「おーい!ちゃーん!」 4時間目の体育を終えて、昼休み開始のチャイムが鳴る。 そしてそれと同時に頭上から聞こえてきた声。 「体育?お疲れー!」 私が反応する前に騒ぎ出した周りのクラスメイトと黄色い声援。 「そうだ、一緒に弁当食べないー?!」 お兄ちゃんの友達で、明るくて優しくてノリのいい皆のアイドル。 少しずつ、ほんの少しずつ話すことが増えてきた我が武蔵森学園サッカー部のエース。 そんな人にお昼に誘われたら、いやおうなく突き刺さるたくさんの視線。 しかも先輩、自分の教室の窓なんかから叫ぶから、クラスメイト以外の人にも見られてるし・・・。 皆に好かれる、笑顔が素敵な先輩。でも私、やっぱり。 やっぱり、この人が苦手だ・・・! 好きと苦手の変更線 「コラ誠二。そんなところから叫ぶなよ。が困ってるだろ?」 「だってタク、ちゃん見つけたからさー!」 「見つけたから、じゃないよ。いいよ、気にしないで戻って。」 「う、うん・・・。」 藤代先輩の横から、救いの声が聞こえる。 その優しい、穏やかな声はやっぱりお兄ちゃん。 藤代先輩ほどの人気はないけれど、それでもお兄ちゃんの姿が見えるとまた声援があがった。 「ちゃーん!また今度一緒に遊ぼうね!」 「・・・え、あ・・・。」 「これも気にしなくていいから。」 藤代先輩のよく通る声。私はまともな返事は何一つできず、その場を後にした。 2階にあるお兄ちゃんたちの教室に届くように声を出すのはやっぱり恥ずかしかったし 藤代先輩のあんな台詞に返事を返すなんてなおさらできない。お兄ちゃんの言葉はすごく助かった。 今年のお正月、私は藤代先輩の魅力を再認識して。 苦手なだけだと思っていた藤代先輩。けれど、それだけではなかったと気づいた。 だからと言って、藤代先輩が私の苦手とする騒がしさの中心にいることはかわりなくて。 私は未だに先輩とうまく喋れることはない。 それなのに、何度も何度も私を気遣ってくれる先輩。 ノリがいいとか、騒がしいとかだけじゃなくて、本当に優しい人なんだと思う。 けれど、先輩に話しかけられると私の気苦労が増えることも事実だったりして。 苦手意識もあるし、周りの目や声を気にしすぎている自分が悪いのもわかっているけど。 ・・・もう少し静かな場所でなら、ちょっとはまともに話せるのかなあ。 「。」 「お兄ちゃん。」 放課後、お兄ちゃんが私のクラスへとやってくる。 また起こった小さな歓声。お兄ちゃんはそんな歓声は全く気にせず私の名前を呼んだ。 「今週の土曜日さ、家に帰るから。」 「そうなんだ・・・。じゃあお母さんに言っておくね。」 「、顔がにやけてる。」 「え・・・!そんなことないよ・・・!でもお兄ちゃんが帰ってくるの久しぶりだから・・・嬉しい。」 「あはは、ありがと。」 文武両道の武蔵森サッカー部で厳しい練習をしているお兄ちゃん。 寮に入っていて土日は練習。同じ学校といっても学年が違うからなかなか会えない。 私は男の人は苦手だけど、お兄ちゃんだけはすごく安心できて、まともに話もできる。 恥ずかしい台詞だって、素直に言えてしまう。 「タクずっりいー!俺もちゃんに言われたい!」 「きゃあ!」 「誠二!」 私たちを驚かそうとしたんだろうか。突然真横から現れた藤代先輩に思わず声をあげる。 お兄ちゃんも驚いたように目を見開いていた。 「あのさーちゃん。俺、お願いがあるんだけど。」 「え・・・?」 「ちょっと誠二!」 「今週の土曜さ、俺もタクんち遊びにいっていい?」 「・・・え、ええ・・・?!」 予想外のその言葉に、私はまた声をあげてしまう。 お兄ちゃんが帰ってくるのは嬉しい。そしてそこに藤代先輩も・・・? ていうか、何で私に許可を取るんだろう。 「タクがさー、ちゃんの迷惑になるから来るなって言うんだよね。」 「・・・ええ・・・?」 「誠二はうるさいんだよ。どうせうちに来ても騒ぐだろうし。 大体自分の家にでも戻ればいいだろ?」 「ホラ!ひどいよねタクってば!俺はタクと遊びたいのー!! そんでちゃんとも遊びたいのー!」 「ええっ・・・」 もう私さっきから、「ええ」って言葉しか出てない。 だってそれしか言えない。藤代先輩がまたうちに来るって・・・。 私とも遊びたいだなんて、お兄ちゃんのついでだってことはわかってても心臓は反応してしまう。 お正月、先輩に抱きしめられたときのことを思い出してしまった。 「と、いうわけでちゃんの許可が出ればオールオッケー!」 「勝手に決めるなよお前・・・。」 「どう?ちゃん。」 「・・・。」 お兄ちゃんが呆れたようにため息をつく。 藤代先輩はキラキラした目で私を見つめる。 え?これって私が決めるの? 「、気を遣わなくていいから。」 「・・・ちゃん・・・。」 お兄ちゃんの冷静な声と、藤代先輩の子犬のような目。 ええ、私にどうしろって言うの・・・? というか気づかなかったけど、クラスの皆がこっちを見てるような気がするんだけど・・・! 当たり前だ、ここに武蔵森サッカー部の人気者の2人がいるんだから。 って、今はもうそれどころじゃなくて。ああ、どうしようどうしよう。 別に藤代先輩が遊びに来たって問題はない。だけど、嘘でも私と遊びたいって言ってて。 家に遊びに来てもしもその台詞を言われたら断れない。私が遊びに来ていいって言ったことになるんだもん。 じゃあそっか、私が外に遊びに行けば・・・。でも久しぶりに帰ってくるお兄ちゃんと話したい・・・。 余計な考えがぐるぐる浮かんでくる。目の前の2人は何故か私の言葉を待ってるのに。あーもうっ・・・ 「わ、私は別に迷惑じゃないので・・・お兄ちゃんがよくて、藤代先輩が来たいのなら・・・」 「俺は断「マジでー!やったあー!!じゃあ遊びに行くから!な!いいよなタク!!」」 「・・・はあ。」 私の言葉もお兄ちゃんの言葉も遮って、藤代先輩が飛び上がるように喜んだ。 友達の家に遊びに来るだけだっていうのに、本当に賑やかな人だなあ・・・。 そしてその藤代先輩につられるように、私のクラスでも歓声があがった。 ええ?何でこんなことくらいで・・・。藤代先輩はやっぱりすごい人だ。 「じゃあ、俺たち部活行くから。」 「よっしゃー!超やる気出た!じゃあねちゃん!」 「あ、は、はい・・・。」 「そうだ!それと!!」 「?」 歩き出したと思ったら、勢いよく振り返って私を見る。 ビシッと指をこちらに向けて、 「藤代先輩じゃなくて、誠二先輩!」 「・・・っ・・・!」 その言葉を聞いてかたまってしまった私を見て、爽やかに笑うと 隣にいたお兄ちゃんに叩かれて、引きずられるようにグラウンドへと向かっていった。 お正月は藤代先輩の誕生日でもあって。 今年のお正月、私の家に来たとき思わず言ってしまったお祝いに、藤代先輩が答えた言葉。 「これからは誠二って呼んで。それがプレゼント!」 その場だけはそう呼ぶことが出来たけれど、それを続けていくことなんてできなくて。 だってそんなの、どれだけ注目を浴びることか。藤代先輩を名前で呼ぶ人なんてごくごく少数なのに。 今までの呼び方に戻っても先輩は何も言わなかったから、やっぱりあの場だけのノリだったんだって思ってたのに・・・。 「笠井さん、何今のー。すっごい羨ましいんですけど!」 「・・・え・・・。」 「まあ藤代先輩も笠井先輩も優しいもんねー。いいなー身内ってだけで何もしなくても構ってもらえて!」 うちのクラスでいつもサッカー部が大好きだと騒いでいる子。 私とは違って明るいし、綺麗だし、ノリだっていい。 大勢の中に埋もれていたいと思う、引っ込み思案な私とは正反対のような子だ。 嫌味ともとれるその台詞。けれど私は何か言葉を返そうとも思わなかった。 彼女の言ってることは本当のこと。 「まああんなの、藤代先輩だったら誰にでも言うからいいけどね!」 わかってる。そんなこと、言われなくてもわかってる。 なのに、その言葉に私の胸はズキリと痛んだ。 藤代先輩はノリがよくて、明るくて、優しい。 私に構うのだって、お兄ちゃんの妹だから。気を遣ってくれてるから。 わかっていたことなのに、わかっていたはずなのに。おかしい・・・。 この痛みは一体何なんだろう。 「?」 「?何、お母さん。」 土曜日がやってきて、言っていた通りに藤代先輩はお兄ちゃんと一緒にうちにやってきた。 やっぱり一緒に遊ぼうと誘われはしたんだけれど、宿題があるからと断った。 お兄ちゃんが私の心を読んでくれたんだろうか。駄々をこねていた藤代先輩を引っ張って自分の部屋へと入っていった。 お兄ちゃんとは話したかったし、藤代先輩と話してみたいと思う気持ちがなかったわけじゃない。 だけど、私がいて楽しい雰囲気を悪くしても嫌だし、何より臆病なこの性格はなかなか治ってくれない。 そうして一人部屋にいるとドアをノックする音が聞こえ、お母さんの声がした。 「さっきお茶持っていったらね、藤代くんが寂しがってたわよ。」 「・・・え・・・?」 「ちゃんが俺と遊んでくれないんですーって、もう子犬みたいで可哀想で!」 本当に藤代先輩は誰でも虜にしてしまうなあ・・・。 お母さんまで藤代先輩好きになってる。 「少しくらい顔出してあげなさいよ、。」 「ええ?だって・・・私・・・」 「だってじゃないの!あんないい子に悲しそうな表情させない!」 「・・・う・・・。」 お母さんの言葉は間違っていない。 私は逆らえるはずもなく、お母さんが出しそびれたお菓子を持ってお兄ちゃんの部屋に向かった。 「・・・え?ちゃん?」 扉をノックしようとすると、突然聞こえてきた私の名前。 ・・・え?何? 「今日来たのってが目当てなのかな、と思って。」 「えー?タクと遊びたかったって言ってんじゃーん!」 「うわ、すっごい嘘っぽい。母さんまで使っといて。」 「いやいやいや、別に使ってないから!」 ・・・お兄ちゃんてば何てことを言ってるんだろう。 藤代先輩が私を目的にするわけなんてないのに。 何がどうしてそんな考えになっちゃったのかな・・・。 でもとりあえず、この会話が終わるまでは入りづらくなっちゃったなあ。 「に必要以上に構うくせに。」 「だってタクの妹だよ?構わないわけがないじゃん。」 あれ? 私、どうしたんだろう・・・。 「まあ藤代先輩も笠井先輩も優しいもんねー。いいなー身内ってだけで何もしなくても構ってもらえて!」 こんなの別に、わかっていたことでしょ? 「じゃあを狙ってるとかそういうことじゃないんだ?」 「おう!あったりまえ!」 「よくもまあそんな堂々と・・・」 藤代先輩は明るくて優しくて皆の人気者。 私は暗いし静かすぎるしクラスの中で埋もれてる存在。 お兄ちゃんがいなければ、私なんて先輩の視界にさえ入ってなかった。 「竹巳ー!電話きてるわよー!」 「わかった、今・・・って?!」 「わ、あ、あの・・・これっ・・・」 二人の話に夢中になって、電話の音も聞こえなかったのかな私。 お母さんの突然の声にお兄ちゃんが部屋から出てきて、隠れることすら出来なかった。 「、まだ持っていってなかったの?ちゃんと渡して!竹巳は電話、はやくでなさい。」 「あ・・・うん、わかった。」 私を気遣う目をしながら、お母さんにせかされて お兄ちゃんは電話のある1階へと降りていった。 そしてそこに残されたのは・・・ 「お菓子の追加?ありがと、ちゃん。」 「・・・は、はい・・・。」 何も喋ることもできず、私は静かにお盆を渡した。話すことも何も浮かんでこない。 周りに誰もいなければ、静かな場所でなら先輩ともちゃんと話せるかななんて思ってた自分が恥ずかしくなった。 「・・・もしかしてさ、さっきの話聞いてた?」 「!」 「やば・・・聞かれてたかあ!」 おもわず思いっきり反応してしまった私に、藤代先輩が困った表情を見せた。 別に何も困る話なんてしてないはず・・・。そうか、私が傷つくと思ったのかな。 「わ、わたし・・・別に気にしてないですよ・・・?」 「え?」 「藤代先輩が私をきにかけてくれるのは・・・お兄ちゃんの妹だからだって・・・わかってますし・・・。 そんな私なんかに何か感情があるとか・・・そんな自意識過剰なこと、もともと思ってませんから。」 わかっていたこと。なのに、胸の痛みはどんどん大きくなっていく。 おかしいよ。だって私、藤代先輩のこと苦手なんだもん。 先輩が大勢の人たちの前で私に話しかけることに困っていたもん。 なのに、何でこんなに胸が痛くなるの? 「ちゃん!」 「は、はいっ・・・?」 藤代先輩に肩を掴まれて、体が強張る。 突然の声とまっすぐな瞳。思わず顔をあげて先輩の顔を凝視してしまう。 「俺、すっごいショックなんだけど。」 「え?」 「俺ってそんな軽そうに見える?」 「・・・ええ?」 「まあ見えるのか・・・見えるんだろうなあ・・・。」 先輩の言ってることも、言いたいこともわからない。 何でそんなに落ち込んだ表情をしてるの? 「友達の妹ってだけで、あんなに構うわけないじゃん。」 「・・・。」 「わざわざタクにくっついて教室まで行ったりさ、窓から大声だしたりさ。」 「え、」 「名前で呼んで、なんて言ったりもしないし。」 「え、だ、だって・・・」 私が何かを言い終える前に、温かな腕に包まれる。 「こんなことだってしないよ。」 お正月、先輩と話したあの日がまたやってきたようで。 私を包む大きな体、温かな体温、聞こえる胸の鼓動。 飛び出しそうな、私の心臓。 「言葉にしないとわからない?」 え?何?何なの? だ、だってさっき藤代先輩は私にそういう感情はないって。 はっきりそう言ってたのに。訳がわからないよ。 でも、何故かさっきまであった胸の痛みが消えてる。 何なんだろうこの感覚。 私、藤代先輩が苦手なはずなのに。 うまく話せることさえできないのに。 訳がわからないのに、それでも。 先輩の温かさが、何だか心地良い。 「俺ね、ちゃんが・・・「ごめんね、お菓子ありがとう!」」 勢いよく突然開かれたドアに、ボーっと考えていた思考が遮られて。 我に返って見つめた先にはお兄ちゃんがいた。 声をかける間もなく、腕を引っ張られてその場から立たされる。 「もう誠二は帰るんだっけ?ああ残念だな本当残念。だけど仕方ないよねじゃあね。」 「え、ええ?!いや俺まだまだいるつも「じゃあねー?」」 もう何が起こっているんだかついていけなかったけれど、 半ば無理矢理に藤代先輩が部屋から押し出されていく。 「あー!もう!マジ?!やっぱり最大の敵はお前かー!バカタクー!!」 「俺に嘘が通じると思ったの?バカ誠二。」 階段を下りながら、お兄ちゃんと先輩が何か言い合ってるのが聞こえた。 話の内容はよくわからなかったけれど。 「ちゃん!また遊びに来るからさ!」 「もう来なくていいよ。」 「タクには言ってなーい!」 「くそう、じゃあね!マジでまた遊びに来るよ!」 何でか藤代先輩を追い出そうとするお兄ちゃんと、必死で抵抗してる藤代先輩。 私は唖然としながらも、その光景が何だか微笑ましく思えてしまった。 「・・・はい。」 小さく、返事を返した。 藤代先輩とお兄ちゃんが驚いた顔でこっちを見てる。 私、何か変なこと言ったかな・・・? 「ちゃん、その笑顔最高!可愛い!」 「・・・。」 ・・・私、今笑ってた・・・?あれ、何で? そっか、お兄ちゃんと藤代先輩が何だか可愛く見えてしまったからだ。 年上の二人にそんなこと思うなんて失礼かな。 さっきまでの胸の痛みはもう消えていた。 かわりに、未だドキドキと打つ胸の鼓動。 私とは正反対の、明るくて優しくて皆の人気者の藤代先輩。 私が苦手なはずの藤代先輩。 クラスメイトの言葉に、藤代先輩のわかりきっていた言葉に胸の痛みを感じた理由。 藤代先輩の言葉と、温かな安心感。 考えれば考えるたび、心臓の鼓動がはやくなっていく。 ダメだ、うまく考えられない。 このドキドキがおさまった頃に、もう1回考えてみよう。 先輩に感じた、たくさんの感情の意味を。 TOP ----------------------------------------------------------------------------------
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