同じクラスのとはそれなりに長いつきあいだ。
それというのも初めて出会った小学3年から現在まで、何の縁かずっと同じクラスだったから。

小さな頃から人見知りでかずえにひっついてばかりいた俺を外へ連れ出し、様々な世界を教えてくれた。
昔に比べると大分ひねくれた性格になった自分とは違い、はまっすぐで正直でいつでも多くの人間に囲まれ、笑ってる。

出会ったその年には、ただ隣の席だからという理由だけで俺に誕生日プレゼントをくれたりもした。
それは初めて友達からもらった誕生日プレゼント。それが気まぐれでもどんな些細なものでも俺にとっては嬉しいものだった。
けれど俺は年をおうごとに自分自身の我侭や未熟さもあり、他人と触れ合うことが段々とわずらわしくなってきていた。

中学に入学した頃は、武蔵森の入学試験に落ちたということもあり、大分荒れていた。
いろいろな噂も流れていたけれど、それを全部否定することもできなかったし、する気もなかった。どうでもいいとさえ思っていた。
学校の誰もが俺を避ける中、だけは変わらなかった。俺が無視しても遠ざけようとしても何度でも近づいてくる。

去年の今日、偶然にもまた俺の席の隣はだった。
アイツは出会った頃と同じように、笑顔を浮かべながら数個の小さなチョコを俺に差し出した。
けれど俺はそれを素直に受け取れなかった。

勢いあまってそれを叩き落としてしまい、いつも笑顔だったに暗い影がさした。
本当は謝りたいと思ってた。だけど、俺はまだガキで。素直になることができずに、怒って走り去ったの後姿を見送ることしかできなかった。
床に散らばったチョコ。は今更俺に食べてもらいたいなんて思ってないだろうけれど。俺はそれらを拾って家に持って帰った。



次の日にはもうは笑顔で、いつも通りに俺に挨拶をしてきた。あんなことをした俺に。
一体どれだけのお人よしなんだコイツは。別にクラスには俺だけじゃないだろう。友達だってたくさんいるだろうに。



一人で生きていくことを望み、自分の力だけを信じ、周りに頼りたくなんてないと思っていた。
けれど一人だと思っていた俺が、本当の意味で一人なんかじゃなかったと気づくのはそれから少し先のこと。
















11月11日

















「天城、今日誕生日なんだって?」

「マジで?じゃあ俺のお菓子やろっか?」

「じゃあ俺はとっておきのカップラーメンやるよ!」

「なんだカップラーメンって!」

「俺の非常食!特別だぞ、天城?」

「・・・そうか。」

「どう見ても天城困ってるよ!お前の非常食なんていらないって!」

「なにー?!」





今日、11月11日は俺の誕生日だ。どこから情報を得たのか、クラスメイトたちが面白半分にはやしたてる。
ほんの数ヶ月前までは俺を怖がり、避けていた奴ら。去年の今頃では考えられなかった光景だ。
別にそれが嫌だというわけじゃない。他人を避けていたのも、怖がるように仕向けていたのも自分だ。
サッカー仲間にいわせれば、俺は以前に比べて大分柔らかくなったようだから、話しかけてくる奴らが増えるのも頷けるそうだ。





「天城くん誕生日なんだ?」

「じゃあ私たちも何かあげるー。」

「もらっとけよ天城。こいつら普段せこいから、今もらっとかないと一生もらえないぞ?」

「はあ?!何それ!誰がせこいのよ!」

「うっわ怖!俺にも天城みたいに優しくしてくれよ!」

「だったらアンタも天城くんみたいに大人になったら?いつまでもガキなんだから!」

「ひでえ!怖え!助けて天城!」

「・・・っはは。俺を盾にするなよ。かっこ悪すぎるぞ。」





クラスのムードメイカーが俺に話しかけだしたのをきっかけに、他のクラスメイトとも話すようになった。
大勢に囲まれるという雰囲気は慣れていなかったけれど、これも経験だと思い話してみると意外と普通に話すことができて少し驚いた。
でもそれだって、俺一人の力じゃないだろう。本当に全ての人間を避けていたら、俺は未だに他人とうまく話すことができなかっただろう。
こうして何気なく笑うことだってなかったかもしれない。









「う、わ!」









少し離れた場所で、悲鳴が聞こえた。その声の主は。周りの奴らはまたが騒いでる、なんて笑ってた。
アイツは昔からいつでも明るくて人をひきよせる。それはひどい態度ばかりとっていた俺に、何度も近づいてきてくれたことからもわかる。





「何?どうしたの?」

「な、なんでもないよ!」

「うーわー、あやしい。なあ、なになに?どうしちゃったの?」

「うん?どうしちゃったんだろうねえ?」

「その大事そうにしてる鞄があやしい!見せろ!」

「や、やだよ!何で見せなきゃなんないの!変態!」

「誰が変態だよ!お前が意味深に隠すからだろー?」

「うるさーい!」





男女関係なく友達が多いは、あっという間にそいつらに囲まれた。
どうやら何かを隠しているらしい。もっとうまくごまかす方法もあるだろうに・・・あいつらしいなと思わず笑みが浮かぶ。
解決策が浮かばなかったらしく、は鞄を抱えて教室を飛び出した。
そのとき偶然こちらに視線が向いて目があった、が、すぐにそらされた。・・・しまった、笑っていたの気づかれただろうか。





ってバカ正直だよなー。」

「だからからかいがいがあるっていうかな。」

「ちょっとー、あんまりいじめないでよねー?」

「わーかってるよ!愛だ愛!」





をからかっているように見えて、恋愛対象として彼女を好きな男子がいることも知っている。
アイツはいつだって明るいし、話し下手な俺にいろいろな話題を出してくれることも楽しく思える。
そういう奴らがいても当然だろう、と思う一方で何かが胸につかえていた。

は人付き合いが苦手だった俺にいろいろな世界を教えてくれた人だ。
俺が一人で全てを突っぱねていたとき、それでも俺の傍で笑っていてくれた。決して俺を怖がらず、何度でもぶつかってきてくれた。
俺はに感謝している。だからが困っていたら助けたいし、笑っていてほしいとも思う。

彼女を好きになる男がいて、もしもそれを受け入れたらきっと彼女は幸せになるのに。
が好きだとか、愛してるとか、中学になるとそんな話題が増えて冗談でもそんな話を耳にすると面白くない。
冗談半分に思えるから?それにしてもおかしい。には感謝しているけれど、俺が首をつっこむ問題でもないはずだ。

答えは、まだ出てこない。
















今日は一度もと話すことはなかった。代わりにほとんど話したことのないクラスメイトと話した。
当然のように、皆俺の誕生日を祝ってくれたのだ。
それは素直に嬉しく、けれどあまりにも慣れないことばかりで、今日は戸惑ってばかりだった。





「ねえねえ天城!」





部活もなかったので、適当に友達と話して俺は帰路についた。
この方向に帰る生徒は少なく、前には人も歩いていない。けれど、めずらしく後ろから聞こえてきた声。この声は・・・





「・・・か。なんだ?」

「うん、あのね・・・」





俺を呼んだのがだと気づいた瞬間、少しだけ脳裏によぎったのは、昔のの姿だった。
それは毎年のこの日に、笑顔で告げてくれる言葉。今年は今までと違ってたくさん聞くことができたけれど、
今までそれを言ってくれた彼女からは、何も聞いていない。もちろん催促する気なんてないけれど。





「あのー、いや、ちょっと・・・」

「?」





俺を呼んだはいいけれど、何か口ごもっているようだ。どうやら俺の誕生日の類の話じゃないようだ。
いつものなら、こんな態度なんてとらないですぐにその言葉が聞けるからだ。
最近友達が増えてきた俺に、も安心したのかもしれない。もう構わなくていいと思っているのかもしれない。
なんて、そんなことを考える自分が女々しくて情けなく思えて、その考えを消すように小さく首を振る。





「なんか鞄、ふくらんでない?」

「え?ああ、なんだかいろいろもらったから・・・。」

「・・・ああ、そうだよね。た、誕生日だもんね!」

「去年じゃ考えられなかったけどな、こんなの。」






言いにくそうにしてたことがそれ?いや、違うよな。
拍子抜けしながらも、俺はの質問に答える。





「あはは、もう・・・鞄に何も入らなそう。」

「そうだな。」

「・・・もういらない?」

「ああ、充分だ。」





今日は大分戸惑ったけれど、一人きりの誕生日よりもたくさんの人間に祝われた方が嬉しいみたいだ。
おかしいな、昔はそんなものいらないとそう思っていたのに。
鞄にたくさんある菓子をどうしようか、とも思っていたのだけれど、そう思えることも幸せなことだと思う。

もう充分だ。充実してるとそう思ってもいいはずだ。
けれど、本当は何かがひっかかっていた。何かが足りない。
そんなことには言えないけれど、俺はこれ以上何を求めているというのだろう。

ふとの顔を見た。すると、彼女の表情は去年の今日と同じように切なげな表情が浮かんでいた。





「・・・どうかしたのか?」

「・・・っ・・・「さーん!!」」





が何か言おうとしていたけれど、それは後ろから呼ばれた声によって遮られた。
クラスメイトの男子だ。どうやらは課題のノートを提出し忘れていたらしい。
数学の教師はかなり厳しいことで有名だ。は慌ててその場から駆け出した。





「・・・・・・。大丈夫なのか?」

「大丈夫!じゃあ・・・また明日ね、天城!」





大丈夫か、と聞いたのはいろいろな意味をこめていたのだけれど。
は先ほどの表情などなかったかのように笑って手を振って、学校へ戻っていった。

を待っていようとも思ったけれど、別に約束をしていたわけでもない。
きっと俺が彼女を待っていたら自分のために待っていたのかと気にするだろう。
そう思って俺はまた前を向いて歩き出した。一度後ろを振り返ったけれど、の姿はもうなかった。

















それから数十分後。俺は家に・・・帰ることもできずに帰り道の途中にあるコンビニにいた。
用もなくフラフラとして、棚の雑誌を読んだりしていたけれど、そろそろ店員の視線が痛くなってきた。
はまだここを通っていないけれど、仕方がない。店を出よう。

こんな風に彼女を待って、俺は一体どうしたのだろうか。
確かに彼女の様子はおかしかった。けれど、また元の表情に戻って笑っていたじゃないか。



でも・・・



それはきっと、俺に心配をかけまいと思う彼女の強がりだ。









道を少し戻ったところには公園がある。そこで見慣れた姿を見つけた。
ブランコに乗り顔を俯けている。膝には灰色の何かが広げてあり、彼女はそれを見つめているようだった。





「・・・・・・?こんなところで・・・」





静かに彼女の名前を呼んだ。
小さく体が震えていた。顔をあげなくても気づく。彼女は一人で泣いていた。





「どうしたんだ?!」





彼女の涙を見たことなんて、ほとんどない。
感情豊かでそれがすぐに顔に出るだけど、人前で泣くことなどほとんどないんだ。
俺は思わず声を荒げて彼女の肩を掴んだ。けれど彼女は涙を拭い、赤い目のまま俺に笑顔を向けた。





「天城こそどうしたの?帰ったんじゃなかったの?」

「・・・いや、その・・・お前の様子がおかしかったから・・・そこのコンビニに・・・。」

「・・・。」

「お前なら大丈夫って言うだろうと思ったけど・・・気になったから・・・。
ってそうじゃなくて、俺のことより、何かあったのか?!」





待ってたなんて言ったらは気にするだろうからと、適当な理由を考えてあったのに。
の質問に拍子抜けして、思わず本当のことを答えてしまった。
なんて、今はそれどころじゃない。が泣くだなんてよっぽどのことなんだろう。
俺で力になれるのならなってやりたい。が俺を救ってくれていたように。

もしかしたら自身よりも必死になっていた俺に、彼女はまたニッコリと笑う。
それは驚くくらいに優しい笑顔だった。





「何もないよ。」

「何もないわけ・・・!!」

「お誕生日、おめでとう。」





彼女の言葉に一瞬、思考が止まって。それと同時に体もかたまって。
その間にが膝に置いていた灰色のマフラーを俺の首にかけた。
俺は何も言葉を発することができず、ただ唖然としながら彼女の行動を見ていた。





「・・・ふ・・・あははっ、天城マヌケな顔してるよ?」

「・・・わ、笑い事じゃないだろ?一体何を・・・」

「泣いてた理由。それだから。」

「え・・・?」

「それを天城に渡したかったんだけど、渡せなくて。」

「なんで・・・そんな・・・」





の言葉の意味がわからなかった。いや、すぐには理解できなかった。
だって俺は去年、誕生日を祝ってくれたにひどいことを言ったのに。
もう今年は聞けないと思っていた。けれどクラスの奴らに祝われて、それで充分だと思っていたのに。

思考は混乱していた。だけど一つ確かなこと。
足りないと思っていた何かが、満たされていた。





「本当はずっと渡そうって思ってたんだけど、私からもらえなくてもいっぱいもらってたし嬉しそうだったし。」

「・・・。」

「天城、最近モテるからヤキモチやいてたんだよね。それで自分が情けなくなっちゃったの!」

「・・・。」

「ごめんね、心配かけて。」





ヤキモチ・・・?が?俺の周りに?
確かに俺の周りには人が増えた。こうして誕生日も祝ってくれるような奴らも出来た。
だけど、が妬く必要なんてないだろう?お前の方がずっと好かれてるし、人気もある。

嫉妬をするのだとしたら、それはむしろ・・・





「じゃあ私は帰るね。待っててくれてありがとう。」

「・・・ちょっと待て。」

「え?」





ブランコから立ち上がり、帰ろうとしたの腕を掴んだ。
正直まだ頭は混乱してる。でも俺はこの感情の答えを知りたい。
そう思った時点でもう答えは出ていると、そのときの俺は気づく余裕もなかった。





「どういうことだ?」

「ええ、説明するの?それすっごい恥ずかしいんですけど!」

「いや、そうじゃなくて。俺がもてるとか、やきもちを妬いたとか。」

「・・・こ、言葉の通りですが・・・。」

「何でお前が俺に?俺は・・・お前からこんな・・・もらえるなんて思ってもなかった。」





俺みたいに性格の悪い奴、みたいにまっすぐな奴が気にしてくれるなんて思いもよらなかった。
だから、無意識に気づかないフリをしていたんだ。





「ええ?何で?私、ずっと天城にプレゼントあげてたじゃん。そりゃあ、たいしたものじゃなかったけど・・・」

「俺は去年の誕生日にはひどいことをしたし・・・それに、俺がモテるとか言ってるけどそれはお前の方だろ?」





にはたくさんの友達がいて、彼女を想う奴らがいることも知っていた。
だけど、その話題を耳にするたびに俺は面白くなくて、一人でイラついていた。





「七海みたいに大勢に囲まれてる奴は俺なんか眼中にないと・・・そう・・・」

「ええ!何それ!すっごい心外!!」





今年はたくさんの奴らが誕生日を祝ってくれた。鞄が膨れるほどの菓子までもらった。
嬉しかったし幸せだと思った。それで充分なはずなのに、何かが足りなかった理由。





俺は待っていたんだ。今まで当たり前のように伝えてくれていた彼女の言葉を。





そしてそれを望んでいた理由だって、もうわかる。







「・・・眼中ないどころか、いっつも見てるよ?」

「・・・。」

「意地っ張りなところも、努力家なところも。優しいところも実は照れ屋なところも全部「待った。」」





いつも彼女に頼りっきりだった。こういうときくらいカッコつけたいと思うのは卑怯だろうか。





「そこから先は、俺が言う。」





ずっと持ち続けていたはずの気持ちなのに、いざ口にしようとすると言葉が出てこない。
なんと言えばいいんだろう。何から伝えればいいんだろうか。心臓の鼓動が速くなり、顔の熱があがっていく。
カッコつけたいとそう思っての言葉を遮ったのに、気づいたばかりのこの気持ちを伝える術が見当たらない。





「天城。」

「なに・・・っ・・・」





そんな俺にしびれを切らしたのか、が俺の名を呼んだ。
首に巻かれたマフラーごと体を引っ張られて、前のめりの体制になる。
そこにはすぐにの顔があって、熱はさらに上がってしまった。

はゆっくりと、先ほど俺にかけてくれたマフラーを巻きなおした。
少しして満足したように頷くと、何も言えずにかたまる俺に向けて笑顔を浮かべた。





「とりあえず今日は一緒に帰りませんか?」

「!」





俺たちは長いつきあいだ。
俺はをよく知っているつもりだし、もまた俺をわかってくれているのだろう。
だから今の俺の心情も彼女には読み取られてしまっているのだろう。
格好つけようとして、失敗した俺のことも全部。



それでも。







「・・・そうだな。」







そんな俺をわかっていて、彼女は優しく笑いかけてくれる。





格好悪い自分も、彼女には見抜かれてしまうから。





無理をすることも、焦る必要だってない。





彼女といれば、自然と笑えるように。





彼女を想うこの感情も、自然に伝えられるようになるだろう。










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