周りからの評価といえば、クールで気難しく、纏うオーラが高貴そうで近寄りがたい。
近づきたいと思う子は大勢いても、その一歩を躊躇してしまうような存在。
しかし彼はアイドルでもなければ、資産家の息子のようなセレブでもなく、私たちと同い年の一般人だ。



「ひどいよ、授業聞いてたのかって怒られた!」

「聞いてなかったのなら、怒られるのは当たり前でしょ。」

「聞いてたよ。ただ、私には理解ができなかっただけで……」

「ああ、そっか……」

「残念そうな顔で納得しないでくれる!?」



そんな彼、郭英士とよく話すようになったのは、いつからだっただろう。今となってはもはや、きっかけすら覚えていない。
性格は全然違うけれど、彼と話すことも一緒に過ごすことも、居心地よく楽しく思っている自分がいる。
辛らつな言葉は多くても、冷静で的確な意見に私はいつも助けられてる。彼の言うことに間違いはなく、私はいつだってそれを信じられる。
つまりは信頼出来る友達。もちろん私が彼を助けることだってあって、お互いがそう思っているだろう。



「でね、課題出された。」

「そう。」

「でもね、さっぱりなんですよ。」

「嫌だ。」

「まだ何も言ってないよ!」

「手伝わないよ。俺だって忙しいんだから。」

「私は英士が困ってたら助けるよ?」

「ああ、に助けられることはないから心配しないで。」

「ちょっとー!!」



……思って、くれているはずだ。











Q&A











「郭くんと仲がいいのって羨ましいよね。女子とはあまり話さないのに。」

「へへへ、まあね!」

「堂々と自慢してんじゃないわよ……って、でも、好きってわけじゃないんだっけ?」

「好きだよ!英士は頼りになる相棒だし!」

「相棒?……よくわからないけど友情って言いたいの?」

「友情……いや、もう英士とはね、友情を超えたなにかで繋がってるんだよ!」

「なにかって何?」



友達と話しているところに、自分の真後ろから問いかけられた声。そのまま背中を後ろにそり返し、その声の主を見上げると、そこには予想通りの人物がいた。話題が彼のことだったからか、友達は口をパクパクさせて驚き、言葉を失っている。



「英士、待ってたんだ。一緒に帰ろうよ!」

「いいけど、なに企んでるの?」

「企んでなんかないよ。英士と一緒に図書館寄りたいなあと。」

「ふーん。手伝わないけど。」

「だからまだ何も頼んでないってば!」



授業であった小テストの点が悪くて、先生に怒られ、ちょっとした課題を出されてしまった。
しかし、内容をよく理解できていない私は、それを一人でこなす自信がなく、そういうときには彼を頼らせてもらっている。
文句は言われるし、教え方が優しい訳でもなく、どちらかと言えばスパルタなのだけれど、彼の要点をまとめた的確なアドバイスはとてもわかりやすいのだ。
友達に一緒に帰るかと聞いてみたけれど、必死で首を横に振るので先に帰ることにし、英士と図書館に向かった。



「英士、ここ……」

「わかってると思うけど、答えは教えない。聞きたいことまとめてから話して。」

「えー、えーと、ここの英文って、thatを使わなくてもいいですよね?」

「はずれ。」

「うわ、なんでー!」

「教科書貸して。」

「はい!」

「理由、書いてあるはずだけど。」

「……たぶんここに書いてある注釈のことですか?しかし説明が小難しすぎると思うんです!」

「……。」

「……?」

「まず、その話し方やめてくれる?話はそれからにする。」

「えー、敬意をこめてるのに。」

「気色悪いだけだよ。」

「!!」



必死で課題をこなす私に対し、優雅に本を読みふけっている英士にわからないところを聞きながら、時間は過ぎていく。
日も暮れだした頃、なんとか目処がたったので、飲食室に移動し、自販機で飲み物を買って一息つく。そして、ふと先ほどの友達との会話を思い出した。



「英士ってあまり女子と話さないの?」

「何いきなり。普通に話すけど。」

「彼氏彼女に憧れたりしない?告白されたこともあるんじゃなかったっけ?」

「俺にも好みってものがあるから。」

「へえー!どういう子が理想?可愛い子?明るい子?優しい子?」

「はずれ。」



正直、私は未だに皆が騒いでいる恋というものをわかっていない。話を聞いているのは楽しいし、友達が可愛く思えたりもする。けれど、それを自分自身に置き換えることが出来なかった。だから英士とも恋愛に関する話をしたことはなく、彼がどんな風に答えるのか、興味があった。



「綺麗で大人しくて頭のいい子。」

「……。」

「何?」

「……え、あ、いや、り、理想高いんだなあって。」

「そう?そんなことないと思うけど。」



そのまま英士をからかってやろうとしたのに、なぜかあまり気分が乗らなくなってしまった。その後も他愛のない話を続けて、何事もなく帰路につく。課題も終わったし、わからなかったところも多少は理解できたように思える。そう、いつもどおりの平穏な一日。
なのに私は家に帰ってからも、ずっともやもやとした気持ちのままでいた。
訳がわからない。英士に勉強を教えてもらうのはいつものことだし、英士が文句を言うことも、冷たい言葉を浴びせるのも、たまに表情が怖くなるのも同じ。それでいて、最後まで面倒を見てくれるのだって、そう。別に落ち込む要素などなかったはず。



「……もう寝よ!」



答えの出ない問題に嫌気がさして、その日はそれ以上考えることをやめて眠りについた。









そして結局は次の日以降に引きずることもなく、いつもどおりの日々が始まった。
あの時は調子が悪かったんだと、一度納得してしまえばもう気になることはない。



!」

「どうしたの?」

「郭くんが告白されたって聞いた?」

「え?」

「相手がすごいよ!あのね……」



興奮気味に知らされた情報は、英士が告白されたということ。
そしてその相手が学年一と名高い、多くの人が口を揃えて認める美少女であったことだ。



「うわあ!皆の郭くんがー!」

「別に付き合うって決まったわけじゃ……」

「だってあんなに可愛いんだよ?綺麗なんだよ?頭だっていいし大人っぽいし、断る理由なんてないじゃん!」



英士の言葉を思い返せば、確かにそうだ。彼の理想に当てはまっているにもほどがある。
クラスが違う彼女とは話したことがないけれど、綺麗で大人っぽく頭も良いと評判だ。平凡でやかましくて頭が悪い、私とは正反対の女の子。
英士が今まで誰とも付き合わなかった理由が、彼の好みというものにあるのだとしたら、迷うことなんてないのだろう。誰もが認める、思わず感嘆のため息でもついてしまうような、美男美女カップルの誕生だ。



「……英士め……!」

「……どうしたの、?」

「軽々と私の先を越えていくなー!」

「……あー、そういう感想……。」



以前感じたもやもやが大きくなった。でも、つまりはそういうことでしょう?私は英士に先を越されたことが悔しかった。英士も恋愛に興味がないって、男女であることなんて関係なく一緒に話してることが楽しいって、私と同じなんだってそう思っていたから。



、この間の……」

「……っ……」

「なに?」

「英士の抜け駆け!」

「は?」



なぜだか無性に悔しくて悔しくて、心にぽっかりと穴があいたようで、私に声をかけた英士に捨て台詞を残して駆け去った。



「訳のわからないこと言って去らないでくれる?」



……つもりだったけれど、いともたやすく捕まった。
しまった。自分と英士の運動神経を見誤っていた。



「……どんなことになっても、英士は私の友達だよね?」

「え?のこと友達だなんて思ったことないけど。」

「バカー!毒舌!クール!鬼ー!!」



普段あまり見せない笑顔をこんなところで見せるから、私の気持ちも知らず楽しそうに笑うから、掴まれた腕を振り払ってもう一度駆け出した。
二回目はさすがに追ってくる気はなかったらしい。











。」

「……。」



怒りがおさまらなくて、英士が私を呼び止めるのに気づかないフリをして道を歩く。
なにかがおかしいことはわかっていた。英士が私をからかうことも、冷たい台詞を使うこともわかっていたし、私自身、そんな彼との会話を楽しんでさえいた。
もちろん怒ったこともあるし、喧嘩だって何度もしてる。ほとんどの場面で私の一人相撲だったけれど、それが本当の意味で私を傷つける言葉じゃないと知っていたからこそ、すぐに元通りになれた。怒りなど一瞬のもので、ここまで引きずることなんてなかった。



「無視とはいい度胸だね。無理やりこっち向かせてやろうか?」

「いいい痛い痛い!もう向かせてる!!」



そして、英士も英士だ。
彼は私がこんなに機嫌が悪い理由に、心当たりは感じていないだろう。



「なにがそんなに気に入らないの?」



自分勝手に怒ってる私なんて、彼の性格上ほおっておくはずだ。わざわざこんな風に追いかけて、構ったりなどしない。



「答えられない?」

「え、あ……」

「まあ、答えられないよね。自身、何が原因かわかってないんだから。」

「!」

はじっくり考えないとわからないタイプでしょ?考えなよ。」



考える?なにを?
気に入らない?なにが?

なにかがおかしい。なにかが抜けている。でも、それがわからない。
どうしたらいいのかわからず、私は引っかかっていたことを聞いてみることにした。
はっきりとした答えが返ってくれば、少しは靄も晴れるだろうと。



「……英士、告白されたって……付き合うの?」

「付き合わないよ。断った。」

「理想のタイプなのに?」

「理想と現実は違うから。」



隠すでも、はぐらかすでもなく、驚くくらいに素直に答えてくれる英士になぜか安心して。そのまま言葉を続ける。



「さっき、私は友達じゃないって。」

「ああ、言ったね。」

「私は友達だと思ってるよ?英士と一緒にいるの楽しいもん。」

「ああ、俺も楽しいよ。いろんな意味で。」

「いろんな意味!?……でも、楽しくても友達じゃないんだ。英士の理想と真逆の女の子だから?」

「近い。」

「近い!?」



安心して質問を続けたらこの有様だ。怒るべきなのか、悲しむべきなのか。今、自分が震えているのは、どの感情のせいなのか。何を聞けば、何を伝えれば答えが出てくるのかわからないまま、今度は英士が口を開く。



「この間もそんな顔してたね。俺の理想と真逆なこと、ショックだった?」



もやもやとしていた。落ち着かなかった。理由がわからなかったから、それ以上考えることをしなかった。けれど、英士の言葉がやけにしっくりときて、納得できる。そうだ、私はショックを受けていた。



「告白、受けてたらどう思った?もっとイライラしたんじゃない?」



きっと英士は告白を受けるだろうって思った。そう思ったら胸がざわついてイライラして、いつもどおりでいられなくなった。理由はわからなかった。けれど今度は考えることを止められなかったから、先を越されて悔しい、だなんて理由を無理やりにこじつけた。



「さて、どうしてだろうね?」



勉強を教えてくれているときのように、明確な答えはくれない。けれど、そこまで導くように、彼は穏やかに、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
私を焦らせることなどなく、自分自身で答えを見つけ出せるように。

ふと顔をあげると、びっくりするくらい優しい目をした英士の顔。普段こんな顔を見せる素振りすらないくせに。
まともに顔が見られなくて、視線を逸らす。心臓の鼓動がはやくなる。自分の熱が上がっていくのがわかる。





「問題。」





視線を逸らしたまま、耳に届く声。少しずつ少しずつ、答えに近づいていく。

私は悲しかったんだ。英士の理想が自分からかけ離れていたこと。
寂しかったんだ。英士が私以外の女の子の傍にいってしまうこと。
一緒にいられればそれだけでいいと思ってた。隣にいることが当たり前になって、それ以上を求めることはなかった。
わからなかったんじゃない。ずっと、気づいていなかっただけ。





「友情を超えた"なにか"。答えは?」





私の出す答えは間違ってばかりだった。何度も間違えて、呆れた顔で英士に指摘される。
だから、自分で答えがわかったと思っても、私は彼の様子を窺いながらそれを告げる。また、間違いだと、何を言ってるのかと笑われてしまうのではないかと、不安だった。
今だって同じだ。答えは目の前にあって、きっと正解なのだと思っているのに、なかなか言葉にならない。


初めての感情。初めての言葉。それは的外れなものかもしれないけれど、


答えなければ、伝えなければ、わからないから。









「……………愛情?」









おそるおそる顔をあげると、いつの間にか私と英士の距離は近づいていて。言葉と同時に温かい熱が私の唇に触れた。
驚いて声すら出せず、彼を見つめ返すことしかできなかった私の頭に静かに置かれた温かな手。









「よくできました。」









そう言って彼はいつもどおりの言葉で、けれど、いつもよりも優しく微笑んだ。





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