笑するわけでもないけれど。 「この主人公がさー・・・でー・・・」 あまり反応を見せない俺にたいして、漫画の魅力を伝えようと必死だ。 そのアホらしさは俺のよく知る友達に通じるところがあるけれど、まあそれは置いておこう。 鈴木の話を聞き流しつつ、俺はまたひとつの視線に気づく。また、同じ視線だ。 見られることには慣れていたから、普段なら全然気にもとめない。 だけど、この視線だけはなぜか他と違うように感じるのだ。具体的に何がと言われても難しいんだけど何かが違う。 その視線の元は、クラスメイトの。 自慢する気もないけれど、このクラスの女子は俺に好意的だ。何人かに告白されたこともある。 女子特有の高く大きな声で、自分の話題が出ているのも聞いたことがある。 正直、うんざりしている部分もあるけれど、騒ぎ立てることも怒って事を荒立てるつもりもないから そのままほおっている。 けれど、はそういう女子たちとは違う。それどころか今まで彼女は俺を避けているようにも見えた。 何か用事があっても必要以上に話そうとしないし、用事が終わればそそくさと去っていく。 教室で見かける彼女は友達と楽しそうに喋っているし、隣の席の鈴木ともよく喋るのに、だ。 もちろん俺がそのことを気にしているわけでもなく、俺のことが苦手でも嫌いでも別に構わないと思っていた。 むしろ他の女子のような好意を通り越した熱い視線を送られるよりはよっぽどマシだ。 なのに、最近になって急にからの視線が目立ちだした。 自意識過剰なんかじゃなく、彼女の目は明らかに俺を追っている。 正直、気になる。というか、理由もわからずずっと見られていたら気になるのも当然だろう。 彼女はあれだけ俺を見ていて、本人は気づかれてないと思ってるようだ。 こんなに見事にばれているのにと、なんだかおかしくなって悪戯心から彼女の方へと目を向けるようにもなった。 そうして目があうと首を痛めるんじゃないかってくらいすごい勢いで別の方向に目をそらし、 何でもないって顔をしようとして、おかしな表情になる。 話したことなんて数えるほどにしかない彼女だけど、なんだか面白い人ではあるようだ。 鈴木の日直の仕事を放課後の分だけ、引き受けることになった。 なにやら用事があるようで、引き受ければ次の日直は1日代わってくれるらしいから、まあいいかと引き受けた。 それにもう一人の日直は。彼女が俺を見ている理由を知れるかもしれない。 俺は廊下で鈴木と別れて、教室に戻りドアを開ける。 「。」 「・・・どっ・・・どうしたの郭くん。か、帰ってなかったんだ?」 目を見開いたままかたまって俺を見上げる。 ていうか何でいきなり緊張してる風なの?声も裏返ってるし。 「鈴木がさ、今日用事が出来て日直の仕事できなくなったんだって。それで俺が代わりを頼まれたんだけど。」 「あ・・・そ、そうなんだ。」 あんなにしょっちゅう俺を見てるくせに、いざ俺が目の前にくると目をあわせないし。本当に訳がわからないな。 日誌の仕事はに任せ、俺は黒板の整理と掃除をはじめた。 日誌を書く音と、黒板を掃除する音だけが教室に響く。 「この間さ・・・!」 「え?」 「郭くん、この間の休みの日、クラブの練習だったの?」 突然の大きな声に驚きつつ、彼女の方へ振り向く。 練習?この間の土日ってことかな。確かに練習試合があったけど。 「どうして知ってるの?」 「私、親戚の家に行ってて、その・・・偶然ね、郭くんを見かけたんだ。」 「そうなんだ。うん、練習試合があったから。」 「なんか学校での郭くんと違ってて、ちょっと驚いちゃった。」 「そう?別に意識はしてないけど・・・。」 まあ確かに意識はしてないけど、違うとは思うよ。 なんだかんだ言っても、俺が今気を許せるのはあいつらだと思うし。 学校でだって友達はいるけれど、やっぱりどこか気を遣ったり、自分の心のうちは見せたくないと思ってしまう。 ・・・ってあれ?この間の土日? そういえばが俺のことを見はじめたのって、その頃からじゃなかったか? 「なんだか楽しそうだったよ。」 「まあ、友達がバカなことばっかり言うから。呆れて笑ってたのはあるかもね。」 「バカなことって・・・ひどいなあ。」 「いいんだよ、本当にバカなんだから。」 それにさっきまで裏返ってた声が、普通になってる。 ・・・と思ったら、何だか急にビックリした顔をして小さく微笑んだ。 別に笑えることなんて言った覚えはないんだけど、やっぱりよくわからないな。 「サッカーのクラブチームに入ってるんだよね?」 「うん・・・って、なんで知ってるの?」 「え、えーっとね!」 俺がジュニアユースに所属していることくらい、クラスメイトなら知っていてもおかしくはないだろう。 それを理由に早退したこともあるし、ホームルームで担任に皆の前で言われたこともあるし。 だけどあえてとぼけて理由を聞いてみた。少し考えれば知っていてもおかしくないだろうに は慌てたように口をパクパクとさせながら、それでも平静を装おうと必死になっている。 「か、風の噂で!」 「・・・。」 そして出た答え。・・・風の噂って・・・。 堂々と言えない理由で知ったのだとしても、他にいくらだって理由は考えられるよね? 「・・・って変わってるって言われない?」 「・・・ええ?!」 そんな心底驚いたような顔しないでよ。 彼女のあまりの慌てぶりがなんだかおかしくて笑みがこぼれた。 「、日誌書き終わった?担任に届けてくるよ。」 「い、いい!私が行く!郭くんはもう帰ってていいよ!じゃあね!」 そう言うと、彼女は日誌を抱えて走り出した。 帰っていいよと言われたから、帰りたいところではあるんだけど・・・ 彼女の鞄は残ってるし、机の上に財布は置いてあるし、それをそのままほおっていっていいものなのか。 少しして、肩に暖かなものが触れる感覚。 どうやら俺はを待っている間に眠ってしまっていたみたいだ。 一体自分は何のために残っていたのかと呆れるが、眠ってしまったものは仕方がない。 の財布も鞄もちゃんとそのまま置いてあったから、まあ良しとしよう。 俺が体を起こすとがその場から勢いよく離れ、机か何かにぶつかる音。 だからそんなに慌てなくてもいいのに。 「?」 目を開けて、俺を起こしてくれたらしいを見上げた。 話したことなんてほとんどなく、ほとんど気にもとめなかったクラスメイト。 最近になって急に俺を視線で追うようになり、いざ話してみると緊張したり、声を裏返らせたり。 好奇心から彼女に倣ってその姿を追えば追うほどに、話してみればみるほどに興味は増すばかり。 オレンジ色の光が、の姿を照らしていて。けれど、それとは別に彼女の顔は真っ赤だ。 そしてそんな彼女を見てようやく疑問が解けた気がした。 突然視線を向けられたのも、話すだけで慌てる声も、触れるだけで真っ赤になる姿も。 それは、つまり。 「顔、真っ赤だよ?どうしたの?」 俺は意地悪く微笑んで、もう一度彼女を見つめた。そこには思った通りの表情。 その姿を見てもう一度笑えるくらいに、どうやらまだ彼女への興味はつきない。 今まで、何人にも向けられてきた感情。たとえば彼女が俺にそんな感情を持っていたとしたら。 そう考えて、けれど不思議と面倒だとかうんざりだとか思うことはなかった。 他人になかなか興味を持てない自分が、どんな理由であれ誰かを気にして目で追うようになった。 俺以外の奴とは楽しそうに、たくさんの話をして笑っている。 けれど俺の前では声を裏返らせて、慌てて、挙動不審になって。 そんな彼女を見ているのも面白いけれど、やはりそれだけじゃつまらない。 たとえば彼女がそんな風に俺にも話してくれるようになったなら。 楽しそうに笑いかけてくれたなら、俺の持つ感情はどう変わっていくのかなんて。 そんな想像をしてしまっていた時点で、俺の答えももう目の前にあったんだろう。 TOP |
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