同じクラスの天城燎一とはそれなりに長いつきあいだ。 それというのも初めて出会った小学3年から現在まで、何の縁かずっと同じクラスだったから。 だから私たちは小さな頃からお互いを知っている。 小学校の頃から変わらずのほほんと生きている私とは違い、天城は周りの環境のせいかなかなかに複雑な成長をしてきたことも。 たとえば彼の誕生日。 出会ったその年に天城の誕生日を耳にし、ちょうどそのとき隣の席だった私はたまたまポケットに入っていた飴を渡した。 小さな天城は顔を赤くして照れながらお礼を言って、同い年なのにそりゃもうとても可愛く見えたものだ。 けれどそんな可愛かった天城が中学に入る頃には、我侭だとか乱暴者だとか近づくだけで殴られるとか。そんな噂が広まっていた。 年をおうごとに口数や表情が少なくなっていき、元々人見知りだったけれどもっと人を寄せ付けなくなった。 皆、噂に踊らされ、自分から天城に近づいていく人はほとんどいなかった。天城自身もそれを望んでいるようにも見えた。 でも私は小さな頃から天城を知っていたし、彼を怖いとも思わなかったから。今までと変わらず彼に話しかけた。 天城は迷惑そうにしていたけれど、それでも私が話しかけるとそっぽを向きながらも話を聞いてくれた。 そんな中、去年の天城の誕生日も偶然私は彼の隣の席だった。 そしてあの頃と同じように鞄の中に入っていたチョコレートを渡したけれど、いらない、と叩き落とされた。 けれど私が怒って走り去った後に、そのチョコを拾ってちゃんと食べてくれたことも知っている。 意地っ張りだし、素直じゃないけれど。やっぱり根っこは変わらない。 天城が周りを避け、周りが天城を避ける。それは悲しいことだったけれど、私は変わらずにいようと思った。 くだらない話と言われても迷惑がられても、彼と話したいと思った。また一緒に笑いあいたいと思っていた。 その感情がただの友情でも昔なじみの縁からでもなく、別の意味を持っていたと気づいたのはそれから少し先のこと。 11月11日 「天城、今日誕生日なんだって?」 「マジで?じゃあ俺のお菓子やろっか?」 「じゃあ俺はとっておきのカップラーメンやるよ!」 「なんだカップラーメンって!」 「俺の非常食!特別だぞ、天城?」 「・・・そうか。」 「どう見ても天城困ってるよ!お前の非常食なんていらないって!」 「なにー?!」 教室に男子たちの笑い声が響く。 友達の一人が今日誕生日だと知って、テンションがあがっているみたいだ。 私は自分の席に座り、そんな彼らを無言で眺めていた。・・・いや、彼らというよりも見ていたのはたった一人。 「菓子もカップラーメンも自分たちで食えよ。俺はその気持ちだけでいい。」 「お前、自分の誕生日なんだからもっと盛大に祝え!とか言えよー!」 数ヶ月前まで、いろいろな噂があり他人と関わることを避けていた天城。そのせいでクラスの皆も彼のことを避けていた。 けれど天城はある時期を境にして少しずつ表情が柔らかくなり、穏やかに変わっていった。 くだらない悪口や偏見があっても、以前のようにすぐ怒ったり手や足が出るということもなくなったし、ときどき笑顔も浮かべるようになった。 その変化に気づいたクラスのムードメイカーが天城に話しかけるようになり、それが最近になってようやくクラス全体に浸透したというところだ。 今ではいつもピリピリとしていた雰囲気が嘘だったかのように、天城はいつも穏やかだ。 「天城くん誕生日なんだ?」 「じゃあ私たちも何かあげるー。」 天城が人を避けなくなって、友達に囲まれてるのはとても嬉しいことだ。 しかし最近の私の心情はとても複雑だ。 「もらっとけよ天城。こいつら普段せこいから、今もらっとかないと一生もらえないぞ?」 「はあ?!何それ!誰がせこいのよ!」 「うっわ怖!俺にも天城みたいに優しくしてくれよ!」 「だったらアンタも天城くんみたいに大人になったら?いつまでもガキなんだから!」 「ひでえ!怖え!助けて天城!」 「・・・っはは。俺を盾にするなよ。かっこ悪すぎるぞ。」 穏やかになったといっても、天城の笑顔は実はそうそう見れるものじゃない。 だからそんな天城を前にした女子たちが顔を赤らめるのもわかるし、最近天城の人気がひそかにあがってることも私は知ってる。 ずっと一人で、他人を避けていた天城が皆に囲まれて笑ってる。嬉しいはずなのに、何かが心にひっかかる。 その理由はもう既にわかっている。わかっているから、私は一歩前に進もうと決めたのだ。 「、何その包み。」 「う、わ!」 決意を再確認するかのように鞄に手を伸ばし、その中身を確認する。その中には地味な柄の包み紙。 突然後ろから声をかけられて、私は必要以上に驚いて声をあげてしまった。 「しー!静かに!」 「いや、アンタの声の方が大きいでしょ。って、ああ。そっか。」 その包みが何を目的とするのかわかったらしく、私の気持ちを知る友達は納得したように頷いた。 しかし私の声を聞きつけた他のクラスメイトたちが集まってくる。 「何?どうしたの?」 「な、なんでもないよ!」 「うーわー、あやしい。なあ、なになに?どうしちゃったの?」 「うん?どうしちゃったんだろうねえ?」 「その大事そうに抱えてる鞄があやしい!見せろ!」 「や、やだよ!何で見せなきゃなんないの!変態!」 「誰が変態だよ!お前が意味深に隠すからだろー?」 「うるさーい!」 私はどうも嘘がつけない性格らしく、こういうときうまく対応できない。 鞄を抱きかかえて逃げ出した私を笑ってる友達のように、もっと冷静に対応できたらなあとも思うけど。 無意識に一度、天城の方を振り向くとちょうどこちらを見ていた天城と目があった。 予想外のことに私は慌てて目をそらして、廊下を駆け抜けていった。 人気のない別校舎の階段で、私は鞄の中にある包みをまた見つめた。 友達が察していた通り、私が生まれて初めてきちんと買った男子への誕生日プレゼントだ。 プレゼントを渡したことがないわけじゃない。だけどそれは友達として、ちょうど持っていたお菓子をあげるとか その日だけ掃除当番を代わってあげたとか、その程度のものだ。 本当の天城を知っていたのも、誕生日におめでとうって声をかけるのも、去年まではクラスで私だけだった。 だけど今年はたくさんいる。天城という人間を知り、もっと彼に近づきたいと思う子だっていることも知ってる。 そういう子たちを見ているのは、正直面白くなかったし、それを見るたびに胸が痛んだ。 私は天城のいいところも悪いところもずっと前から知ってたんだから、なんて偉そうなことを考えて自己嫌悪に浸ったりもしてた。 天城の世界が広がることを素直に喜べない自分が嫌だった。 だけどいつまでも落ち込んでいたって仕方がないから。天城の誕生日に一歩進んでみようと決めた。 今までみたいに偶然持っていたお菓子なんかじゃなく、天城のために用意したプレゼント。 天城は喜んでくれるだろうか。昔みたいに・・・喜んで笑ってくれたら嬉しいな。 「ねえねえ天城!」 「・・・か。なんだ?」 「うん、あのね・・・」 勝負は放課後。天城は同じ方向の子が少なく、部活のない日は彼は一人で帰っている。 ちなみに私は数少ない同じ方向に帰る人間だ。今日は友達に先に帰ってもらい、私は天城に声をかけた。 「あのー、いや、ちょっと・・・」 「?」 声をかけたはいいけれど、言葉が出てこない。 渡すものの重さは違うけれど、渡し方はいつも通りにしようってさっきまで気楽にそう考えていたのに。 いつも通りに「誕生日おめでとう!」って笑顔で渡せばそれでいいのに。 緊張しすぎてかけるべき言葉が見つからない。仕方なく私は別の話題を探した。 帰り道は同じなんだ、話している流れで自然に渡せればそれでいい。 そう思いつつ、天城の鞄がやけにふくらんでいることに気づいた。 よく考えればそれが何かはわかるはずなのに、その疑問をつい口に出してしまった。 「なんか鞄、ふくらんでない?」 「え?ああ、なんだかいろいろもらったから・・・。」 「・・・ああ、そうだよね。た、誕生日だもんね。」 「去年じゃ考えられなかったけどな、こんなの。」 穏やかに、嬉しそうに笑う天城を見て、なんだか胸が痛くなった。 やっぱり私って心がせまいんだろうなあ。天城が笑ってるのに、寂しいと思うなんて。 「あはは、もう・・・鞄に何も入らなそう。」 「そうだな。」 「・・・もういらない?」 「ああ、充分だ。」 きっとその言葉に深い意味なんてなかった。 でももう天城は充分なんだ。たくさんの友達に祝われて、プレゼントをもらって。私からは何も期待なんてしてない。 考えてみれば今までの私がそうだったのだから当たり前だ。こんなちゃんとしたプレゼントを持ってるなんて思わない。 なのに私が今これを渡したら、天城はどんな顔をするだろう。いくら鈍い天城といえど私に特別な想いがあると気づくだろう。 私は一歩先に進めればそれでいいと思った。だけど・・・先に進めるとは限らない。後ろに下がってしまうことだって、ありえるんだ。 「・・・どうかしたのか?」 「・・・っ・・・「さーん!!」」 校門を出てまだ少し歩いたところ。後ろから聞こえてきたのはクラスメイトの声だ。 私は俯けていた顔をあげ、天城もまたその声の主の方へと視線を向けた。 「数学のノート、出してないのさんだけだって先生が怒ってるよ!」 「・・・え・・・?あ・・・わ、忘れてたー!!」 「今ごまかしてきたからさ、教室でやって持っていきなよ!あの先生後が怖いだろ?」 「そうする!ごめん、わざわざありがと!!」 数学の先生は課題を忘れると倍・・・いや数倍で返ってくることで有名だ。 ただでさえ苦手な数学のノートを提出し忘れるなんて、私はどれだけ浮かれていたんだろうか。 「・・・・・・。大丈夫なのか?」 「大丈夫!じゃあ・・・また明日ね、天城!」 結局プレゼントは渡せなかったけれど、これでよかったのかもしれない。 天城はたくさんのお祝いがあったし、私からのプレゼントだって期待してるわけでもない。 もしかしたら私一人が勝手に突っ走って、天城との関係を壊すことになっていたかもしれないんだ。 校舎に戻る途中でもう一度後ろを振り返った。天城はもう前を向いて歩き出していた。 「もう遅れるなよ、次やったら宿題倍だからな!」 「はい!すみませんでしたー!」 威勢のよい返事をして、私はなんとか宿題が倍になることは免れた。 私を呼びにきてくれたクラスメイトに感謝しつつ、鞄を持ち職員室を出る。 そんなに重いはずのない鞄が重く感じたのは、渡すことのできなかったプレゼントのせいだろうか。 私は学校を出て近くの公園のブランコに腰掛けて、またその包みを取り出した。 そしてそのまま包みを開ける。私が選んだのはシンプルなグレーのマフラー。 これからどんどん寒くなっていく。持っていなかったら丁度いいし、持っていてもいくつかあって困るものじゃないと思ったから。 生まれて初めて男の子にプレゼントを買った。これを選ぶまでにいくつものお店をまわって、何時間も悩んだ。 天城の嬉しそうな顔が見たかった。でも・・・天城はもう喜んでいて。彼を喜ばせたのは私じゃない。 「・・・っ・・・」 膝の上に広げたマフラーに水の雫が落ちて小さく広がる。私は何で泣いているんだろう。 それが私のしたことじゃなくても天城の喜んでいる表情は見れた。 天城に拒絶されたってわけじゃない。天城との関係は何も変わらない。 なのに、何でこんなに苦しいんだろう。 「・・・・・・?」 その声が誰なのかなんて、顔をあげなくてもその姿を見なくても、すぐにわかった。 「こんなところで・・・って・・・どうしたんだ?!」 様子がおかしいことに気づいたんだろう。天城が足早に私に近づき、流していた涙に気づく。 私は乱暴に涙を拭い、笑顔をつくって顔をあげた。 「天城こそどうしたの?帰ったんじゃなかったの?」 「・・・いや、その・・・お前の様子がおかしかったから・・・そこのコンビニに・・・。」 「・・・。」 「お前なら大丈夫って言うだろうと思ったけど・・・気になったから・・・。 ってそうじゃなくて、俺のことより、何かあったのか?!」 天城が声を荒げて私に問う。真剣な瞳で、表情で。 まさか私のことでこんなにも必死になってくれるなんて思わなかった。 ・・・違う。私は知っていたはずだ。 ずっとずっと、知っていたはずだ。天城のいいところも、悪いところも。 天城の強さも弱さも、不器用なところも優しいところも。それが全てじゃなくても、たくさんの天城を私は知っていた。 だから、彼に惹かれた。 彼を独り占めしたいと思った。 天城の傍にいたいと、一緒に笑っていたいとそう思った。 「何もないよ。」 「何もないわけ・・・!!」 「お誕生日、おめでとう。」 先ほどまで手にしていたマフラーを、天城の首にかけた。 赤い目で笑顔になる私を、唖然とした表情で天城が見つめてる。 苦しかった理由。涙が溢れた理由。 それは、悔しかったから。自分が情けなかったからだ。 天城が私のプレゼントを期待していなくて、他の人からのプレゼントを喜んでいる。 でもそれがどうしたというんだろう。前に進もうと決めたのに、勝手に落ち込んで理由をつけて私はただ逃げていただけだ。 「・・・ふ・・・あははっ、天城マヌケな顔してるよ?」 「・・・わ、笑い事じゃないだろ?一体何を・・・」 「泣いてた理由。それだから。」 「え・・・?」 「それを天城に渡したかったんだけど、渡せなくて。」 「なんで・・・そんな・・・」 プレゼントを選んでいたとき、私は何を思ってた?何をしたいと思った? 天城の生まれた日をお祝いしたい。彼のために買ったプレゼントを渡したい。 それで彼が喜んでくれたなら、すごく嬉しい。 「本当はずっと渡そうって思ってたんだけど、私からもらえなくてもいっぱいもらってたし嬉しそうだったし。」 「・・・。」 「天城、最近モテるからヤキモチやいてたんだよね。それで自分が情けなくなっちゃったの!」 「・・・。」 「ごめんね、心配かけて。」 天城は唖然とした表情のまま、私の言葉が終わると今度は少し首をかしげて何かを考え出した。 突然のことに頭がついていかないんだろう。特に天城は鈍いほうだし。 これ以上何かを言っても、彼を混乱させてしまうだけだろう。私はブランコから立って、鞄を持ち歩き出した。 「じゃあ私は帰るね。待っててくれてありがとう。」 「・・・ちょっと待て。」 「え?」 天城が顔を俯けたまま私を引きとめた。 私は何を言われるのかと内心ドキドキしたまま、けれど何もなかったように返事をする。 「どういうことだ?」 「ええ、説明するの?それすっごい恥ずかしいんですけど!」 「いや、そうじゃなくて。俺がモテるとか、やきもちを妬いたとか。」 「・・・こ、言葉の通りですが・・・。」 「何で俺に?俺は・・・お前からこんな風に・・・もらえるなんて思ってもなかった。」 「ええ?何で?私、ずっと天城にプレゼントあげてたじゃん。そりゃあ、たいしたものじゃなかったけど・・・」 「俺は去年の誕生日にはひどいことをしたし・・・それに、俺がモテるとか言ってるけどそれはお前の方だろ? みたいに大勢に囲まれてる奴は俺なんか眼中にないと・・・そう・・・」 「ええ!何それ!すっごい心外!!」 私は好意を持ってない人間にずっと話しかけるほどお人よしじゃない。 ただずっと同じクラスだったからという理由で、誕生日プレゼントをあげたりしない。 そういうの、全然通じてなかったのか。それはそれでちょっと寂しい。 でも・・・鈍感な天城らしい。 「・・・眼中ないどころか、いっつも見てるよ?」 「・・・。」 「意地っ張りなところも、努力家なところも。優しいところも実は照れ屋なところも全部「待った。」」 勇気を出しての告白。それを途中で遮られる形になり、不安になって天城を見上げた。 「そこから先は、俺が言う。」 予想外の言葉。予想外の表情。 私はそれがとても嬉しくて。笑顔を浮かべて彼の顔を見つめた。 けれど私が見つめすぎていたせいか、天城からはなかなか言葉が出てこない。 それでも彼が何を考えているのかは一目瞭然だ。素直じゃないけれど、彼は感情を隠すことが下手だから。 「天城。」 「なに・・・っ・・・」 先ほど私が不恰好にかけたマフラーを、背伸びしてきちんとかけ直し整える。 私が満足気に頷くと、やっぱり天城が驚いたように私を見つめていた。 「とりあえず今日は一緒に帰りませんか?」 「!」 私たちは長いつきあいだ。 私は天城をよく知っているつもりだし、天城も私のことをわかってくれている。 勿論すべてを理解することなんてできないし、すれ違うこともあるけれど。 今はもう、不安だった気持ちも晴れてお互いの気持ちも知ることができた。 だから、 「・・・そうだな。」 天城が照れ屋なことも、予想外な出来事に頭がまわらなくなってしまっているのもわかる。 天城が伝えたいと思ったこと、言葉にしなくてもちゃんと届いたから。 焦ることも、急ぐ必要だってない。 穏やかに笑みを浮かべた天城に、私も笑って。 言葉の代わりに差し出された大きな手を握り返した。 |
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