「あーあ。バカなことをしましたね。」
振り返った先にいたのは、一人の青年。
シンデレラは彼の顔に見覚えがありました。
大きな猫目とサラサラの髪。
舞踏会で出会った、物腰は穏やかなのに突き刺すような言葉の連続だった王子の従者です。
「貴方はあのときの・・・!なぜこんなところに・・・?」
「先ほどの王子たちと一緒です。俺の主が貴方と弟の様子を見てこいと。」
「そっか、第二王子と言ってたから・・・兄弟ってことですよね。」
「けれど、先ほどの貴方の様子では、こちらが何を言っても結婚する気はないようですね。」
どうやら先ほどの話はすべて聞かれていたようです。
シンデレラは返す言葉もなく、沈黙で肯定の返事を返します。
「・・・しかし、どうやらうちの王子は貴方を気に入っているようなんですよね。」
「え?」
「王子にあそこまではっきり物を言う女性はいませんでしたから。」
「・・・確か、舞踏会にいた女性たちから消去法で私が選ばれたんですよね。
王子は私が好きなのではなく、弟さんと同じで決められた結婚をしたくないということでは?」
「その通りです。」
「それならばお断りします。」
「けれどそれは・・・いろいろと困るんですよね。」
従者は考えを曲げようとする様子のないシンデレラを見つめて、
何かを考えるように視線を上に向けました。そして、
「そうだ、賭けをしませんか?」
「え?」
「貴方には城へ働きに来てもらう。けれどそれは后候補としてではなく、王子の世話係として。」
「世話係?」
「そこでお互いが人柄をよく見れるし、貴方の言う愛も育つかもしれないでしょう?」
「・・・なぜ私なんかが・・・?」
「王子はああ見えて人見知りで寂しがりやなんですよ。
だから、気に入る人間を探すのにも一苦労なんです。その点貴方は丁度いい。」
「・・・ずいぶん正直ですね。」
「貴方に嘘をついても仕方ないでしょう?」
穏やかなのに言いづらいことすらも淡々と続ける従者に、多少の驚きを覚えつつ、
シンデレラは自分がどの道を選択するべきなのか、考えを巡らせます。
「ちなみに選択肢はありません。」
「ないの?!賭けと言った意味は?」
「その場の雰囲気です。」
「あなた結構適当ですね?!」
選択肢すらないと言われ、うなだれるシンデレラ。
けれど、シンデレラは権力などないに等しい町人の娘です。
先ほどの弟王子たちが選択肢をくれたことこそ、特例だということもわかっています。
「・・・私がお城で働いて、王子を愛し王子も私を選んでくれたら・・・貴方の勝ちということですね?」
「いいえ。」
「そうか。結局私が幸せを掴めるのならば、従者様は負けということに?」
「・・・。」
「けれど、王子がはやく結婚することを願っているわけでしょう?
それなら負けということには・・・ああ、頭がこんがらがってきた。」
「俺の負けです。」
「え?」
従者の突然の言葉に、シンデレラは疑問の表情を浮かべ顔をあげます。
そこにはそれまでと変わらず、穏やかに笑顔を浮かべる従者の顔がありました。
「俺はあんな王子でも信念を持って遣えてきましたし、それなりに情も沸いているのです。
だから、一番に考えるべきはあの方の幸せ。」
「・・・は、はあ・・・」
「けれど、自分の幸せだって勿論考えます。
気に入った相手は欲しいとも思うし、それを抑える気もない。」
「従者様・・・?」
「そういう諸々の感情をふまえた結果、『負け』ですね。」
「い、意味がわかりません・・・!」
「いいですよ、そのうちわかるようになる。そんな気がします。」
「またその場の雰囲気で言ったんですか?もう!からかわないでください!」
「あはは、からかってなんかいないんだけどなあ。」
従者は楽しそうに笑うと、シンデレラに向けて手を差し出します。
シンデレラが少し迷ってその手をとると、従者はそのまま優しく彼女の手をひきました。
まるでお姫様にするような扱いに、シンデレラは緊張し体はかたくなっていきます。
「うーん。ダメですね。」
「な・・・何がですか?」
「手を握っただけでこんなに硬くなられては、あの人の傍には行けませんよ?」
「お世話係なんでしょう?それなら別に関係は・・・」
「教育が必要ですね。それから王子に会わせましょう。」
「人の話聞いてます?!」
この後シンデレラはお城で働くことになり、たくさんの出会いに恵まれます。
けれど、彼女の心を掴んで離さなかったのは、たった一人。
そして従者の『賭け』の勝敗はどうなったのか。
勝敗の意味がわからなかったシンデレラ。
最後には笑みを浮かべていた従者にしか、わかりません。
Fin
(笠井エンド)
お疲れ!頑張った俺らを褒めてくれたっていいんだぜ!
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