BGM【月の在る場所】 by
ONE's

ああ、また銃声が聞こえる。





大人たちの作った理不尽であまりにも残酷な法律、BR法。
たった一人になるまで殺しあうゲームなのだと、いつもは気の弱い担任は笑いながら言った。





思いっきり楽しむつもりだった修学旅行。





悪夢は、始まってしまった。


















僕の未来を君へ捧ぐ

















「た、助けてくれよ!なあ・・・なあっ、俺たち友達だろぉ!!」

「うん、でも悪い。俺、自分の方が大切だから。」





パァン!





自分の支給武器が銃だったのは幸いだった。
こんな場所に突然放り込まれて、慌て混乱するクラスメイトたち。
もしかしたら一番はやく覚悟を決めたのは俺だったかもしれない。





「藤代くん!助けっ・・・ねえ、どうしたのその銃・・・!ま、まさかだよね?!」

「そのまさか。俺、帰りたいんだよねー。」





パンッ!





帰って、はやくサッカーしなきゃ。
帰って、タクと練習して、三上先輩からかって、渋沢先輩と勝負して。
このチームで、武蔵森で全国優勝して、そのまま高等部入って、プロになる。
そして、世界のもっともっと強い奴らと戦うんだ。





だから、俺はさ。





こんなところで死ぬわけにはいかないんだ。


















ガサッ







前方の茂みから何かが動く音が聞こえた。
俺は銃を構えて、その人影を見据える。





「藤代くん・・・。」





驚いたように俺を見たのは、クラスでも目立たない女子。
いつも教室の端で限られた友達とだけ話すような、そんなタイプの子だ。





「よっす、。」





俺はこれまでもそうしていたように、彼女に向けてニッコリと笑顔を向けた。そして、










「俺の為に、死んで。」











他の奴らにもそうしていたように、自分勝手な台詞をはく。
みんな一瞬呆然として、けれどすぐに我に返って助けを求めるんだ。
それでも俺は引き金を引き、その言葉を、声を、ことごとく無視してきた。

驚いたように目を見開いて俺を見る彼女。けれど。









「いいよ。」









その先は他の奴らとあまりにも違う反応。
引き金に触れた手を思わず止めてしまった。

それは予想外な返事が返ってきたからってだけじゃなかった。





目の前の彼女が、穏やかに微笑んでいたからだ。








「それはどーも。・・・じゃあな。」









だからと言って、俺はこの手を止める気なんてなかった。
自分が生き残るために、また帰ってサッカーするために。
俺は何人もの言葉を無視して、彼らを殺してきたんだ。

今更、よく知りもしない彼女が何を言ったところでこの決意を、覚悟を止めるなんてことあるわけがなかった。
引き金をひく指に力を入れた。





「・・・藤代くん!右!ふせて!!」

「え?!」





彼女の言葉にすぐに従ったのは、彼女があまりに必死な顔をしていたから。
そしてたしかに右側から何かの気配を感じたから。

俺がその場に伏せるとすぐに、俺の右からボウガンの矢が飛んできた。
もし俺がそのままそこに立っていたら、俺の頭にはあの矢がつき刺さっていただろう。





「くそっ!ざけんな!」





パァン!!





ボウガンを打ってきた奴に向けて、銃を放つ。
銃弾は頭に命中し、そいつは地面へとゆっくり倒れていった。



けれど、それで終わりではなかった。
俺がふせた場所。そこは運悪く崖の端だった。
銃を撃った反動で体勢を崩した俺は、そこから転がり落ちそうになるのを必死でこらえる。
こんなところから落ちたら、それこそどんなケガすんだよ。いや、ケガどころじゃすまないことだって・・・。
ああもう、くそっ!!落ちるっ・・・





「藤代くん!」





そんな俺の体を支えたのは、またしても予想外な相手。
小さな体で、弱い力で必死に俺の体を引っ張りあげる。
俺はその力も借りながら、後は自力でそこから這い上がった。





「・・・何で?」

「何が?」

「何で助けたの?そんなことしたって、俺はを殺すよ。」

「知ってるよ。」

「じゃあ何で?」

「藤代くんに生きてほしいから。」

「・・・は?」





とはクラスが一緒だったけど、話したことなんてほとんどない。
多分付き合う友達だって全然違うタイプだ。接点なんて全然ない。なのに、何で?意味がわからない。





「藤代くんは生きたいんだよね?」

「・・・そうだけど。」

「私は・・・無理して生きようとは思ってない。
誰かを殺すことも無理。そうしてまで生き残って、戻ってやりたいことなんてないんだ。」

「・・・。」

「だけど藤代くんはそうまでして叶えたいことがあるんでしょう?
どうせ無くなってしまう命なら、そういう人のために使いたいって思う。」

「・・・全く理解できないんだけど。」

「はは、そうかも。私も自分で何言ってんだって思ってきた。」





こんな真っ暗な場所で、こんなにもくだらない残酷なゲームに巻き込まれて。
皆必死の形相で、混乱しながらそれでも、生にしがみつこうとしているのに。
彼女は、彼女だけは普段の姿と変わらないように見えた。





「・・・いてっ!」

「・・・凄まじくすりむいてるよ、藤代くん。見てて痛い・・・。ちょっと待ってて。」





支給された鞄からゴソゴソと何かを取り出した。
赤い十字が見える箱。彼女の支給武器は救急セットか。





「待った。」

「何?」

「こんなところで手当なんてしてたらそれこそ格好の的じゃん。」

「あ、そっか。」

「肩かして。あっちに小屋がある。俺、そこ拠点にしてるから。
罠もはってあるから、簡単には入ってこれないはずだし。」

「・・・それは、私も行っていいのかな?」

、生き残る気はないんだろ?」

「うん。」

「じゃあ手当て係で生かしとく。」

「あは、手当て係か。」

「笑うとこじゃないし!」





手当てなんて自分でだってできた。
救急セットだって、今ここでを殺して奪えばそれでよかったんだ。

一緒に過ごしてきたクラスメイトたちとの毎日も、友情も、思い出も捨てて。
この殺し合いに乗ると決めた俺にも、ほんの少しの良心でも残っていたのだろうか。
ボウガンで失うかもしれなかった命を救われたことに、少しの感謝もあったのかもしれない。

それが気まぐれであっても、俺はほとんど話したこともない彼女と過ごすことを選んだ。
どうせ最後には殺してしまうのに。きっと、足手まといになればすぐに見捨てる。
けれど彼女はそれらも全てを見透かしていたかのように、穏やかに笑っていた。





















「いてっ・・・!マジで痛いんだけど!!もう少しなんとかできないのかよ!」

「しょうがないじゃない。だってこれ、骨見えそうだよ。」

「そういうグロいことを平気で言うなよ。見た目に反する奴だよなー。」

「だって私、医者の娘だもん。これくらい見慣れてるよ。」

「ええ?!マジで?!」





気を抜けばすぐに誰かがやってきて殺される。
そんな状況なのに、俺たちはまるでいつもの教室にいるかのようにずっと話を続けてた。





「じゃあ家を継ぐとか、そういうのはなかったのか?」

「うん、うちは兄がいるから。」

「ふーん。」





今まで話したことのなかったは、意外と話しやすい奴だった。
いつもクラスの端で目立たないから大人しい性格なのだと思っていたが、そういうわけでもないようだ。





「私、夢ってないんだよね。」

「は?」

「これからどうしたいとか、将来何になりたいとか。皆意外とそういうの持っててさ。
ちょっと焦ったこともある。今考えるとおかしいよね、中学生で焦るとかって。」





さすが医者の娘だというように的確に。
ガーゼでしっかりと傷口をおさえ、その上から包帯を巻きつける。

その作業をしながらも、は話を続けた。





「でも、もしちゃんとした夢を持ってたら・・・今の私はどう動いてたんだろうな。」

「・・・。」

「藤代くんと戦って、多分・・・っていうか絶対負けて、死んじゃってたよね。」

「うん。俺が絶対勝つね。」

「だよね。だから実は今の状況は結構いいものなんじゃないかと。」

「いいものって・・・!この状況をいいとか言えるってどれだけポジティブなんだよ。」

「だって皆の憧れの藤代くんと二人っきりだよ?これはおいしいよね。」

「・・・もーしかしてー。、俺のこと好きだったりする?」

「さあ?その辺は秘密ってことにしとこっかな。その方がいろいろ想像できて楽しいでしょ?」

「別に楽しくないし!」





なぜだろう。
このゲームが終わるまでには殺してしまう相手なのに。
心は捨ててこの殺し合いに乗ろうと決めたのに。
といると、何故かこの状況を忘れてしまいそうになる。

おかしいよな。学校じゃ全然話さないような奴だったのに。





「藤代くん、多分その傷だと熱出るよ。
私が見張ってるから痛み止めと解熱剤飲んで寝たほうがいいよ。」

「は?が見張り?頼りなさすぎて寝れないんだけど。」

「大丈夫、これでも勘はいい方なんだから。さっきのボウガンにも気づいたでしょ?」

「・・・。」

「私もここまで来たら藤代くんに優勝してほしいし、誰か来たらすぐに起こすよ。
むざむざと藤代くんを殺させるようなこと、絶対にさせない。」





なぜだろう。
まっすぐに俺の目を見て笑うは、決して嘘なんてつかないと思ってしまった。
話したこともなくて、信頼関係だって全然ない。そんな奴の前で眠ってしまうことが
どれだけ危険なことなのかも知っていた。

確かにこの傷が原因で熱は出てきていたのかもしれない。
少しだけ頭がボーっとしていて。だからかもしれない。
に差し出された薬を口に含んだ。そして、彼女の言われるままに眠りについた。

まるで、自殺行為のようなその行動。
きっとこの時だけはサッカーのことなんて頭から無くなっていて。
がそっと俺の髪に触れて、それを心地いいと感じた。



この腐ったゲームの中で、唯一の安らぎであったかのようだった。





























『皆、おはよう!随分頑張ってるな!では早速脱落者を・・・』





あんなに気の弱かった担任の、ムカつくほどに誇らしげな声で目が覚めた。
くそ、最悪の目覚め方だ。あんな奴の・・・





「うわっ!」





担任の声?しかも今おはようとかって言わなかったか?!





「藤代くんおはよう。」





俺の声にずっと窓の外を見張っていたらしいが振り向いた。
俺が張った罠の場所を教えると、それには穴があるとが言った場所。
戦略や難しいことを考えるのが苦手な俺には助かる言葉だった。
医者の娘というだけあって、はなかなか頭がいいらしい。





・・・一晩中起きてたのか?!」

「まあ徹夜くらいしたことあるし、どってことないよ。」

「マジで?俺徹夜なんかしたら次の日倒れ・・・って違うし!」





先ほどの担任の言葉は嘘でも冗談でもなく。
窓から差し込む光は、夜が明けたことを告げている。
どうってことないって、ただの徹夜じゃないだろ?
神経を張り詰めて、一時も気が許せない状況で。それが何でもないわけないのに。

それ以前にこの状況で、ここまで眠りこけていた自分に驚きだ。
昨日まではあんなに緊張して、それこそ一睡もしていないのに。





「夜の放送と今の分、メモっておいた。残り、5人だって。この周りはまだ禁止エリアになってないよ。」





このクラスには俺以外にも乗っている奴がかなりいるようだ。
こうして俺が何もしなくても、かなりの数の人間がいなくなってる。
俺と、と、あと3人。

残っている奴の名前を聞いて、どうするかと考えて。
けれど何も浮かばない。そいつらを殺しにいくことすら。





「さっき食べ物見つけたんだ。乾パンだけど食べようよ。お腹すいたでしょう?」





俺がそいつらの話をするたびに、これからのことを話すたびに
が悲しそうに、それでも笑う。





彼女は何も夢がないと言った。



だから夢がある俺に、生きてほしいと言った。



俺の為に、死んでもいいのだと言った。





俺だってそのつもりなんだ。
最初から、ずっと。俺は絶対生き残る。最後の一人になる。
そのためには残る3人も、目の前のも全て殺す。殺さなければ、ならない。





「・・・どうする?」

「・・・え・・・?」

「今日が・・・最後の日だよ。」





はわかってる。
最初から俺の思っていたことも。をどうする気だったのかも。
それでもは俺を助け、俺の手当をして、この張り詰めた状態で夜中見張りを続けていた。





は・・・なんでそこまですんの?」

「・・・。」

「別に俺と仲良くなんてなかったじゃん。ボウガンに気づかないフリだってできた。
崖から突き落とすことだってできた。眠りこけてた俺を殺すことだってできた。なのに、何でそこまでしてくれんの?」

「あ、本当だ。私、結構優位にいたんだね。」

「そうだよ、つーか何で俺なの?」





俺と二人でいることを結構いいものだとそう言った、
昨日のの言葉がどういう意味を持っていたのかなんてわからない。

本当に俺のことが好きで、だから助けてくれたとしても
俺はに何もしてない。ここまでされる理由がわからない。





「笑わない?」

「・・・うん。」





俺が頷くと、はまた静かに笑みを浮かべて
俺の目をまっすぐに見つめた。





「私、藤代くんに・・・憧れてたんだ。」

「・・・憧れ・・・?」

「藤代くんがサッカー頑張ってるところも、いつも自信満々なところも、
プロになることが当然って夢を追いかけてるところも、全部見てたんだ。」

「・・・。」

「昨日話したじゃない?私には夢がなかったって。それで焦ってたって。」

「うん。」

「それだけじゃなくて、夢中になれるものも、自分に対する自信もなかった。」





いつも教室の端で目立たないように、数人の友達とだけ話してた。
だから彼女を大人しいと思っていたし、こんなに話す子だなんて意外だなと思った。





「だから、憧れてた。そうだな、藤代くんになりたかったのかもしれないなあ。」

「・・・は、何、それ・・・。」

「だから笑わないでって言ったじゃない。そうなの、なれるわけない。
私は藤代くんと違って、何の努力もしてきてなかったもの。」





俺が気にもしていなかった子が、こんなにも俺を見ていて。
人に見られることなんて慣れていたのに、こうも正直に言われると何て言っていいのか言葉に困る。





「このゲームが始まって・・・最初に思ったのは藤代くんだった。」

「!」

「一緒にいた友達の誰でもなくて、藤代くんなんだよ?ひどすぎるよね私。」

「・・・。」

「でも、私の中には藤代くんがいた。一番生きてほしいと思ったのは貴方だった。
私の持ってなかったもの、たくさん持ってた貴方に生きて、夢を叶えてほしいと思ったの。」

「俺と・・・話したこともなかったのに?」

「本当にね。・・・何でだろうなあ。藤代くんってどうしてか応援したくなる。」

「こんな・・・こんな馬鹿げたゲームなのに?」

「だから、こんな馬鹿げたゲームで死んでしまうなんて、夢が絶たれるのなんて嫌でしょ?
きっと・・・皆そうなんだろうけど。」





何を言われたって、どんなに恨まれたって俺は俺の決心を、覚悟を貫き通すつもりだった。
俺の夢を、また仲間たちとサッカーをするために。それが崩れることなんて、ないと思ってた。

なのに、なのに、俺だけじゃなく皆が持っていた未来。
の言葉に胸が締め付けられるようだった。
俺だけじゃない、皆だけじゃない。にだって、たくさんの可能性があって。
俺に憧れるだけじゃなくて、きっとだったら・・・自分の未来を見つけられた。





「・・・今日まで生かしてくれてありがとう、藤代くん。これ以上は私、足手まといになるだけだよ。」

「・・・っ・・・」







ガラン、ガラン、ガランッ!!







「なっ・・・!!」

「外の罠だ・・・誰か来たんだ!」







くそ、何で今・・・!
ここに来て、こんな場所に放り込まれて、きっと初めて自分に迷いが生まれていた。
今まで話したことなんてない、クラスメイトの言葉。
たった数時間しか一緒にいなかった、のまっすぐな言葉は俺を惑わせた。

逃げる経路はしっかりと考えていたはずだったのに、俺は一瞬そこから逃げることを戸惑った。
その一瞬が、このゲームでは命取りになることも知っていたはずだったのに。





「・・・っ・・・!!」

「藤代くんっ!!」





小屋に向かって外から放たれたボウガンが、俺の肩をかすめた。
けれど致命傷じゃない、大丈夫、逃げれるとそう思った。





「とりあえずここから出るぞ、っ!」

「・・・待って、そっちはダメ!藤代くん!!」








「大丈夫、これでも勘はいい方なんだから。さっきのボウガンにも気づいたでしょ?」








俺は何て、バカだったんだろう。浅はかだったんだろう。
こんなんじゃ覚悟決めても、一人じゃ生き残れなかった。









パァンッ・・・!!










銃声が、響いた。








俺の目の前で、銃弾を浴びて、








その光景はまるでスローモーションのようにゆっくりと、ゆっくりと流れていく。











ーーーーー!!!」











俺は一瞬でその銃弾の飛んできた場所を探し、そこに人影があるのを確認する。
腰につけていた銃を素早く手にとった。
もう何度も撃ってきた銃。何人もの命を奪ってきた、黒い塊。

普段の俺の表情とは全く違った剣幕に驚いたのかもしれない。
そいつは逃げ出そうとすぐにこちらに背中を向けた。





俺はもう戸惑うことすらなく、おそらく今までの中で一番冷酷な表情で、引き金を引いた。






もう一人、ボウガンを打ってきた奴がいるはずと警戒してそちらを向くと木にくくりつけられたボウガンがひとつ。
そして俺はようやく理解する。敵は一人だった。
罠にも気づいていて、それをわざと鳴らした。そして警戒したところで、木に仕掛けておいたボウガンを放ったんだ。

油断したところで俺たちを一網打尽にするつもりだったんだろう。
頭は切れるが臆病で、俺に見つかるとすぐに逃げ出そうとした。





「・・・ふ・・・じ・・・」

「っ!!」





俺はすぐにの側に駆け寄って。
俺へと伸ばされた小さな手を握る。





「・・・ね?勘はいい方だって・・・言ったでしょう?」

「そんな、そんなこと言ってる場合じゃないだろ?!くそっ・・・早く手当て・・・!」

「・・・藤代くん・・・ゴホッ・・・動転、してる・・・?」

「してるよ!しないわけないだろ?!」

「・・・生き残れるのは一人だよ・・・?」





必死での血を止めようとして、救急セットをあさる自分の手が止まった。





「いいじゃない。私・・・最初に殺されてるはずだったんだし・・・。
私も藤代くんが生き残るなら・・・本望だし・・・ね・・・。」





痛いはずなのに、苦しいはずなのに。
それでもなお笑って、動転する俺の気を静めようとしてる。

くそ、憧れって何だよ・・・!俺はお前に何もしてやれていないのに。何で、何でお前がそこまで・・・!





「・・・夢、叶えてね・・・?」

「・・・っ・・・。」





こんなにも望んでくれてる。
ただのクラスメイトが、あの時殺していたはずの存在が
たった数時間でこんなにも、こんなにも失いたくないものになるだなんて、思いもしなかった。





「・・・いやだ・・・。」

「・・・藤代・・・くん・・・?」

「嫌だ・・・!逝くな・・・!逝くなよっ・・・!!」





何言ってんだよ、俺は。
たった一人しか生き残れないんだろ?
覚悟も、決意もした。生き残るためにクラスメイトも手にかけるって決めた。
生き残って、帰って皆とサッカーして、世界の強い奴らと戦って。



俺の夢はそんなに簡単に諦められるものじゃない。





だから。







だから、俺は。











「逝くなっ・・・!!」












なのに、押し寄せる感情は





お前を望む言葉は





止まることを知らないように、溢れ出して。











「・・・嬉しい、なあ・・・。」

・・・?」

「私でも、少しは藤代くんの心に残れたかなあ。」

「・・・私でもってなんだよ・・・!何でお前が自分に自信がないのか全然わかんねえよ!」

「あ、はは・・・じゃあ、自信持って・・・ひとつ言っちゃおうかな。」










俺の言葉に、はまた笑った。
優しい、こんな場所でも光をくれるような温かな笑み。











「・・・私さ、最初に・・・藤代くんのお願い、聞いたよね?」











「俺の為に、死んで。」

「いいよ。」










「だから、私のお願いも・・・ひとつ、聞いてくれる?」

「・・・何・・・?」



















「私の為に・・・生きて・・・?」




















零れ落ちた、水の雫。
それはポタリ、ポタリと俺の頬を伝って横たわる彼女の顔を濡らした。

視界がぼやけて、の顔が見えない。
でも、わかるんだ。それでもお前はきっと笑ってる。優しい優しい、温かな笑みを浮かべて。
























「・・・なあ、・・・。」

「・・・ん・・・?」

「・・・お前、俺のこと憧れだって言ったじゃん?」

「うん・・・。」

「憧れ・・・だけだった?」

「・・・。」

「本当はさ、俺のこと・・・好きだったりした?」

「ははっ・・・本当に自信家・・・だなあ・・・。」

「正解は?教えて?」

「・・・秘密・・・。」

「うわ、ひでえ・・・。」








小さく、途切れがちになっていく声。それでも穏やかに笑うを抱きしめた。
その小さな体を、冷たくなっていく体を、強く強く。









「・・・でも、藤代くんに生きてほしいって思ってたのは・・・本当だから・・・。」

「・・・うん・・・。」

「だから・・・私が持てなかった・・・見ることのできなかった未来・・・。藤代くんが一緒に持っていってね。」

「・・・っ・・・。」

「たくさんの仲間に囲まれて、たくさんの人たちに愛されて、笑っててほしい。」

「・・・っ・・・。」

「・・・頼んだからね・・・藤代くん。」







溢れた涙は止まることなく俺の頬を流れ続けた。
悲しさも痛みも後悔も苦しさも、たくさんの、たくさんの感情が俺の中を巡って。





それでも、








「任せろ・・・!」








彼女の最後の言葉を、想いを決して無駄にはしたくなかった。










本当は多分、ほんの少し。生きる覚悟に、決意に迷いが生まれていたんだ。
こんなにも理不尽で冷たい世界で、汚れきってしまった自分。
たとえ元の生活に戻っても、サッカーができても、消えることのない記憶。

たった数時間いただけのお前がいなくなるだけで、恐怖を覚えた。
もう何人も殺してきた、こんなにも血に汚れた手。今更になって震えだしたこの体。

お前が逝くその世界に、自分も飛び込んでいったのなら。
きっともう苦しむことなんて、悲しむことなんてなかったのかもしれない。





だけど、だけど俺は、





それでも、生きたかったんだ。





何を犠牲にしても、叶えたい夢があったから。






は、そんな俺の矛盾した心でさえも見透かしていたのかもしれない。







だから、これからの未来を憂うものでもない、ましてや同情なんかでもない。












「私の為に・・・生きて・・・?」












この先、どんなに苦しくても、つらくても






後悔に、悪夢にうなされても、






そんな負の感情に負けない、負けたくないと思わせてくれる言葉をくれた。























俺は、生きる。










これからも、ずっと、ずっと。









この罪も悲しみも後悔も、全てを背負って。









それでも手に入れたいと願った夢を叶えるために。









まっすぐ、走り続ける。










お前の望んだ未来と、一緒に。


















TOP