親戚の家に呼ばれ用事をすませたその帰り道。 地元から少し離れたその町で、彼の姿を見つけたのはただの偶然。 一瞬別人かと思ってそのまま素通りしようとして、けれどやっぱり何かひっかかってもう一度振り向く。 クールビューティと称される綺麗で涼しげな顔とサラサラの黒い髪。 クラスの女子が口を揃えてクラス一、いや・・・学校一カッコいいといつも騒いでる。 間違いようがない。見たことのない数人の男の子たちと楽しそうに笑ってる彼は、同じクラスの郭英士だった。 「郭くんってカッコいいよねー。」 「だよねー!他の男子と違って大人っぽいしさ、クールなところもいい!」 「そういえば今日の体育で郭くんがさ・・・」 「・・・。」 同じクラスの郭くんの人気は、そりゃもう凄まじいものだった。 毎日会っているクラスメイトだというのに、会話の中に彼の名前が出ない日はないとも思えるくらいに みんな、特に女子は郭くんにめろめろだ。 「、本当に郭くんに興味ないの?」 「郭くんが好みじゃないって、の趣味理解できないよねー。」 けれど、やっぱり大勢の中にも例外というものはあって。今回はその例外が私だ。 クラスの女子は皆、郭くんが綺麗で素敵でカッコいいと騒いでる。勿論それだけじゃなくて告白した子だっているし、 できることならつきあいたいと思っているんだろう。 私だって客観的に見て、皆が騒いでる理由はよくわかる。 でも私は郭くんを嫌いというわけではないけれど、皆のように好きだというわけでもない。 郭くんはカッコいいけれど、クールと称されているようにあまり笑わない。 冗談も言わないし、こちらが話しかけても一言の返事しかくれないし、まあなんというか正直話しかけづらいのだ。 皆が夢見てるようにもし彼とつきあうことになったとしても、話すこととか絶対続かない。そういう空気はすごく苦手。たえられない。 どちらかというのなら、郭くんの隣の席の鈴木くんの方が顔は平凡だけど彼は明るいし話しかけやすいと思う。 いや、だからと言って鈴木くんが好きだとかそういうわけじゃないけれど。 とにかく同じクラスの郭英士と言えばクールで大人っぽくてあまり笑わない、そんな人間のはずだったのだ。 だから偶然の出会いに私は目を丸くして、彼の姿を凝視していた。今私の目の前にいる彼は、友達と楽しそうに笑っている。 私が知っている彼は、笑っていたとしても軽く大人びた笑みを浮かべる程度。 なのに、笑ってる。隣でゲラゲラと笑っている子ほどではないけれど、ちゃんと笑ってる。 あれは本当に同じクラスの郭くんなんだろうか。実は彼には双子の兄弟がいるとかそんなオチだったりしないだろうか。 「絶対アイツあほだよなー、英士!」 「結人にそう言われるのも可哀相だよね。」 「なー・・・ってお前!今すげえ失礼なこと言わなかったか?!」 隣の友達らしき男の子は彼を『えいし』とそう呼んだ。やっぱり同一人物だ。 盛り上がっていた彼らは、少し遠くにいた私の存在に気づくはずもなく、絶えることのない笑い声を引き連れて駅の方へと向かっていった。 私は幻でも見ていたかのように、ポカンとしたまま彼らの後ろ姿を見送ることしか出来なかった。 楽しそうに笑う郭くんの姿を見てから、私にとっての郭くんが苦手な対象から興味の対象に変わった。 それは他の皆が持つような、『好き』という気持ちからではなかったけれど。 私は彼を目で追うようになって、だけどやっぱりあの時のような笑顔は見ることができない。 郭くんはよっぽど気を許した人でないと、ああやって笑わないのだろうか。いや、笑いのツボをつければ笑うのかな。 なんて、郭くんにとっては余計なお世話だろうことばかり考えるようになった。 「。」 「・・・どっ・・・どうしたの郭くん。か、帰ってなかったんだ?」 郭くんを目で追うようになったからと言って、彼と話す機会が増えたわけでもない。 放課後、誰もいなくなった教室にいきなり現れた彼に思わず声が裏返ってしまった。 「鈴木がさ、今日用事が出来て日直の仕事できなくなったんだって。それで俺が代わりを頼まれたんだけど。」 「あ・・・そ、そうなんだ。」 す、鈴木くーん!いきなりそういうことはしないでくださーい! 私、数えられるくらいにしか郭くんと話したことないんですけど! 目立つ人だし、最近はずっと目で追っていたから見てる回数は多いけど だからって彼に慣れて、親しげに話しだせるわけでもない。 「仕事、何が残ってる?」 「え、えっとね。黒板と日誌と・・・」 「じゃあ俺は黒板の方をするよ。は今、日誌を書いてるんだよね?」 「あ、は、はい。」 ちょっと待て私、いくらなんでも緊張しすぎだろう。いきなり敬語って何。 確かに彼はカッコいい。クールビューティと言われるのだってわかるよ。 だけど、所詮同い年の男子だよ?先生に悪戯して騒いでるようなクラスの男子と一緒のはずでしょ? それにいくら慣れてないからって言っても、今まではこんなに緊張なんてしてなかったのに。 そのまま、郭くんは黒板へ向かい散らばっていたチョークを整理しはじめる。 私も日誌を書く手を動かしはじめた。文字を書く音と、黒板を掃除する音だけが響く。 沈黙がなんだか気まずく感じる。何かしゃべった方がいいのだろうか。 いや、しかし何を話せばいいのかさっぱりだ。何かないか、彼が話してくれるような話題、話題・・・ 「この間さ・・・!」 「え?」 「郭くん、この間の休みの日、クラブの練習だったの?」 緊張しすぎて声が大きくなってしまった。空回りしすぎだ。 しかもいきなりこの話題を出すって、どれだけ焦ってたんだ。けれどもう話しはじめてしまったからには止まれない。 「どうして知ってるの?」 「私、親戚の家に行ってて、その・・・偶然ね、郭くんを見かけたんだ。」 「そうなんだ。うん、練習試合があったから。」 「なんか学校での郭くんと違ってて、ちょっと驚いちゃった。」 「そう?別に意識はしてないけど・・・。」 無意識?あんなに楽しそうな顔してたのに。 「なんだか楽しそうだったよ。」 「まあ、友達がバカなことばっかり言うから。呆れて笑ってたのはあるかもね。」 「バカなことって・・・ひどいなあ。」 「いいんだよ、本当にバカなんだから。」 あ、ちょっと笑った。言ってることはひどいのに、あの時見た笑顔に少し近い。 郭くんを目で追うようになってから何度も彼を見ていたから、その違いもわかってきた。 やっぱり一緒にいた子はよっぽど気の許せる子だったんだろうなあ。 クールな郭くんに無意識にこんな表情させちゃう人なんだから。 「サッカーのクラブチームに入ってるんだよね?」 「うん・・・って、なんで知ってるの?」 「え、えーっとね!」 しまった、数回しか話したことのない私が郭くんの学校以外のことを知ってるなんておかしい。 クラスの女子の情報網はすごいんだよ!・・・なんて理由はダメだよな。どうしよう。 「か、風の噂で!」 「・・・。」 ・・・なんだか無表情になっちゃったな・・・。 変な奴だと思われたかな。思われたかなっていうか、絶対思われてるよこれ・・・! 「・・・って変わってるって言われない?」 「・・・ええ?!」 やっぱり思われてた・・・!しかも笑われた・・・! って、ちょっと待って。笑った・・・?郭くんが?仲のいい友達にじゃなくて? そりゃあ、あの時見たような楽しそうな顔じゃなかったし、その表情はすぐに元に戻ってしまったけれど。 それでも、彼は今確かに。 「、日誌書き終わった?担任に届けてくるよ。」 「い、いい!私が行く!郭くんはもう帰ってていいよ!じゃあね!」 いつもの私のままで、なおかつ相手が郭くんじゃなければ。 変わってるなんて表現をされて、何それどういう意味?と聞き返したり、 日誌を届けてくれるというのなら、気を遣わず頼んだりもするんだけれど。 もうダメ。私の方が限界です。何でもいいからとにかくこの場から離れたくなってしまった。 だから郭くんって苦手だ。うまく喋れなくなるし、いきなりあんな表情を見せて人をドキッとさせるし。 ・・・って、あれ?前に思っていたことと苦手の理由が違ってないか? 確かに彼はあまり自分から話さないし、バカ笑いもしないし、ノリがいいってわけでもない。 でも話してみたら意外と普通じゃないか。友達のことを楽しそうに話して私のことも気遣ってくれるむしろいい人だ。 逆に一人で緊張して、裏返った声で返事をして、不自然な空気を流していたのは・・・私? 「失礼しまーす。」 「お、、ちょうどいいところに!」 担任の嬉しそうな顔にそれまでの思考は停止して、何か頼まれごとをされると思って身構えても時すでに遅し。 日誌を届けた後に、簡単な資料整理を頼まれてしまった。 担任に爽やかな笑顔でお礼を言われ、呆れるようにため息をついてお辞儀だけして教室に戻った。 ドアを開けると、誰かが机に突っ伏して眠って・・・ええ?眠ってる?! そこにいたのは、先ほどまで教室にいた郭くん。 帰っていいって言ったのに、もしかして待っていてくれたの? いやいやいや、私はそんなに自意識過剰じゃない。きっと別の用事だろう。 少し開いた窓から、涼しく心地のよい風が流れていく。 その風は郭くんの綺麗な黒髪を揺らし、夕焼けのオレンジの光と相まってなんだかそこだけ別世界みたいだ。 どうして彼がここにいるのかは置いといて、このままほっておくわけにはいかないだろう。静かに彼の肩に手をかける。 見た目は細いのに意外とがっしりとして骨ばっている肩。ただ触れているだけなのに、ドキドキする。 皆が大好きだと騒いでる同じクラスの郭くん。大人びていて、周りの男子みたいにバカな冗談だって言わない彼。 私は彼が苦手だった。苦手だったのに、偶然見かけた彼の笑顔に驚いて、興味を持った。 特別な理由なんてないと、そう思っていた。 だけど、たった数分の偶然で苦手だった彼をずっと目で追うようになんてなるだろうか。 今まで以上に緊張して、うまく喋れなくなったのは何故だろうか。 「・・・ん・・・」 郭くんが起きたのを確認すると、私はすぐに彼の体から手を離した。 「?」 きっかけは偶然彼を見かけたあの日。 彼を目で追うようになったのは、きっと理由があった。 彼とうまく喋れなかったのには、きっと理由があった。 たとえば彼があの時のように、楽しそうにしている姿を見れたら。彼と一緒に笑いあえたら。 郭くんを苦手と思わなくなるのかもしれない。もっと彼に近づけるのかもしれない。 でもその感情は決して、皆がしているような恋なんかじゃないはずだ。 そう思いこんでた私の頭の中に、ひとつの可能性が浮かぶ。 それはまだ、確信ではない。 だけど、 「顔、真っ赤だよ?どうしたの?」 たとえば、もう一度彼が笑ってくれたなら。 その答えは、きっと。 TOP |
No.35:「たとえば君と」 春名友(crystal)/【o-19Fest*3rd様提出作品】 お題:TV様