「上原上原!これあげる!」 「は?」 「心して食べるように!」 不器用な僕ら カラフルな包み紙に、赤いリボンのラッピング。偉そうな態度で渡された四角い箱。 帰り際にしかも走りながらそれを放り投げた彼女は、俺が受け取ったのを確認すると そのまま俺を通り過ぎ、前を歩いていた友達たちに合流した。 唖然としながらも、中身が何かは予想できていた。俺はその日を意識していなかったわけじゃない。 家に帰って包みを開けると思った通り、中には甘い匂いのするチョコレート。 クラスでその場にいるからってノリで適当に配られた10円チョコじゃない。 どう見ても、どこかの店で買ってきちんとラッピングされたものだ。 「・・・うまい。」 数個入っている丸いチョコの一つを口に含む。 また一つ、また一つと次々に食べていたらいつの間にか箱の中身は空。 しまった、調子に乗っていきなり食べ過ぎた。 バレンタインなんてくだらないと思いつつ、それでもやっぱりチョコをもらえるもらえないって結構気になるところで。 何もしなくたって大量にもらえる奴もいれば、俺みたいにどうみても義理ばっかりしかもらえない奴だっている。 机にいくつか並んだ麦チョコやマシュマロを見て隣の席のダチが、「俺たちは気にしないでいこうぜ!」とか言ってた。 けどお前、その笑顔が悲しすぎるぞ。なんて口には出さなかったけど。 そんな俺がもらった、ちゃんとしたバレンタインチョコ。 相手が好きな子であろうとなかろうと、顔がにやけてしまうのも、チョコを一気に食べつくしてしまうのも仕方のないことだろ? チョコを食べ終えて、俺は肝心なことを考えはじめた。 俺にこのチョコをくれた子について。 帰り際に走りながら、さらには放り投げるようにしてチョコをくれた彼女のことはよく知っている。 彼女、とは同じクラスで、席も近く女子の中では割と喋る方だからだ。 そう、割とよく喋る。まあ友達と言っても間違いはないだろう。 そんな俺にチョコをくれた。他の女子みたいな10円チョコじゃなく、ちゃんとしたものを・・・ 「・・・ん?」 チョコをもらえた嬉しさで一瞬忘れてたけど、このチョコってどういう意味なんだ? もしかして告白・・・の意味もこめてたり・・・?いやアイツのことだ、ただの豪華な友チョコなのかもしれない。 この場合、どうすればいいんだ?いや、そりゃホワイトデーに返せばいいんだろうけどさ。 でもただの友チョコだとして、ちゃんとしたお返しなんかしたらすっげえひかれそう。 ・・・飴玉ひとつでも返しときゃいいのかな? いや待てよ、まさかとは思うけどこれ本命だったらどうすんだ・・・? そりゃあと話すのは楽しいし、飽きないけど・・・そんな風に考えたことなかったんだよな。 いやだからちょっと待て。考え出してもこれ友チョコかもしれないし!義理かもしれないし! そんなことを一人でぐるぐる考えてたら、いつの間にか夕方になって チョコの包み紙を見た母親がたいそう喜んでた。さらに 「まー!あっちゃんチョコもらえたんだ、よかったねー!お母さんせっかくチョコ用意したのに!」って言われた。 くそう、いらねえよそんな同情チョコ。しかも母親から。俺がどれだけモテないと思ってんだよ! 「・・・なー。」 「んー?」 「お前、昨日チョコ「俺の前でその話はするな。もう昨日は終わってる、前を見ろ、未来を見ろ、輝かしい明日が待ってる!!」」 とりあえずは他の奴にもチョコを渡してるのかどうか。 それを確かめるために、俺と一緒にとよく話してる友達に聞いてみた。 俺がその質問をする前に答えはわかってしまったけれど。 ・・・はコイツには渡してない。 いや、でも仲のいい男子は他にもいそうだしなー。 「何難しい顔してんの、上原。」 「・・・え、いやちょっと困って・・・ってー?!」 「驚きすぎなんですけど!こっちがびっくりするわ!」 「お、お前が急に出てくるからだろ?!」 「やだ何この子、いきなり喧嘩売ってくるんですけど!」 昨日のことなど何もなかったかのように、俺に話しかける。 うーん。やっぱり深い意味なんてなかったのかなー。 やっぱり他の男子にもあげてるのかも。昨日みたいなノリで。 横でうなだれてる友達は・・・うん、可哀相だけど渡し忘れかなんかだろ。 「何、じっと見て。ちょっと誰かー!上原がセクハラしてきまーす!」 「ちょ、おい!!お前ふざけんな!」 「暴言はいてきまーす!」 「ー!!」 あーもうマジで全然変わってない。 もしも本命だったら、こんな態度・・・ないよなー。 もっとこう・・・恥らうっつーか、ギクシャクするっつーか、そんなんになるはずだ! うん、だから違うんだよな。俺がこんなに悩まなくてもいいわけだ!・・・あーあ。 ・・・あれ? 何だ今の、あーあ、って。 なしなし、今のなし!悩まなくていいってことで解決! ホワイトデーにはアイツみたいなノリで、飴玉でも渡せばいいや! もらったものに対して、小さすぎる気がしないでもないけど ここでお返し張り切りすぎて引かれるのもなんだし。無難にいっとこう無難に! 結局その後だって何か起こるわけもなく、変わらない日常が過ぎていった。 からのチョコに対する考えも変わらないまま、ホワイトデー当日。 俺は丁度家に置いてあったお菓子の袋を鞄に詰め込む。 「あっちゃーん!ちょっと待った!!」 「え?」 「ホラ!お母さん、昨日買っといたから!」 「・・・はあ?!」 嬉々としながら俺に差し出した小さな袋。 さらにその中には、白い巾着袋。これはもしかしなくとも・・・ 「いや、ちょ、ちょっと待って・・・」 「その子が好きでも好きじゃなくても、お返事くらいはしなさい! ていうかあっちゃんにチョコくれた子なんだから、お母さんからの気持ちとでも思って!」 いや、知らねえよ!母さんの気持ちとか関係ないから! だからどれだけ俺がモテないと思ってるの?!俺もそれなりに・・・いや、もうどうでもいいけど! チョコをくれたは義理のつもりなんだって! だからこんなお返しなんて重いと思うわけだよ俺は! 「だからさ、あのチョコって本命ってわけじゃ・・・」 「ぶつぶつ言わない!もらったものはきちんと返す!これ常識!」」 「ぐっ・・・」 母さんの言ってることは正しい。 義理とは言え、あれだけちゃんとしたものをもらったんだから、 それなりのものを返すのは当たり前なんだろう。 「よし!行ってらっしゃい!」 確かに飴玉で済ませようとしていた俺は、せこかったかもしれない。 でもなあ。どうせ返すんだったら、ギャグに走るとかいろいろ方法はあったのに。 なんだこの可愛い巾着袋。その中にはお菓子の詰め合わせみたいのが入ってるっぽいし なんか恥ずかしすぎるんだけど・・・! 「やったー!お返しもらったあー!!」 「キャー!おめでとー!」 教室は朝っぱらからホワイトデーで盛り上がってる。 カップルは朝からイチャイチャしてるし、片想いで告白したらしい女子が友達とお返しをもらったと騒いでる。 そんな中、やっぱりそんなイベント関係ないって奴らは自分の席でダラダラと過ごしてる。 まあ、今は俺もその中の一人なんだけど。 「くっだらねえなあー?上原ー。」 「・・・。」 隣でうなだれてる友達の言葉に耳を傾けながら、 俺は鞄の中に入っている袋をさあどうしようかと必死で考えていた。 「おはよ!」 そんな俺らの後ろから声がする。 やはり彼女はなんの変化もなく、いつも通りに自分の席に座った。 「も俺たちの仲間だなあ?」 「は?」 「俺たちは世間の流行に流されず、自分の道を歩いていこうな!」 「ごめん言ってることが全然わかんない。」 「お前もこの桃色オーラに惑わされてないんだなって話だよ!」 「あー。」 まさに核心をついた。俺が聞きたいことを聞いてくれた。 なのに、「あー。」って何だその適当な返事。俺にチョコくれたことも忘れてそうな覇気のなさ。 やっぱりあんなお返し、渡すべきじゃないのかも。 「男の子は大変だねー。強くなれよ!」 「・・・って別に俺は慰めが欲しいわけじゃねえー!」 「あはは!バカだなー!」 ・・・あー、本当にどうしよう。 巾着はともかく、やっぱり飴くらいは渡すべきだよな? でもマジでコイツ、チョコのことすら忘れてるんじゃねえ? だってさ、の性格だったら 『あ!そういえば上原にチョコ渡してたよね!お返しは?!』 とか聞いてきそうじゃん。あ、すっごいそう。それっぽい! ・・・むしろそう言ってきてくれよ。そしたら俺も渡しやすいのに。 仕方ねえなあとか言いながら、母さんの気持ちがこもった巾着袋やるのに。 たかがホワイトデー。くだらないお菓子会社の販売戦略の日。 なのに、俺は授業の内容も頭に入らず、いつ渡そう、あーどうしようとそんなことばっかり考えてた。 結局いつの間にか放課後だ。俺の鞄の中にはまだに渡すべきものが残ってる。 「バイバーイ!」 クラスの女子がに手を振る。 さっき、一緒に帰る子が委員会で学校に残るなんて話しているのを聞いた。つまりは一人で帰る。 ・・・よし、帰り道で渡そう。それこそ前のあいつと同じだし、帰り際にさっと渡してとっとと帰ればいいんだ。 俺は席を立って、彼女の後を追おうとして。そしてまた立ち止まる。 ・・・つーか昼間渡さなくて?帰りわざわざ一人になるのを待って? しかもこんなちゃんとしたお返し持って?これめちゃめちゃ本命だと思って返してると思われないか? ・・・どこの勘違い男だと思われそうなんだけど・・・! 「・・・あーもう・・・。」 小さな声で呟いた。 もういいや。だってアイツ何も言ってこないし、やっぱりチョコのことなんてすっかり忘れてるんだ。 今更こんなもの渡したところで・・・困るか、笑うか、引くか・・・どれかだろ? ・・・たく、何で俺こんなに悩んでたんだろう。母さんに押し付けられたからって、 絶対渡さなければならないわけでもないし。 「あれ?!、帰っちゃったか?!」 「お、おう今・・・」 こちらとは違う方で騒いでいたクラスメイト。 どうやらに何か用があったようだ。慌てて辺りを見回す。 「あー、せっかく飴でもやろうと思ってたのに。」 「飴?」 「アイツにチョコもらったからさー。それのお返し。」 何だ、ホラ見ろ。俺だけじゃなかった。 あんなに真剣に悩んでたのがバカみたいだ。 「まいっか。アイツもチロルチョコだったし。」 「・・・え?」 「何驚いてんだよ上原。さてはお前はにチョコもらえなかったとか? 別にいいじゃん気にすんな、アイツが配ってたのって10円チョコだぜ?」 「10円・・・?!」 「は毎年そうだからな。めっちゃ義理ってわかるよなー!」 毎年って・・・そんなの、知らない。 だって俺は今年初めてと同じクラスになって、席が近くなって仲良くなって。 あのチョコだって、気まぐれとかノリとかそんなものだって・・・そう思ってたのに。 「・・・!」 「わ、びっくりした!」 最初に考えてた、本命だったらどうしようとか、じゃあ何であの後あんなに普通だったのかとか そんな考えは頭からふっとんで、俺はを追いかけていた。 「あ、あのさ・・・!」 がすごい驚いた顔してる。 なんかもう頭がこんがらがってる。考えてた走りながらノリで渡してくっていうのはどうなったんだよ俺。 こんな呼び止め方したら、それこそ真剣にならざるを得なくなるじゃんかよ・・・! 毎年他の男子には10円チョコで、俺にだけ別のもの・・・なんて、勘違いかもしれない。 もしかしたら今年だけは、仲のいい他の男子数人に渡してるのかもしれない。 笑い飛ばされるかもしれない。何勘違いしてんだって言われるかもしれない。 だけど、 だけど、ずっと思っていたことがある。 たかがバレンタイデーにホワイトデー。 お菓子会社の経営戦略。 なのに俺は、お返しひとつでどうしてあんなに悩んでいたんだろう。 だっては友達で、そんなのノリでも何でもサラリと聞いてみればよかっただろう? ずっと悩んでいるよりも、そっちの方がずっとはやかったはずだ。 でも、聞けなかった。 俺は本当にチョコをもらえたことだけが、嬉しかったんだろうか。 「・・・これ。」 鞄の中から袋を取り出し、に突きつけた。 もっと何か渡し方も台詞があっただろうと自分を叱咤しても、時は既に遅し。 今の俺はそれが精一杯だった。 「・・・何だ、忘れてるのかと思ってた。もしくは・・・あえて無視とか。」 「・・・は?」 あれだけ悩みに悩んでいた俺に何を言うか、コイツ。 むしろ忘れてると思ったのは・・・ 「上原何の反応もなかったしさ。」 「なっ・・・それはお前だろ?!あんまり普通だから、俺こそお前が忘れてるのかと思ってたんだよ!」 「何それ!そんなこと忘れるわけないじゃん!私どこまでアホなのよ!」 「つーかいつものお前だったら、自分から聞いてきたりするだろ?チョ、チョコのこととかお返しとかさ! なのに、お前全っ然気にしてもないし、話もしないし・・・!」 「だ、だって・・・!」 もうこの際だ。思っていたことをぶちまけてしまおう。 そうだ、俺も悪いかもしれないけど、だって悪かったとこあるんだからな! 「上原、困った顔してたじゃん!ていうか困ったって言ってたじゃん!」 「え・・・?言ったっけ?」 「言ったよ!バレンタインの次の日!あれ、絶対に私のことでしょ?!」 「・・・あ!いや、違う!って、いや違わないけど違う!」 「・・・意味がわからないんですけど。」 俺も言ってて訳がわからなくなってきた。 でも違う。確かに悩んだし困ったけど、は何か勘違いをしてる。 「とにかくお前が思ってるようなことじゃないから!」 「・・・。」 「いつもみたくはっきり言ってくれればよかったじゃんかよ・・・。そしたら俺だって・・・」 が俯いて、無言になる。 あーもう俺こういうことに耐性なんてないんだよ。 こんな時はなんて言ったらいいんだ?! 「上原、一体私を何だと思ってるわけ?!」 「え・・・?」 「いくらこうやって上原と言い合っててもね、一応普通の女の子なんだよ私!」 「え、何・・・」 「好きな人にチョコあげるのに勇気はいるし、その反応を見て落ち込むことだってあるんだよ!」 怒ったように言葉を続ける彼女をただ呆然と見つめていた。 その言葉の意味を理解するのに必死で、頭の中で何度も何度も彼女の言葉を繰り返した。 「・・・上原の反応が怖くて・・・言えなかったの!」 顔を赤くして、怖がりながらも伝えてくれた。 そんな彼女の気持ちと自分の気持ちを重ねていた。 あのチョコの意味をずっと聞けなかった理由。 ずっと、ずっと悩んでいた理由。 チョコをもらえて嬉しかった。 チョコの意味を必死で考えて悩んだ。 本命だったらどうしようと思った。そんな風に考えたことなんて、なかったのに。 でも、 本命だったら、やっぱり嬉しいと思った。 だから、俺も怖かったんだ。 彼女の反応が。 彼女の本当の気持ちを知ることが。 「・・・チョコ、全部食べたからな。うまかった。」 「・・・それは、どーも。」 「で、お返し。」 「・・・どーも。」 「・・・気持ちつまってるから。俺と・・・母親の。」 「どーも・・・って母親?!」 ・・・しまった。照れ隠しにしても痛すぎた。 くそう、母さんが変なこと言うからだ・・・! 「あーいや、その・・・」 「・・・」 「あのー、えーと・・」 「・・・ふはっ、バカだね上原ー。」 「・・・それはお互い様だろ?」 俺の顔は真っ赤で、の顔も赤くて。 漫画やドラマみたいな愛の言葉なんて恥ずかしくて言えなかったけれど それでも、彼女はいつものように笑ってる。どうやら俺の気持ちも彼女に届いたようだ。 隣に並んで歩く彼女を見て俺も笑った。 彼女と俺の家の方向は違うけど 何だか嬉しすぎるから、今日は遠回りをして帰ろう。 TOP |