「とりっく・おあ・とりーと!!





「・・・は?」












Trick or treat
















訝しげな顔で、目の前の少女を見下ろすのは三上 亮。武蔵野森中サッカー部のMFで司令塔。
そんな彼の表情などお構いなしに、笑顔で彼を見上げるのは 。武蔵野森中サッカー部マネージャー。

表情を変えずに彼女を見下ろす三上に彼女はもう一度、今度は目の前に両手を差し出しながら同じ言葉を繰り返した。





「とりっく・おあ・とりーと!!」





本日は10月31日。
10月31日と言えばハロウィン。
『キリスト教の万聖節(11 月 1 日)の前夜祭。秋の収穫を祝い悪霊を追い出すお祭り。』

けれどそんなことは、彼女には実はどうでもよかったりする。
重要なのは・・・。



『夜には怪物に仮装した子供たちが近所を回り菓子をもらったりする。』


『近所を回り菓子をもらったりする。』



ここらしい。











「・・・あー。一応聞いてやる。何の真似だ。

「ウソ三上!ハロウィン知らないの?!じゃあ『とりっく・おあ・とりーと』の意味も知らない?!」

「そういう意味じゃねえっての!お前が何でこんな真似してんのか聞いてんだよ。
ていうか、その発音もうちっとなんとかしろよ。聞くに堪えねえし。
外人が聞いたら、ぜってえ理解できねえな。その発音じゃ。」

「いいじゃんか!ここは日本!日本で通じればいいのだ!
てことで、とりっく・おあ・とりーとー!!」





三上の悪態など聞きなれているかのように、軽い反論を返してから(彼女にとっての)本題へと戻る。
三上はため息をつきながら、彼女に行動の意味を問うことは諦めた。





「俺が菓子なんてもってるように見えるか?」

「見えない。」

「わかってんなら、聞いてくるなっての。」

「じゃあ何かモノでもいいよ!」

もはやそれハロウィンじゃねえよ。





今は夜でもないし、がカボチャのランタンを持っているわけでもない。
もちろん学校で仮装などできるはずもなく、格好は制服のままだ。
そう考えれば元々、『Trick or treat』という言葉以外にハロウィンを感じさせるものなどなかったのだが。





「私がハロウィンと言ったらハロウィンなんですー!何かよこせ!」

「それは恐喝って言うんデスヨ?知ってマスカ?サン。」

「まあ怪物に扮して『お菓子をくれなきゃいたずらするぞ!』だからね!恐喝とも言えるね!

「開き直ってんじゃねーよ!!」





笑顔で爽やかに恐喝宣言をしている目の前の少女を見て、三上は再度ため息をもらす。
これはとりあえず、何か与えないと面倒だと思いつつ、ふとした疑問が頭をよぎった。





「何も渡さなかったら、何の『いたずら』すんだよ。」

「ん?えーと三上はねー。」

「俺は・・・って、もしかして他の奴らのとこにも行ってたのか?」

「もちろん!今日はハロウィンですから!!」

お前ハロウィンって言葉使えば、何でも通ると思ってんだろ。





はジャック・オー・ランタンが描かれた小さな手帳を取り出す。
この辺りにハロウィンを少し意識していたことが見受けられるが、
こだわるところはそんなところではないと、誰かが教えた方が彼女のためになったのかもしれない。
それを彼女が聞き入れるかどうかは別として。





「三上にだけ特別に教えてあげよう!サッカー部いたずらリスト!!」

うわ。すっげえ聞きたくねえ。

「(無視)藤代には9割が人参で作られたカップケーキ!!
笠井には鳥の皮を仕込んだいわし料理!!
マミーは友達(爬虫類)を攫う!!
渋沢はマミーから攫った友達をベッドに仕込む!!」

「マジでやめてやれ!!ていうか、
マミー?!

「え?マミーが何さ?」

「マミーってマム・・・間宮のことだろ?何だよマミーって。お前らそんな仲良かったか?!」

「ふっ・・・。」

「・・・何だよ。」

「三上くん。君にはないものをマミーは持っているのだよ。

「・・・何が?爬虫類?」

「うん。イグアナとか最高ね!!

「・・・はー。」





今日何度目のため息だっただろうと、三上は考えていた。
爬虫類が好きと宣言されているにも関わらず、ならありえるなと考えてしまう自分が怖い。
それに間宮をマミーと呼ぶ奴なんて、くらいなものだろう。





「でもこんなに考えたのに、いたずら出来たのは藤代だけでした・・・。」

「残念そうにすんな!つーかバカ代?あいつが菓子持ってないわけねえだろ?」

「うん。藤代はね。トリック・オア・トリートの意味がわからなくてねぇ・・・。

バカだ!やっぱりアイツはバカだ!!

「とりあえず9割人参のカップケーキを渡してきました。とても喜んでました。」

「哀れバカ代・・・。」





二人は笑顔でカップケーキをほおばり、その味に涙するだろう藤代の姿を浮かべた。
可哀相に・・・という雰囲気に包まれたが、そうなる原因を作ったのは誰でもない、彼女自身だ。





「で、三上はねー。」

「何だ?考えたくねえけど・・・あまいもんの詰め合わせとかかよ?」

「ううん。三上には
水野くんのブロマイド集です!!

「・・・。」





彼女の発した言葉の意味を理解するのに、数秒。
少しの間をおいて、三上は叫んだ。





「何やってんだてめえはぁーーーー!!」

「桜上水にて購入してきました!」

「捨てろ!捨てろそんなもん!!」

「え。やだよ。お金かかってるんだから!
いやー桜上水での水野くん人気はすごいですぜ旦那!こんな写真が出回るくらいですから!」

「知らねえよ。心底知りたくねえ。」

「三上が私にお菓子をくれないと、この写真を全て貴方にプレゼント!やったね!!」

「よくねえ!即効捨てるからな!そんなもん!!」

「ふっ・・・。捨てさせるわけないでしょ?三上の気づかないところに少しずつ忍ばせていくから。
捨てては増え、捨てては増えのエンドレス!三上が捨てなくなるまで私は諦めない!!」

「その根性をもっと別のところで使え!!」





そんなのは心底ごめんだと三上は自分の制服のポケット、持っていたカバンの中を探る。
すると、ポケットを探った右手の先に、何かの包みがあたった。
取り出したそれは、小さな飴。
ああそういえば、何日か前に藤代に無理矢理渡された気がする。先輩も甘いものどうぞとか言われて。
すっかり忘れていたが、とりあえずポケットに手をつっこんでみるもんだなと、頷きながらそれをに差し出した。





「わーい飴だー!ちっちゃいな!三上が持ってるとは思わなかった!ちっちゃいな!!

「さりげなく文句を混ぜんな!」

「くぅ・・・!三上にならいたずらできると思ったのに・・・!」

「お前の目的は菓子か?いたずらか?!」

両方。





堂々と飄々と答えるに、毒気を抜かれ肩を落とす。
渡された飴を口に放り込んで、少しだけむくれた顔をするを見ながら
三上は何かを思いついたように、に話し掛ける。





「他の奴らから取り上げた菓子はまだあるわけ?」

「え?もう全部食べちゃったよ。三上も食べたかった?もうないけどね!」

「ふーん。」





の言葉を聞いた三上は、口角を上げて呟いた。





「Trick or treat」





三上の口から、自分とは違う発音の良い外国語が聞こえて
今度はが疑問の表情を浮かべ、彼を見上げた。





「え?」

「ハロウィンはお前だけのもんじゃねえし?俺がお前と同じことをやったって問題ねえだろ?」

「・・・三上甘いもの嫌いじゃんか!」

「じゃあ別のモノでもいいぜ?」

「何それ!横暴!!横暴タレ目!!

「さっきお前が言ったんだろーが!!つーかどさくさにまぎれて人の悪口混ぜてんじゃねえよ!!」





自分が言った言葉を忘れたように三上に反論するが、
さすがに自分で言った言葉なだけに、三上を納得させるまでには至らない。





「もう全部食べちゃったって言ったじゃん!!」

「あるじゃねーか。」

「は?どこに・・・。」

「ここに。」

「・・・んん?!」





むくれながら三上を見上げたの唇に、三上の唇が重なる。
は彼を突き放そうと、力いっぱいに三上を押し返すがびくともしない。
うなり声にも似た声を出しながら数秒間、二人の唇は重なったまま。

ようやく体が離れ、それと同時に真っ赤になりながら目の前の彼を睨みつける。





「っ・・・三上っ・・・!!い、いきなりっ・・・何すんのよ!!」

「あ?俺はTrick or treatの意味を忠実に再現しただけだぜ?」

「どこが忠実・・・・あ。」

「お前の菓子をもらっただけだろ?」





はさっきまで自分の口の中にあったものが、なくなっていることに気づく。
そしてそれは。目の前で意地悪く笑う彼の口に。





「けど元は俺がやったもんだし?食べかけだし?
そこらへん差し引いて、悪戯しながら菓子ももらってやったんだよ。あー俺って頭いいー。」

「・・・め・・・。」

「あ?」

「このっ・・・
セクハラタレ目ーーーーーー!!!!

「ああー?!」





真っ赤になりながら、三上の顔をまっすぐ見ることもできず
はその場を駆け出した。それはそれは誰にも止められないような勢いで。

取り残された三上は少しだけ赤い顔を隠しながら、すぐに見えなくなったの後ろ姿を見送った。















「おはようございます!」





次の日。強豪武蔵野森のサッカー部の朝は早い。
朝から元気良く、挨拶してくる後輩を見て三上は「おう」とだけ返す。
そして、その後後輩から聞こえた言葉に耳を疑った。





セクハラ先輩!!





笑顔でそう呼ぶ後輩は藤代 誠二。
三上がよく、からかい対象としている後輩だった。





「てめえ・・・今なんつった?」

「えー!だって先輩がそう呼べって言うんですもん!!」

「あ?!」

「三上先輩のことを、セクハラ、もしくはタレ目、合わせてセクハラタレ目でも良い!!って!!」

「ふ・・・ざけんなぁーーーー!!!!」

なら監督に用を頼まれていて、今日の朝練は来ないぞ。セクハラタレ目。

「渋沢っ・・・!てめえまで!!」

先輩に何をしたんですか?タレ目先輩。

「笠井・・・。別に何もしてねえっつの!!」

「「「本当に?」」」

「・・・・・・・・・・・・。」

「・・・うるせーな!!とっとと練習はじめんだろ?!間宮!お前も無言で睨んでんじゃねえー!!」






ひしひしと感じる痛いほどの視線を、勢いで蹴散らして。
ごまかすことのできない数人の黒いオーラを一身に受けながら、朝練を終える。

こんな状況に追い込んだ(自分のせいでもあるが)とはクラスが違う。
昼休みにでも文句を言いに言ってやろう。そしてあいつらの黒いオーラを止めないと俺がやべえ!!と、
そんなことを考えながら、自分のクラスへと向かった。

そして、席についた彼が何気なく机の中に手を入れると、そこから何かがヒラリと落ちる。
こんな小さなプリントあっただろうかと、疑問に思ったその時。





「お、うわっ!!」





思わず叫んでしまった声に、クラスが一瞬静まり返る。
ヒラリと落ちたのは、1枚の写真。
そこに写るのは、茶色がかった真ん中分けの髪型。端正な顔立ち。
ひとつひとつの動作でさえ、優雅に見える彼はまさに王子様。(桜上水女子談)
そう。の言っていたとおり、水野竜也の写真がそこにはあった。
三上は頭を抱えながら、昨日の彼女の言葉を思い返していた。





「ふっ・・・。捨てさせるわけないでしょ?三上の気づかないところに少しずつ忍ばせていくから。
捨てては増え、捨てては増えのエンドレス!三上が捨てなくなるまで私は諦めない!!」






「・・・わかった!ああ!俺が悪かったんだろ!!」





そう呟くと、三上はすぐに自分のクラスを出ていく。
昼休みなんかでは遅い。今すぐ謝りにいこう。
奴の執念は怖すぎる。そんな思いで。





けれど、このときの彼はまだ知らない。
自分の行動に本気で怒っているわけではない彼女の気持ちを。



皆に用意したいたずらの中で、自分にだけ時間と労力をかけられていたことの意味を。



こんなことにどれだけ労力使ってんだ。マジで別のことに頭使えよ。
と心の中で繰り返し唱えていた彼がそのことに気づくはずもなく。



まだ子供な彼らが、お互いの気持ちを理解するのは



もう少し、先の話。











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1万ヒットありがとうございます!そしてHappy Halloween!!
ハロウィンって実はあまり良く知らなかったりします。
ていうか、認識としては子供が仮装して、お菓子をもらいに近所をまわる・・・くらいですね。
このお話を書くまで、キリスト教がどうとか全然知りませんでした。
あれ?普通は知ってるんですかね?

と、いうわけでハロウィンを私と同じくらいのものとしか思っていない(バチあたり)
ヒロインさんのお話でした!マイペースで意地が悪く、間宮くんと仲がいい!
そんな人が書きたかった!けど・・・うーんどうなんでしょうね?
最後には見事に三上さんにペース崩されてましたけど(笑
それと、
水野くん、藤代くんゴメンなさい。君たちが嫌いなわけではないです。むしろ好きです!
文句ならヒロインさんと三上さんに言ってください。ウソです。ゴメンなさい。

ではでは、こんな作品でよければご自由にお持ちかえりください!配布期間は終了しました。-2006.12.01-
これからもcrystalをよろしくお願いします!


2006.10.31 春名 友
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