「ちゃーん!!」 遠くから聞こえた、聞き覚えのある声。 まさかこんなところにとは思いつつ、私は歩いていた足を止める。 「うおーい!!」 だんだん近づいてくる声。道を歩いている人たちが次々と振り返る。 「こんなところで会うなんて偶然!何してんのー?!」 予想もしていなかった人の登場に、私はびっくりしてポカンとした表情のまま、 満面の笑みを浮かべる彼を見つめた。 好きと苦手の交差線 「へー、図書館?やっぱ本好きなんだなちゃんは!」 学校がお休みの日曜日。 私は以前から通っている図書館に、目当ての本が入荷されると聞いてそこへ向かっている途中だった。 家からバスで数十分かかる場所なのだけれど、そこにはたくさんの種類の本が置いてあるので私はよくそこを利用している。 以前借りた本を鞄に入れて、新しい本を借りにいく。私にとってはいつもの日曜日。 ・・・の、はずだった。 「あ、あの・・・藤代先輩は何でここに?」 「え?ああ、ちゃんに会いに?」 「う、え、ええ?!」 「なーんて冗談。会えたのは嬉しかったけど!こっちの方に友達がいるんだ。」 「あ、そ、そうなんですか・・・。」 先ほど道路をはさんだ距離から私の名前を呼び、いきなり大注目を浴びていた彼は藤代誠二先輩。 私の通う武蔵森学園の1つ上の先輩で強豪サッカー部のエース。そして兄の友達でもある。 すごく明るくて人気があって、いつも注目の的にいるような人。 休みの日に図書館で一人静かに過ごす私とは正反対の位置にいるような人だ。 毎日を静かに過ごしたい。注目されるよりも大勢の中に埋もれていたいと思う私は 正直言って藤代先輩が苦手だった。 兄とのつながりで藤代先輩とは何度も話したこともあるし、家にも来たこともあるけれど 私は未だに藤代先輩の言葉にまともな返答をすることができないでいる。 ううん、今は前よりももっと苦手になってしまったかもしれない。 だって、先輩にこうして出会っただけですごく緊張してる自分がいる。 話しかける言葉も出てこなくて、目もあわせられない。 「じゃあ私は図書館に行くのでこれで・・・」 「え?もう行くの?折角だからちゃんも俺の友達とかと一緒に遊ばない?」 「め、滅相もないです・・・!」 私は人一倍人見知りが激しく、初対面の人とは大抵うまく話せない。 特に男の人で私が安心して話せるのは、お父さんとお兄ちゃんくらいのものだろう。 だけど、最近思うのは藤代先輩にたいしてのこの苦手意識はまた別のものなんじゃないのかって。 そんなことをよく考えるようになったけれど、本人に会ってみないとわからない気がして。 でもこうして藤代先輩を目の前にしてしまうと頭が真っ白になって、何も考えられなくなってしまう。 「マジでー?せっかくちゃんと会えたのにな!」 「・・・えっと・・・」 「うん、わーかってるって。知らない男たちのとこ連れてかれても怖いよな〜。」 「・・・あ・・・」 「じゃあまた学校でね!」 藤代先輩が素敵な人なのは知ってる。 明るくて、優しくて、温かくて。だからこそあんなにたくさんの人から愛される。 それがわかっているのに、どうして私はまともに話すことができないんだろう。 藤代先輩と別れて図書館に向かい、目的の本を借りた。 時間もあったので、そのまま図書館で別の本を読みながら時間を過ごす。 静かな空間。穏やかな空気。やっぱり私はこういう場所が落ち着くなあと改めて思う。 先ほどまでモヤモヤしていた感情が少しずつ和らいでいくみたいだ。 「みーつけた。」 「・・・。」 「ちゃん?」 「・・・わ、わあ!藤代・・・先輩っ・・・!!」 あまりにも驚きすぎて、大きな声を出してしまった自分にも驚いた。 近くにいた高校生くらいの男の人が眉間に皺をよせてこちらを見ていて、 私は慌てて口を抑えた。出してしまった声はもう止めようがなかったけれど。 「ごめん、驚かせた?」 「い、いえ・・・。」 図書館に着いてから数時間。もうこんなに経っていたんだ。 読み始めると周りが見えなくなる癖、直さなきゃ。・・・って今はそういうことじゃなくて。 「藤代先輩も・・・本、借りるんですか?」 「いや、俺は本読んでると眠くなるからさー。」 「じゃあ・・・なんで・・・」 「用事、終わったからさ。ちゃんがいたらいいなーって思って。そしたら本当にいた。」 「!」 心臓が飛び跳ねる。ドキドキして何も考えられなくなる。 そんな状態なのに、浮かんできたのはちょっと前に、先輩に言われた言葉とか、 抱きしめられたときの温かさ。何で今、そんなことが浮かんでくるの・・・?余計に冷静になれなくなってしまう。 「でも私・・・もう帰らないと。」 「送るよ。」 「だ、大丈夫です。方向も違うし・・・。」 ドキドキしすぎて、苦しくなって。なのに自分の熱はあがっていって。 何て言っていいのかわからなくなる。先輩といると最近はいつもこう。 「じゃあバス停まで。それならいいよね?」 それでもいつも先輩は笑ってくれる。こんな私に笑いかけてくれる。 その笑顔がすごく優しいのに、私はその表情を見るたびになんだか切なくなるんだ。 バス停までの道を藤代先輩と並んで歩く。 いつもそうだけれど、私には何か話題を出すなんてことはできなくて、話しかけてくれるのはいつも藤代先輩だ。 藤代先輩の声が聞こえる。だけどその声にさえも私はドキドキしていて、まともな返答ができない。 こんなに素敵な人なのに、優しい人なのに、ちゃんと返せない自分が情けない。 「タクは今日は家に帰ってないの?」 「あ・・・はい。やっぱり寮にいるし、そんな頻繁には・・・」 「俺だったら毎日でも会いたくなると思うけどなー。」 「え、あ、あの・・・」 「あ、ちゃん限定ね?別に俺は兄ちゃんとかと毎日会ってたいってわけじゃないよ?」 『先輩にもお兄さんがいるんですか?』 『他にも兄妹はいるんですか?』 『寮ではどんな風に過ごしてるんですか?』 『どうしてそんなに・・・私に優しくしてくれるんですか?』 聞きたいことはたくさんあるのに、言葉にならない。 そしてそのまま、私たちは最寄のバス停に到着する。 「ここでいいんだっけ?」 「は、はい。ありがとうございました。」 「・・・じゃああとはバスが来るまで・・・」 「だ、大丈夫です!」 「え?」 「あ、す、すぐ来ると思いますし・・・!」 「・・・。」 いつも私の言葉に何か返してくれる、先輩の言葉が聞こえなかった。 それまでまともに見れなかった先輩の顔を見ようと、少しずつ視線を上にあげていく。 「・・・!」 そこには先輩の笑った顔。 だけど、それは、 困ったような悲しそうな笑顔。 「・・・先輩・・・?」 「・・・あのさ、ちゃん。」 「は、はい。」 「俺のこと、嫌い?」 「え・・・?」 先輩の悲しそうな表情に、言葉に、何を返したらいいのかわからなかった。 ただ、胸がしめつけられるように痛くて苦しかった。 「最近俺の顔見て話してくれなくなったなーって思って。」 「そ、それは・・・」 先輩と話すと、一緒にいると、すごく苦しくなる。 顔を見てしまうと、心臓の鼓動がすごくすごくはやくなる。 理由はわからなくて、考えようとしても答えにはたどり着かなくて。 「・・・俺、前もちゃん怒らせたしさ。何かあるなら言ってほしい。」 そうだ、私は前にも先輩にこんな表情をさせてしまったことがある。 それまで何も言えなかったくせに、先輩の優しさを受け入れることもできず、ただ怒鳴ってしまった。 私はいつも心の中にためて、それを伝えない。ちゃんと言葉にしないとわからないことだってあると知っているのに。 「・・・違うんです。」 「え?」 「先輩を嫌いなんてこと・・・ないんです。」 答えはわからない。 だからそれを伝えてどうなるのか、すごくすごく不安だけど。 「私・・・元々目立つことが好きじゃなくて。だから・・・いつも皆の中心にいる藤代先輩は・・・ その、苦手だって、そう思ってました。」 「!」 「だけど、最近はそういうのじゃなくて・・・先輩と一緒にいると・・・すごく、ドキドキしてて。 頭が真っ白になって、何を話したらいいのか、どう接したらいいのかわからなくなるんです。」 うまく説明できてないかもしれない。何言ってるんだって、笑われるかもしれない。 「理由がわからなくて不安で・・・ドキドキして苦しくなって・・・だから、先輩の顔が見れなくて・・・」 それでも、この優しい人に、いつでも笑っていてほしいから。 悲しい顔なんて、させたくないから。 「うまく説明できてな・・・っわ・・・!」 私が言葉を終える前に、私に向けて伸ばされた大きな手。 びっくりして目をつぶると、頭にフワリと優しい感触がした。 おそるおそる視線を上にあげると、藤代先輩が笑っていた。 今度はいつものように明るくて優しい、楽しそうな笑顔で。 「うーん。そんなにちゃんを苦しめてる俺は、傍に来ないほうがいい?」 「そ、そんなことないです・・・!」 「じゃあ、傍にいてもいい?」 「・・・!」 「あ、でも俺が苦手なんだっけ?」 人気者の先輩。皆の中心で、周りには人が絶えない。 私の苦手な騒がしさの中にいつも囲まれている人。 だけど、きっと。 先輩が話してくれなくなったら、寂しい。 離れていってしまったら、悲しい。 「・・・苦手・・・です。」 「・・・そっか。」 「でも・・・もっと、一緒にいたいです。」 「!」 「もっと・・・いろんなこと、知りたいです。」 苦手なのに一緒にいたいだなんて。 うまく話ができないのに、彼を知りたいだなんて。 言ってることがめちゃくちゃだ。 だけど、藤代先輩はそんな私の言葉にも。 「うん、俺も。」 こっちまで温かくなるような、笑顔をくれる。 「やっぱり俺、ちゃん家まで送っていこーっと!」 「ええ?!だ、だから大丈夫ですってば・・・!」 「えー、俺と一緒にいたいっていったのに?」 「あ・・・」 「ね?だから何の問題もないじゃん?」 何も返せなくなった私の背中を押して、やってきたバスに藤代先輩も一緒に乗り込んだ。 一番後ろの席で並んで座って、近すぎるその距離に私の心臓は今にも爆発してしまいそう。 「俺といるとドキドキする理由、教えてあげよっか?」 「・・・え・・・?」 「ちなみに俺も結構ちゃんと同じ感じになってるけど。」 「ええ?!」 私が驚いた声をあげると、藤代先輩は楽しそうに笑う。 「俺のこと嫌い?」 「だ、だから嫌いなんかじゃないって・・・」 「じゃあ、好き?」 「!」 好き・・・? 先輩のことは苦手と思うことはあっても嫌いじゃない。 嫌いどころか、明るくて優しくて温かい人だって、そう思って・・・ 傍にいるだけで、声を聞くだけで、その顔を見るだけで、心臓が飛び跳ねそうになる。 そう思うのに近づきたいと思う。 一緒にいたいって、思う。 それってつまり。 「・・・っ・・・!!」 「ふはっ、ちゃん顔真っ赤!」 その言葉を意識して、自分の熱が一気にあがったのがわかった。 「ありがとう。」 藤代先輩が笑って私の頭を撫でながら、一言だけそう呟いた。 どうしてお礼を言われるのか、混乱した頭ではわからなくて。 それでも、少し考えてようやくその言葉の意味に気づいて。 言葉にしなくちゃ伝わらないと思っていたのに、こんなにも簡単に伝わってしまうこともあるんだ。 今までの苦しさも、切なさの意味も、原因は溢れ出してしまっていたこの気持ち。 「俺も好き。」 耳元で囁かれたその言葉の意味を理解するのに時間がかかって。 空に浮かんでいるような、フワフワとした気持ち。 そっと触れられた左手が優しくて、心地良い。 私は自然とその温かな手を握り返して。 先輩の笑顔に応えるように、小さく笑った。 TOP ---------------------------------------------------------------------------------- と、いうわけで1日遅れですが、元旦がお誕生日な藤代くんの年賀夢でした。 今年の年賀夢も藤代くん。自分でもびっくりです(笑) そしてやっぱり今更ですが、続きものなので前作を読んだ方がわかりやすいです。 お兄ちゃん(笠井)が出てないので、ようやく藤代独壇場です。 ということで、ついに両思いまできました・・・!長かった! まあ話の内容上はそんなに長い期間ではないんですけども。 ヒロインはすごく鈍い気がしますが、気づいたら恋だったっていうパターンは有りかなあと 二人にはこういうゆっくりとした恋愛で進んでいってもらいました。 しかし両思いになったとはいえ、二人ともこれからいろんな意味で大変そうですけどね!がんばって!(ひとごと) それでは今年もcrystalをよろしくお願い致します。 2009.01.02 春名 友 ----------------------------------------------------------------------------------
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