「おめでとー!」 「すっごい綺麗!」 「羨ましいぞ!幸せになってね!」 盛大に鳴り響く鐘の音。 チャペルから出てくる二人に次々に贈られるお祝いの言葉。 純白のドレスを身に纏った綺麗な人。幸せそうな二人。 愛おしそうにお互いを見つめて。 どこから見たって、誰が見たって幸せなその光景。 だけど私は誰よりも幸せそうに笑う二人の姿に 締め付けられるかのような胸の痛みを覚えていた。 泣いていいよと君が泣く 「ありがと!もう大丈夫、休んでいいよ。」 「まだ全部しまえてないけど・・・いいの?」 「うん。ここまでまとまれば。後は私だけで平気。」 私よりも少しだけ広い部屋。 こだわりを持って並べられた雑貨も、気に入って使っていたアロマセットも 一体どれだけあるんだって思ってたたくさんの服もなくなって。 変わりにいくつも並べられたダンボール。部屋はすっかり片付いて今はもう何も残っていない。 「お姉ちゃん。出ていくんだよね。」 「あはは。何を今更。寂しいの?。」 「・・・少し。」 「そこは間をあけずに寂しい!って言ってくれなきゃ!でも嬉しいな、寂しがってくれて。」 元気で明るくて性格もサバサバしてて。 おまけに美人でスタイルも良くて料理まで美味しく作れてしまう。 羨ましくて、憧れて、コンプレックスでもあった私の姉。 「私もと離れるのは寂しいけど、アイツも私がいなきゃ生きていけないらしいからさー。」 そんな姉が好きな人を見つけて、付き合いだして。 その人が家に来ては、友達のようなやり取りを繰り返す二人を何度も見た。 けれどその時間もいつしか終わりを迎えて。 お姉ちゃんはアイツと呼んだその人と結婚を決めた。 「・・・お?」 お姉ちゃんが、何かに気づいたように窓の外を見る。 私もその視線を追えば、真向かいの家の部屋の電気が今ついたようだ。 お姉ちゃんがニヤリと笑みを浮かべて部屋の窓を開ける。 「おーい英士!お帰り!!」 そして、電気がついた部屋の人物に声をかける。 「ちょ、ちょっとお姉ちゃん!」 「何?だって英士帰ってきたんでしょ?私、結婚式終わってから会ってないんだよね。 このまま明日お引越しじゃ寂しいじゃない。」 「いや、だからって・・・。」 「何困った顔してんの。こんなのいつものことじゃない。」 昔から隣同士で、俗にいう幼馴染の私たち。 私たちの部屋の窓の真向かいが彼の部屋だということもあり、ここから声をかけることもしょっちゅうだった。 だけど。 「お姉ちゃんも結婚したんだから、ちょっとは落ち着きなよ!」 「あら、何それ。」 だけど英士は。 今は誰より、お姉ちゃんに会いたくないはずなんだ。 「おーい!無視なの?英士くーん!」 さらにかけられた一声に応えるように、窓が開いた。 「・・・俺、疲れてるんだけど。」 「お、出てきた。若いんだから疲れてるとか言わない!」 「若くても疲れるものは疲れるよ。」 「ヘリクツも言わない!もう、相変わらずだな英士は!」 いつもと変わらない表情で、ため息をつきながら。 年上であるお姉ちゃんをバカにしているような態度で。 「あのね、英士。私明日行くからさ!」 「・・・そう。」 「何その態度ー。寂しくないの?」 「別に。」 「むー!可愛くない!と違って全っ然可愛くなーい!」 「別に可愛くなくていいよ。」 「キー!この生意気少年め!」 英士は小さく笑うと部屋の窓を閉めた。 お姉ちゃんはぶつぶつ言いながらも窓を閉め、また自分の荷造り作業へと戻った。 「あ、。部屋戻っていいよー。」 「うん・・・。」 そのまま、隣の自分の部屋へと戻る。 床に座り込んで、小さなテーブルに肘をついて。 何をするでもなく、考えていたことはたったひとつ。 胸がズキン、ズキンと痛んで。 気づけば携帯を手にして、電話をかけていた。 呼び出し音が鳴ってから少し待つと、相手が電話をとった。 『何?』 「・・・別に。」 『意味もなく電話してこないでよ。ていうかこの距離でわざわざ電話使う意味がわからないんだけど。』 「お姉ちゃんみたいに叫んでみろって?」 『・・・それも止めてほしいけど。』 英士の声が少しだけ低くなった。 それはきっと、疲れているからじゃない。 「・・・いいの?」 『何が?』 「お姉ちゃん、本当に明日出て行くんだよ。」 『・・・だから?』 「気持ちの整理のつかないまま、送り出してもいいの?」 『・・・。』 「ねえ、ずっと好きだったんでしょ?」 ずっと一緒にいた。 これからも一緒だと思ってた。 だけど、別れはやってきて。 お姉ちゃんが連れてきた人を見て、冷静な英士の表情が変わったのに気づいた。 それはきっと、誰にも気づかれないような些細な変化。 幼馴染のお姉ちゃんであっても気づかないほどの小さな、小さな違和感。 だけど私はそれに気づいた。 英士のどんな小さな変化にも気づく自信があった。 だからその表情が変わった理由もわかってた。 英士がずっと想っていた人。 羨ましくて、憧れた。彼女のようになりたいと、何度願っただろう。 英士の哀しい視線の先にいたお姉ちゃんの姿を、何度見ただろう。 必死で変わらずにいようとする貴方の姿に、何度自分を重ねただろう。 お姉ちゃんの結婚式から何度英士を訪ねても、彼は変わらぬ表情のまま。 変わっていないように見せた、作ったような表情のまま。 誰も悪くなんかない。 お姉ちゃんもその相手も。 お姉ちゃんを想い続ける英士も、英士を想い続ける私も。 ねえ、だけど。 英士がそのままじゃ、私も前に進めない。 すぐに吹っ切れ、だなんて言わない。 お姉ちゃんを忘れて私を好きになってだなんて言葉だって、今は言えるはずもない。 でもね。 告白することもできなかった気持ちを残したままで 前に進むきっかけもないままだったら、きっと英士はもっとずっと苦しむと思うから。 だから、英士。 前を見て。目をそらさないで。 何でもないだなんていうように強がらないで。 貴方が想ってきた心を、なかったことにする必要なんてないんだから。 『ねえ、ずっと好きだったんでしょ?』 隣に住む幼馴染。 今も明かりの見える真向かいの部屋にいる。 並ぶ二つの部屋が、二人の幼馴染のそれぞれの部屋だ。 こんなに近い距離にいるのに、わざわざ電話をかけてきたのは俺と同い年の幼馴染。 電話越しに告げられた言葉が、胸に突き刺さった。 好きだった。 ずっと、ずっと想ってきたんだ。 俺のこと、恋愛対象になんて見ていないことも知っていたけれど。 それでも。 「・・・だから、何なの?」 『英・・・』 「今更どうしようもないだろ?俺にどうしろって言うの?!」 今までの想いが、たくさんの想いが俺の中を巡って。 気づけば叫んでいた。電話越しに俺の心配をしてくれる、彼女が悪いわけなんてないのに。 ただの八つ当たりだってことに気づいていたのに、それでも俺は止まらなくて。 ずっと好きだった人。 けれど、もうその人が俺の傍にいることはない。 そして明日にはもう、一緒に過ごしてきたこの場所にさえいないんだ。 「俺の気持ち、わかってるみたいに言わないでよ。」 弟のようにしか見られていない俺が、あの人を振り向かせるにはもっともっと、大人になる必要があった。 だから、誰にも気づかれないようにただあの人を想い続けた。 「英士さ、お姉ちゃんのこと好きでしょ?」 だけど、隠してたはずの気持ちをには見透かされていた。 姉の方は気づく素振りすらなかったのに。 隠してたはずの気持ちだったのに、本当は少しだけ嬉しかったんだ。 誰にも知られるはずのないこの想いをわかってくれる人がいること。 笑って、いつも背中を押してくれているがいたこと。 俺のこの想いを誰より理解してくれていたのは、だ。 それなのに、そうだとわかっているのに。 「には・・・わからないだろ・・・?!」 口から出てくる言葉は、全くの逆の言葉だった。 『・・・わかるよ。』 彼女を傷つけるような言葉だった。 けれど、返事は即座に戻ってきて。 俺に怒るでもなく、戸惑うでもなく、迷いなく紡がれたその言葉。 『・・・わかるよ・・・!』 声がかすかに震えていた。 それでもはっきりした声で、言葉で。 何も言えずにいる俺に彼女はさらに続ける。 『英士の気持ち、わかってるつもりだよ。 でも、それでも私が英士のこと、何もわかってないって言うのなら教えてよ。ちゃんと、話してよ。』 震えるその声を必死で押し隠して。 「今みたいに怒鳴ってくれても、怒ってくれてもいいから。」 こんな我侭で勝手な俺の八つ当たりを受け入れて。 『冷静ぶって、平気って顔して我慢されるよりも、その方がよっぽどいいよ。』 何故、君はそんなに優しいのだろう。 『ずっと我慢してたんでしょ?好きって言うことも、それを言えなかった悔しさも。』 何故、こんな俺を理解してくれるのだろう。 『冷静でなんていなくたって・・・大人ぶらなくたっていい。我侭だって言ってもいい。』 何故、望んでいた言葉をくれるのだろう。 『悲しいなら、泣いたっていいんだよ・・・?』 大人になりたかった。 あの人を守れるように、俺を見てもらえるように。 悔しかった。 あの人の隣に、当然のように立つ男。 大人のくせに、子供みたいに騒ぐ人だった。 だけど、大人ぶってただけの俺よりもよっぽど『大人』だった。 『どうせ英士・・・部屋で一人になっても・・・意地張って泣いてなんかいないんでしょ?』 いつも俺の背中を押してくれていた幼馴染。 気丈に見せかけてるのはどっち? 震えた声で、それでも懸命にそれがわからないように俺に話しかける。 電話だからって気づかないはずないでしょ? いくらわからないようにしたって、どれだけ一緒にいたと思ってるの? 「・・・泣いてるのはの方みたいだけど?」 『・・・うるさいな!気づかないフリくらいしてよ!』 「ごめんね。性格悪くて。」 『英士も・・・泣いていいよ。・・・誰も、見てない。私も電話切るからさ。』 「・・・うん・・・だけど・・・。」 こんな格好悪い弱音。誰にも言う気はなかったのに。 彼女の強がった声を聞いて、気持ちが落ち着くのと同時に自然と言葉を続けていた。 「泣けないんだ。」 何故かなんてわからない。 悲しすぎて、悔しすぎて、感覚が麻痺しているのだろうか。 それとも、まだ隣の家にいるあの人に想いが通じなかったこと、実感してないからだろうか。 泣くこともなく、ただ胸に何かがつかえていて。 俺は大丈夫だと思い込んで、押しつぶされそうな醜い感情を抑えこんで。 『・・・何、それ・・・。』 「悲しすぎると涙も出ないのかもね。」 『・・・っ・・・』 「いいよ。が代わりに泣いてくれてるんでしょ?」 『・・・っ・・・そうだよ!だから、私が泣き止んだ頃にはっ・・・英士もしっかりしてよね!』 「・・・そうだね。」 はたから見れば訳のわからない理屈だけど。 それでも涙を流しながら、俺の背中を必死で押してくれる。支えようとしてくれる。 彼女の言葉の意味に、涙の意味にようやく気づいた。 答えはすぐ側にあった。探そうと思えばすぐに見つけられた。それでも俺は何も知らずに、何も気づこうとせずに。 「そんな格好つけて、もたもたしてたらお姉ちゃん誰かに取られちゃうよー?」 「やばい英士!お姉ちゃん告白されたって!」 「男として見られてなくたっていいじゃん!好きなんでしょ?」 君はどれだけ俺の背中を押してくれただろう。 どんな想いで俺の言葉を聞いていたんだろう。 たった一人だけを見つめ続けて、他の想いに気づくことなんてなかった。 何も気づかない俺に、いらだっただろうか。俺があの人に感じた感情と同じように。 何も気づかなかった俺は、何度君を傷つけていたのだろうか。 それでもなお、俺の背中を押そうとしてくれる彼女の言葉から逃げるわけにはいかなかった。 「じゃあ、思う存分泣いてよ。」 『・・・何それ…!何で・・・そ、そんな・・・余裕ぶってるわけ?』 「余裕なんかじゃない。泣きたくなったらちゃんと泣くよ。」 『・・・本当に・・・?』 「うん。だから、今は俺の分もよろしく。」 『よろしくなん、て、い、言われて・・・泣くって・・・すっごい嫌なんだけど・・・!』 「とかいって、なんかもううまく喋れてないよ?」 『う、うるさいなっ・・・!』 自然と笑みが零れた。 久しぶりだ。嘘なんかじゃなく、愛想笑いでもない。 自然と笑えることなんて、本当に。 明日、あの人はいなくなる。 消えない、未だここにあるこの想い。 ずっと格好つけてきて、本当に今更だけど。 「ありがとう。」 どんなに格好悪くなってもいい。この気持ちにケリをつけよう。 「がいてくれて、よかった。」 俺自身が前に進む為に。 俺の代わりに涙を流してくれた、彼女の為に。 TOP |
【o-19Fest*2nd様提出作品】 お題:ラブバード様