「ハッピーバースデー!!英士ー!!」 「うわっ!」 「っ・・・!」 寒さもピークに達しそうな冬の夜。 大き目の鞄の中には散々迷ったあげく無難なものに落ち着いてしまった、大好きな彼へのプレゼント。 彼の誕生会をすると彼の友達から聞いて、ああ今年も二人きりの誕生日じゃないのか。 でも英士が楽しいのならいいか、なんて出来た彼女のフリをしながら。 張り切って開けた、部屋の扉。 「・・・。」 「ご、ごめん・・・!マジですんませんでしたー!」 サッカーの練習と懇親会があるから、夜に誕生パーティしようぜと笑顔で言った友達。 だからめいっぱいオシャレして、めいっぱい可愛くして、めいっぱいの笑顔でその扉を開けたのに。 「・・・えーと、どういうことなのかな?」 「あ、あのな、に伝えた時間、約束の時間よりも1時間遅く伝えてたんだ。」 「・・・は・・・?」 「英士を驚かすつもりだったんだよ。は用事が出来てこなくなったー、なんて言ったら 英士、どんな反応するかなって。」 「・・・はあ・・・?!」 「だ、だけどそうして後からが来たら感動も倍だろ?!ちゃんと後でネタばらしする気だったしさ!盛り上がると思って・・・!」 スーパーで買っただろう、パーティ用の食べ物の残りは机の上に。 そこから出ただろうゴミは床に散らばっている。 あーそうですか。そのサプライズの為に私を抜いて1時間前から楽しんでいたわけね。 「・・・いろいろ思うところはあるんだけど、まあそれはいいや。それよりも・・・。」 普段冷静な英士を驚かせようっていう計画。私もそれを知っていれば、計画に乗っただろうし それはまあ、いいとする。一刻もはやく英士に会いたかったのにっていうこの怒りも今は抑える。 けれど、 「驚かすべき英士くんが、眠りこけてるのはどういうことかしら・・・?」 「ぎゃー!だからゴメン!ゴメンってば!」 「が来ないって言ったら英士いじけちゃって・・・。ガンガン酒飲みだしちゃったんだよ・・・!お、俺たち止めたのに・・・!」 そう、一番会いたかった英士は温かそうな絨毯の上で、それはそれは気持ち良さそうに眠っていた。 「止めたのにじゃないわよ・・・!私まだお祝いの言葉も言ってないのにっ・・・!!」 「あの、だからですねさん。」 「何よバカ。」 「そんなバカな僕らは退散しますので、英士くんと残りの時間二人で楽しんでください・・・!行くぞ一馬!!」 「残りの時間って何!肝心の英士が寝てるじゃないのよー!!」 「ご、ごめんな!本当にごめん!英士が起きることを祈ってる!」 結人は逃げるように、一馬は何度も何度も謝りながらそりゃもう風のように素早くこの部屋を出て行った。 部屋には私と英士以外の誰もいなくなり、英士の静かな寝息だけが響いた。 「うー、もう最悪だ・・・。誕生日なのにお祝い言えなかった・・・。」 英士は一度寝入るとなかなか起きないし(私たちの騒ぎようにも目を覚まさなかったし) 無理に起こしても低血圧ですごく機嫌が悪くなる。そして今はお酒も入ってしまっている。絶望的だ。 だからこそ一馬も結人もあんなに謝ってたんだろう。 「えいしー。英士ー・・・。」 無駄だとわかりつつも、英士の綺麗な黒髪に触れて彼の名前を呼ぶ。 「やっぱりダメ・・・わっ!!」 もはや独り言となっていた呟きの途中、私を引っ張る突然の力。 私はその力に逆らうこともできず、床の上に倒れこんだ。 「・・・。」 「・・・った・・・って英士ー!!」 床に額をぶつけてさすりながら顔をあげると、そこにはぼんやりとした眼差しの英士の姿。 意識ここにあらず、といった感じではあるけれど起きてる!絶対にもう起きないと思ってたのに・・・! この際少しくらい機嫌が悪くたっていい。私はちゃんと英士を祝ってあげるんだから! 「・・・何してるの?」 「何って・・・今日英士の誕生日でしょ?!」 「用事があって来れないんじゃなかったの?」 「あ、ち、違っ・・・それは・・・」 「彼氏の誕生日より大切な用って何なわけ?にとって俺ってその程度の存在だったんだ?」 ああ、どうしよう。寝起きだからか完璧機嫌が悪い。 目が笑ってないし、口調も淡々としてるし、はっきり言って怖いですこの人。 「あ、あのね英士聞いて?私は別に用があったんじゃなくて、結人が・・・」 「結人?何、結人と会ってたの?」 「ちがーう!!ていうか英士、さっきまで結人と一緒にいたんでしょ?!」 「は?いたっけ結人なんか。」 ダメだこの人、寝起きとかそんな問題じゃない。 いくら寝起きだからって、英士がここまで寝ぼけるなんて・・・ そう思った瞬間、床に転がる空き缶に気づく。 そういえば、英士さっきまでガンガンお酒飲んでたって言ってた・・・! 「え、英士、酔ってるよね?落ち着いて、うん、まずは落ち着こうよ。」 「俺は落ち着いてるよ、酔ってもない。それよりも、話は終わってないよ。」 「だから私は結人と一馬に騙されたの!英士も騙されたの!」 「俺が騙されるわけないでしょ。何、結人と一馬と会ってたわけ?」 「だからちがーう!!」 ああ、もう!どうしたらいいのこの人! 酔っ払ってるし、意固地になってるし、同じことばっかり言ってるし、誕生日どころじゃなくなってる気がするんですが・・・! 「・・・そこまで隠すっていうなら、もういいよ。」 「だから隠してなんてないって・・・きゃあっ!!」 またしても強い力に引っ張られ、私の顔の左右には英士の両手。 見上げれば英士の綺麗な顔。酔っ払っているからか、赤い顔がやけに色っぽい。 気づけば私は彼に押し倒されていた。 「覚悟はできてるんだろうね?」 「いや、だからとりあえず話を・・・んっ・・・!」 私が言葉を終える前に、唇を塞がれる。 お酒のせいか、英士の体も伝わる吐息も熱い。 私が何か喋ろうとするたびに、何度も、何度もそれは繰り返されて。 「・・・何で来なかった・・・?」 「・・・っ・・・え、いし・・・。」 「・・・ずっと会えないままで、やっと・・・に会えると思ってたのに・・・。」 小さな、呟くようなその言葉を聞いたとき 誤解をとこうと必死になっていた自分はどこかに飛んでいってしまって。 いつもなら絶対に言いそうにない英士の言葉に私はただただ目を丸くしてかたまってしまった。 「・・・英士も・・・楽しみにしてくれてた・・・?」 「・・・うん・・・」 「私に・・・会いたかった?」 「・・・うん。」 普段どんなに聞いても意地の悪い言葉ばっかりで、なかなか認めてくれない。 なのに今の英士はすごく素直で、しかも何だか・・・ 「私がいなくて・・・寂しかった・・・?」 「うん。」 すごく、可愛い。 「・・・私も会いたかったよ。すごく楽しみにしてたんだから。」 「じゃあ何の用があったわけ?」 酔っ払って素直な英士は本当に可愛いけど・・・これじゃ結局全然話が進まない。 この少し子供っぽくなってしまっている彼に、何を言えば信じてもらえるだろうか。 このままじゃ酔っ払ったまま不貞寝でもしかねない。それは絶対いやだ。 「・・・。」 「・・・っ・・・」 何て答えようかと困った表情を浮かべているうちに、また英士の顔が近づいて。 今度は1回、けれど先ほどのキスよりも深く深く、長い時間それは続く。 「・・・っ・・・は・・・」 「・・・悪いと思ってる?」 「・・・うん。」 本当は私のせいじゃないし、英士もちゃんと話を聞いてとも思うけど。 今はそんなことよりも、英士と一緒にいたいから。私は素直に頷いた。 「じゃあもういいよ。許してあげる。」 「・・・うん、ありがと英士。」 怒っているでもない、酔っ払って寝ぼけた顔でもない、 そこにあったのは、私の一番好きな英士の優しい微笑み。 「お誕生日おめでとう、英士。」 「ありがとう。」 ああ、やっと本人に言えた。 さっきは結人も一馬もどうしてやろうかって思っていたけれど 結果的にこうして二人きりの誕生日が送れてる。現金だけれど、結果よければ全てよしかな。 「英士、じゃあケーキでも・・・ひゃあ!ちょ、ちょっと待っ・・・」 「何?何か問題でもあるの?」 「だってホラ、誕生日だし、一応ケーキとか食べてお祝いしたりとか・・・」 「それよりも今、俺の目の前にはもっとおいしそうなものがあるし。」 「ケーキの方がおいしいと思う・・・ちょ、人の話聞いて!」 あー、もうこういうところは酔ってても、酔ってなくても変わらない気がする。 せっかくロマンチックな雰囲気になったと思ったのに・・・! 「、悪いと思ってるんだよね?」 「お、思ってますけど・・・でも厳密に言えば悪くないっていうか・・・」 「今日、俺の誕生日だよね?」 「・・・はい。」 「それで?何か言いたいことあるの?」 「・・・ない、です。」 あーもう本当にこの人は。本当に酔っ払ってるのかな。 さっきまで同じことばっかり聞いてきた人とは思えない。 まさに自分の思うとおりの方向に誘導するいつもの英士だ。 べ、別にそういうことが嫌なわけじゃないんだけどさ。 もうちょっと甘い雰囲気を二人で楽しみたかったっていうか・・・。 「・・・後でまた祝ってよ。その時持ってきてくれたプレゼントも見たいな。」 「・・・っ・・・」 私の考えてることなんて見透かしてるみたいに微笑む。 こういうとこ、抜け目ないんだよなあ。 「ありきたりなプレゼントになっちゃったけど、ちゃんと受け取ってね?」 「当たり前でしょ。」 近づいた綺麗な顔が、また笑う。 綺麗な細い指が私の髪を優しく撫でる。 細いのにがっしりとした腕が私を包む。 ああやっぱり私、彼が好きだなあ。 「好きだよ英士。」 「うん、俺も。」 心地の良い体の重みと温かな体温を感じながら、夜は更けていく。 TOP |