ちゃん!」

「ひゃあ!!」





私の名前を呼ぶと同時に、首にスルリと何かが絡まる感覚。
普段の自分とは程遠い、大きな声を出してしまったことに驚く。





「あー、もう俺、一日一回はちゃんの顔見ないとダメかもー。」

「・・・あ・・・ふ・・・ふじっ・・・」





肩に少しの重みと温かさ。耳にはその人の息がかかる。
心臓が飛び出してしまうんじゃないかってくらいにドキドキして、
うまく言葉が出てこない。





「ちがうちがーう。誠二先輩な?おっけー?」

「・・・せ・・・え、あの・・・」





人目も気にせずに、私を抱きしめるその人は藤代誠二先輩。
武蔵森中等部サッカー部エースであり、人気者で多くの人を惹きつける存在だ。

引っ込み思案で目立つことが苦手な私は、そんな藤代先輩のことがずっと苦手だった。
それでも、そんな風に思っていた先輩の良いところを知り、いつしか好きになって、
先輩も私を好きだとそう言ってくれた。すぐには信じられなかった、夢のような出来事。
心が温かくなって、本当に本当に嬉しかったことを覚えてる。





けれど。





「真っ赤になってるちゃんもかわいー!」

「きゃっ・・・!」





ここは私のクラス直前の廊下。
ただでさえ目立つ先輩が、女の子に抱きついているだなんて注目の的になることは当然で。
廊下を歩くクラスメイトたちの視線が、痛いくらいに向けられている。



私はその視線から逃れるように、顔を俯けていつものように助けを待った。
















好きと苦手の相対線
















「離れろ誠二。」

「うおっ!何する・・・って、タク!」

「朝っぱらから人の妹に何してるんだよ、バカ。」





藤代先輩に何も言うことができなくて、なすがままとなっているとき、
いつも助け舟を出してくれるのは、私の兄の笠井竹巳。
藤代先輩とは同い年で、同じサッカー部ということで仲もいい。

お兄ちゃんが藤代先輩に何をしたかは見えなかったけれど、
どうやら藤代先輩は蹴飛ばされたようで、地面に座り込んでお兄ちゃんを不満げに見上げていた。





「だって、ちゃんが可愛いから!俺、ちゃん好きだからさ!仕方ねーじゃん!」

「仕方なくない。可愛いから抱きつくって動物かお前は。
そんなことばっかりしてたら、一生妹に近づかせないよ?」

「うそ!それは勘弁して!タク兄さま!」

「兄さまとか呼ぶな、気持ち悪い。大丈夫?。」





藤代先輩を見下ろしていた冷たい視線から一転、
いつもの優しいお兄ちゃんに戻った。穏やかな笑みを浮かべて私に近づく。





「う・・・うん。」

「嫌なら嫌って言っていいんだからね?自分より年上だとか気にしなくていいんだから。」

「・・・あ・・・う・・・」





私はもう藤代先輩が苦手なわけじゃない。
自分の気持ちだって自覚してて、先輩のことを好きだってことも知ってる。
だから、先輩に触れられることは、びっくりするけれど嫌な訳じゃないんだ。





「嫌なわけねーじゃんバカタク!ちゃんは俺のこと好きだもんなー!」

「またお前は・・・よく恥ずかしげもなく言えるね・・・。」





私が藤代先輩を好きなことは本当。
だけど、





「・・・あ・・・あの・・・」

「ん?なになに?タクに見せ付けてやろーぜ!」

「・・・ご・・・ごめんなさいっ!!」





私は深くお辞儀をして、すぐさま自分の教室へと駆け込んだ。
藤代先輩も、お兄ちゃんの顔も見れなかったけれど、きっと呆れていたかもしれない。
どうしよう、それどころか藤代先輩は怒ってるかもしれない。

だって、あんなたくさんの人がいるなかで、誰かを好きだなんて言えない。
ましてやそれが、藤代先輩に向けてだなんて。
先輩はきっと言いなれていて、言われなれているのかもしれないけれど、
私はそれが恋愛でも友情だとしても、誰かに好きだと言ったのは、藤代先輩が初めてで。

好きだと言ってくれることは嬉しい。
けれど目立つことが苦手な私は、それによって他人の注目を浴びてしまうことが嫌なんだ。

自分の席に座って深呼吸をして、ようやく落ち着いて。
だけど、クラスメイトの視線が向いてる気がしてならない。顔があげられない。
あんな風に逃げ出して、藤代先輩に恥をかかせてしまって、自己嫌悪に陥る。
その繰り返し。後悔はするのに、変わることさえできない。そんな自分が情けなかった。


















ちゃーん!」

「藤代先輩・・・」

「一緒に弁当食べよ!弁当!」

「もう少し静かに誘いなよ、誠二。」





4時間目の授業が終わって、教室の廊下の窓から顔を出した藤代先輩。その後ろにはお兄ちゃん。
クラスメイトたちが驚いたようにその声の方へと視線を向けた。





「藤代先輩〜!笠井さんばっかり誘わないで私たちも誘ってくださいよ〜!」

「んー、また今度!」





藤代先輩が私をお昼に誘ってくれるのは、これで数度目だ。
お互い学年も違うし、付き合いもあるから、毎日一緒というわけにはいかない。





「いいなあ、笠井さん!」

「ねえねえ、今度私たちのことも誘ってくれるように言ってみて!」

「・・・あ・・・」





私が言ったところで何か変わる、というわけでもないのだろうけれど。
そんなことを頼まれると気が重い・・・と思うのも私の性格のせいだろう。





「行こう、ちゃん。」

「は、はい。」





クラスメイトたちに注目を浴びたまま、満面の笑みを浮かべる藤代先輩と、
小さくため息をつくお兄ちゃんと一緒に私は教室を後にした。
















「・・・あの、藤代先輩。」

「何?」

「今朝・・・恥をかかせてしまって・・・ごめんなさい。」

「今朝?なんだっけ?」

「ああ、誠二がにふられたみたいになってたね。いい気味。」

「いい気味?!ちょっとタク、何それ!あー、でもそれか。今まで忘れてた!」





・・・忘れてた?!さすが藤代先輩というかなんというか・・・。
私だったら誰かにあんな風に言われて取り残されたら、恥ずかしくて一日は気にしてしまいそうなのに・・・。
だけど怒ってないみたいだ。よかった。





「あー、でも悪いと思ってるなら、今言ってもらおうかなー。」

「・・・え?」

「俺のこと好き?」

「・・・えっ・・・!あ、あのっ・・・」





怒ってなかったのはよかったけれど、突然の言葉にうまく反応を返せない。
今いる場所には、私たちの存在を気にしているような人たちもいない。
こんなときくらい・・・ちゃんと言葉にしなきゃダメだよね・・・!





「・・・あ、あの・・・」

「ん?」

「わ、わたしっ・・・」

「・・・。」





きっと今、自分の顔は真っ赤になっているだろうと思いながら、ふと顔をあげる。
するとそこには、笑いながら私を見る藤代先輩と、真顔で凝視しているお兄ちゃん。
・・・って、何でそこで真顔なのお兄ちゃん?!
よく考えたらお兄ちゃんの前で誰かを好きっていうのって、すごく恥ずかしいんだけど・・・!





「・・・あの、お、お兄ちゃん・・・?」

「何?いいよ、俺のことは気にしないで。」





てっきりまた藤代先輩を止めるのかと思ったら、予想外な言葉。
お兄ちゃんは私の気持ちも、藤代先輩の気持ちも知ってる。
私からちゃんと話したことはないけれど、藤代先輩から聞いたって言っていた。
だけど、今のお兄ちゃんは何か怒ってる?わ、私は一体どうしたらいいんだろう。








「あ!いたいた!おーい藤代!ちょっと来てくれよー!








何を答えたらいいのか迷っているうちに、少し遠くから藤代先輩を呼ぶ声。
どうやら先輩のクラスメイトのようだ。





「えー、今いいところなのに!」

「お前が借りたままのノートのせいで困ってる奴が大勢いるんだよ!」

「ロッカーから勝手に持ってきゃいーじゃん。」

「お前のあのロッカーから探し出すのも一苦労なの!」

「あーもー仕方ないなあ!ちょっと行ってくるわ。ごめんな二人とも!」





そう言うと立ち上がり、あっという間に駆け出していってしまった。
また気持ちを言葉にする機会を逃してしまった。
けれど、今の状態じゃ言わなくなってよかったのかも・・・。そう思って、私は安堵のため息をついた。





。」

「何?お兄ちゃん。」

は誠二のことが好きなの?」

「・・・っ・・・?!」





まさかさっきの質問が続くとは思わなくて、私は驚きつつお兄ちゃんを見た。
お兄ちゃんに冗談の雰囲気はなくて、むしろすごく真剣な顔つきだ。





「・・・な、なんで?」

「誠二が嬉々としながら話してたけど・・・あいつが暴走してるだけで、は違うのかと思って。」

「そんなことないよ!」





咄嗟に出た否定の言葉にお兄ちゃんの顔が険しくなる。
考えるように少し俯いてから、もう一度顔をあげる。





「・・・俺は心配だよ、のこと。」

「え?」

の好きになる人に文句を言う気はない。
そりゃちょっと寂しいけど、そこまで俺が介入することじゃないから。」

「・・・お兄ちゃん・・・。」

「だけど、誠二は別。」

「・・・?」

「俺はの性格も、誠二の性格も知ってるから。
の気持ちを知ってから、誠二、さらに周りを気にしなくなったよね?」

「!」

「公衆の面前で抱きつかれて、好きだって言われて、注目を浴びて。、それに耐えられる?
皆の前で誠二が好きかって聞かれて、それに答えられる?」





やっぱりお兄ちゃんは私が何も言わなくても、私のことを知ってくれてる。
私が思っていたこと、不安に感じていたことを見抜いてしまう。





「周りも今は誠二とが付き合ってるって思ってはいないみたいだけど、そのうちすぐにわかることだ。
そうなったら今よりもっと注目を浴びる。誠二のファンにからまれることだってあるかもしれない。」

「・・・。」

「誠二にとっては何でもないことが、にとってはすごく大きなことだってあるよね?
そういうの、誠二が気づいてを気遣えるって俺は思えない。」

「・・・それは・・・」

「誠二とは根本的な考え方が違うから。誠二にはそれがわからない。」





お兄ちゃんの言葉が頭に響いて、胸を締め付けた。
それは私自身もわかっていたこと。気づかないようにして、けれど頭の隅から消えなかった考え。
皆の人気者でいつだって何かの中心でいる藤代先輩。
多くの人の中で、目立つことのないように端に隠れているような私。
そんな自分だったから、藤代先輩を苦手に思い、避けるようなことだってしていた。
元々性格も環境も正反対の私たち。そのズレは、先輩と過ごす時間が増えるほどに感じていたんだ。





「不安にさせるようなことばかり言ってごめん。だけど、俺はが傷つくのも泣くのも見たくない。」





藤代先輩は温かくて優しくて、周りを元気にするような明るさを持っていて。
性格は正反対でも、苦手とそう思い込んでいても、私は先輩のことを好きになった。

私を抱きしめてくれることも、好きだと言ってくれることも。
いつも笑顔で話しかけてきてくれることも、本当に嬉しくて、心が温かくなる。
だけど、それで注目を浴びることが負担になっていたことも本当で。
藤代先輩目当てに話しかけてくる人も、嫌味を言われる回数も増えて、胸が痛くて。



藤代先輩が好き。
だけど、先輩の言葉に慌てて、うまく言葉が出なくて逃げ出して。
こんなんじゃ、きっといつか藤代先輩にだって愛想をつかされてしまう。



好きっていう気持ちだけじゃうまくいかない。





一体どうしたらいいんだろう。






















「ねえねえ、笠井さん。」

「・・・な、何?」

「まさかとは思うけどさあ、藤代先輩と付き合ってはいないよねえ?」





一人でぐるぐると考えて、なのに、どうしてこんなにタイミングが悪いんだろう。
クラスメイトの女の子たちに取り囲まれて、今悩んでいることを聞かれてしまうなんて。





「・・・あ・・・あの・・・」

「笠井先輩の妹だから可愛がられてることは知ってたけどさあ、最近ちょっと近づきすぎかなあって。」





近づきすぎだなんて、どうしてそんな風に言うんだろう。
確かに私は目立たないし地味だし、自分の言いたいことさえ言葉にできないくらいに情けないけれど、
それでも先輩のことが好きで、近づきたいと思った。もっといろんなことを知りたいって、そう思った。





「ねえ、はっきり言ってよ。」





本当なら、はっきり言うべきなのかもしれない。
藤代先輩が好きだって、そう思うのならなおさら。


でも・・・だけど・・・





「周りも今は誠二とが付き合ってるって思ってはいないみたいだけど、そのうちすぐにわかることだ。
そうなったら今よりもっと注目を浴びる。誠二のファンにからまれることだってあるかもしれない。」





「・・・っ・・・」

「笠井さん?」

「何してんの?そんなとこで。」





私が答える前に、突然聞こえた声によって私たちの会話は中断される。
驚いて顔をあげると、そこには笑顔を浮かべた藤代先輩がいた。





「ふ・・・藤代先輩・・・。
あ、あの!先輩と笠井さんが最近仲いいから、何か特別な関係なのかなって・・・気になって!」

「それでちゃん取り囲んでんの?そんな怖い顔してちゃん怖がってんじゃんー!」

「べ、別に怖い顔なんてしてませんー!」

「そりゃあ、俺がちゃん大好きだからね!仲良くもなるっしょ!」

「!」

「だ、大好きって・・・それは・・・」

「え?好き以外に何があんの?」

「・・・えーと・・・あの・・・やっぱりいいです!」





クラスメイトたちが、ばつが悪そうにその場から駆け去っていった。
その場には私と藤代先輩が取り残される。





ちゃん、今日はもう帰る?今日は部活ないし、
駅に用事あるから誘おうと思って来たんだけど。」

「あ、は、はい!」





藤代先輩は何事もなかったかのように、笑顔で声をかけた。
私は帰り支度をしながらも、先ほどのやり取りが先輩に聞かれていたんじゃないかと不安に駆られる。
先輩と付き合ってるかって聞かれて、私は迷ってしまった。即答できなかった。

それに、さっき先輩は、こう言った。





「そりゃあ、俺がちゃん大好きだからね!仲良くもなるっしょ!」





それまで自信を持って、私が先輩のことを好きだってそう言っていたのに。
先ほどの言葉は・・・藤代先輩だけが私を好きだってそう言っているように聞こえた。
付き合ってるってことだって、あえてごまかして伝えたように思える。
先輩なら、何も気にせずに宣言してしまうかと思ったのに。


















「この間さ、新作のゲームが発売してたんだよな〜!でも発売日は試合あって行けなくて。」





駅までの短い道のりを藤代先輩と並んで歩く。





「あ、俺ね、すっげー強いから!サッカーだけじゃなくて、ゲームの方も連勝記録更新中だから!





先輩はいつもどおりに笑って、いつもどおりに口数の少ない私の分まで話してくれる。





「今度ちゃんにも教えてあげるからさ!あ、ゲームとかするんだっけ?
まーしたことなくても、ものは試しだよな〜!」





でも、わかる。





「藤代先輩。」





私は人の気持ちに鈍感で、口下手で、気の利いた言葉だって言えないけれど。





「ん?」





先輩の笑顔は明るくて優しくて温かくて。見てるこっちまで幸せな気持ちにしてくれる。
たくさん、たくさん見てきたの。何度も救われたの。





「さっき・・・付き合ってるって、言えなくてごめんなさい。」





だから、今浮かべてるその笑顔が、いつもと違うものだってこともわかるよ。





「あ・・・うん、まあでも俺がちゃんのこと大好きなのはわかってもらえたみたいだし!」





違う。違うんです。私も、私だって先輩のことが大好きで。
だけど、いろんなことに迷って、怖くて、悩んで、どうしたらいいのかわからなくなって。





「誠二とは根本的な考え方が違うから。誠二にはそれがわからない。」





私と藤代先輩は考え方が違う。だから悩むことだって全然違う。
お互いに理解できない部分だってたくさんあるんだろう。
でも、違うからこそ、私が何を思って気持ちを言葉に出来なかったのかが、先輩にはわからない。

私は言葉にしていない。
考え方が違うから、私が怖がるものなんて藤代先輩はきっと怖くないから。
そんな否定的な考えばかりを持って、結局私は何も伝えていなかった。

私は今まで誰かに頼ってばかりだった。
人見知りが激しくて、内向的で、口下手で。
いつだって受身で、先に行動する誰かにまかせっきりで。
お兄ちゃんがそんな私を不安に思うのだって当然だ。



藤代先輩が、不安に思うのだって当然だ。










「わ・・・わたし・・・す、すきです・・・!」











何も言わなければ、わからない。
何も言わずに、伝わるわけがない。









「先輩だけじゃないんです・・・」

ちゃん?」

「わ、私も・・・私だって、大好きなんですっ!」

「・・・うえ?えええ?!」









ちゃんと伝えなきゃ、不安ばかりが募っていく。
藤代先輩なら大丈夫だなんて、そんなことあるわけがないから。




こんな怖がってる理由、藤代先輩に言ってもきっと疑問にしか思わない。
なんでそんなことで悩むんだろうって、そう思われてしまうかもしれない。

それでも言葉にしなきゃ、伝わらない。

口下手でもいい。うまく説明できなくったっていい。
それでもきっと、先輩はちゃんと聞いてくれるから。

























「ええー!なんで好きなのに抱きついちゃだめなの?!
ていうか、好きなんだからそう言えばいいんじゃないの?!」

「だ、だから、その・・・それはそうなんですけど・・・」

「だろ?!」





根本的に考え方が違うのは、変えようの無い事実で、
私の悩みを先輩に伝えるのには思ってた以上に困難なものだった。





「でも、あの・・・私は目立つことが苦手・・・って、それは知ってますよね?」

「ああ、そういやそうだよな。」

「あんな人がたくさんいるところじゃ、注目の的じゃないですか。」

「俺的には気にならないけどなー。」

「わ、私は気になるんです!」





どうしよう、結局伝わらなくて、今までと何も変わらなかったら。
そうしたら私、本当に耐えられないかもしれない。
毎日注目を浴びる生活だなんて、ストレス以外の何者でもない。





「先輩と付き合ってるって知れたら、目立つのは確実で・・・だから、さっきも・・・言えなくて・・・」

「えー、最初は騒がれるかもしれないけど、後は適当に流れていくんじゃない?」

「流れていきません!」

「えー、ちゃんは心配性だなー。」

「先輩が楽観的なんですー!」





確かに心配しすぎてる部分はあるかもしれないけど、でも目立つのは絶対のはず。
大体藤代先輩は自分がどれだけ目立つ存在なのかを自覚してないんだ・・・!





「・・・ふははっ!」

「な・・・何笑ってるんですか・・・?」

「ごめんごめん、嬉しくて。」

「う、嬉しい・・・?!」

「もっと、何でも言ってよ。たくさん話してよ。」

「・・・え・・・?」

ちゃん、前に俺のこと、もっと知りたいって言ってくれたじゃん?」

「・・・は、はい・・・」

「俺もちゃんのこと、もっと知りたい。ちゃんの考えてること、知りたい。」





思えば私はいつも藤代先輩に頼りっきりで、自分から話をふったこともなければ、
饒舌に何かを話せたこともなかった気がする。
こうして先輩に怒ったり呆れながら話をすることだって・・・。





「正直、ちゃんが悩んでる理由はいまいちわかんないんだけどさ。」

「・・・。」

「だけど、ちゃんが嫌だって言うなら俺だって考えるし。」

「・・・先輩・・・。」

「とりあえず、ちゃんが俺のこと大好きっていうのもわかったし!」

「・・・っ・・・!」





先輩がいたずらめいた笑みを浮かべて、私の顔を覗き込む。
私の真っ赤になった顔を見て、今度は声を出して笑った。





「でも、ちゃんが俺の彼女だってこと、宣言したいと思ってるからね俺は!」

「・・・え・・・?!」

「あったりまえじゃん。こんな可愛い子、自慢したくなるに決まってるっしょ!」

「な・・・なに・・・」

「ちゃんと考えるよ?我慢もしようとは思う。だけど、我慢できなくなったらごめんな!!」

「・・・!」





何も言えずに驚いた表情のまま固まってしまった。
先輩はそんな私を見て、軽く頭を撫でてから、いたずらめいた笑みを浮かべた。

そんな状況だというのになぜか、先ほどよりもずっと私の心は晴れていた。
思っていたこと、理解はされなくても、ちゃんと藤代先輩に伝えられたからだろうか。








先輩と私は性格も全然違って、お互い思っていることだって違う。
わからないことも、不安だってまだ残ってる。
だけど、ちゃんと言葉にすれば、きっと何かが伝わる。
全部は伝わらなくても、少しずつだって、何かひとつだっていい。
大切な気持ちが伝われば、不安だって晴れるから。



諦めてばかりだった。受身でばかりいた。だけど、勇気をだしてよかった。
行動しなきゃって、言葉にしなきゃって、そう思わせてくれる人が傍にいてくれてよかった。

そうだ、お兄ちゃんにもちゃんと伝えなきゃ。
きっとまだまだ心配はかけてしまうけど、不安も残してしまうだろうけれど。

思うだけじゃなくて、ちゃんと言葉にして。
不安を抱えるだけじゃなくて、ちゃんと行動して。
お兄ちゃんも、藤代先輩も、少しずつでも安心させてあげられたらいいな。





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そろそろ恒例と言ってもいい気がしてきました、藤代と笠井くん妹の年賀夢でした。
彼らは前回のお話で両思いとなったわけですが、二人の性格を見るとこれからどうなるかなあ、なんて思っていまして。
今回は二人に(特にヒロインに)好きという気持ち以外にも、ちゃんと向き合ってもらいました。

ヒロインは基本的に受身な性格なので、たぶん苦労するだろうなあと思いながら書いていたら、
そのとおりになってましたねー。ということで、そこからヒロインのちょっとした心境の変化なんかを書いてみました。
笠井くんは意地悪なわけではなくて、ヒロインの性格を知っているからこその助言です。
問題に一回はぶつかっておかないと、お互いが我慢するだけになってしまうだろうとか考えてるんじゃないかと。
妹をかっさらわれて悔しいという気持ちも勿論あるでしょうけど(笑)

ヒロインはこれからも藤代に振り回されるとは思いますが、頑張ってくれるかと。
周りから応援されるような二人になっていければいいなあと思います。


それでは、今年も
crystalをよろしくお願い致します。

2010.01.01 春名 友
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