「あーあ!俺、絶対バスケがよかったのに!」

「なあ、吉永をメンバーに入れないなんて勝負捨てたようなもんだよなー!」





目の前で堂々と告げられた不満の声。
それはもうすぐやってくる、球技大会の種目のことだ。

球技大会の団長と副団長。言い換えればただの連絡係であり、つまりは雑用。
そんな面倒なものになってしまったのは私と





「決まったことなのだから諦めろ。」





彼の文句をバッサリと切り捨てた、不破大地。
入学してから数ヶ月にして、クラッシャーの異名をつけられた学校の天才児にして問題児だ。














その感情の意味は、















球技大会の出場希望の用紙を集計したところ、何故かバスケが大人気で人数があぶれてしまった。
私たちはそれを説明し、結果じゃんけんで出場することを決めたのだけれど。どうやらそれでも納得いかず、文句を言っているのが目の前の彼だ。





「大体、ジャンケンで決めると提案したのもお前だ。」

「うるせえな!あそこでパー出すとかあいつら空気読めてねえんだよな!くそ!」





どこのクラスにも我侭な奴はいるもので、今回ばかりは私も全面的に不破側に味方したい。
もう決まったことなのだから、別の種目に意識を切り替えてもらいたいものだ。





「やっぱりクラッシャーが団長になるからいけねえんじゃねえの?」

「俺に団長をしろと言ったのもお前らだろう。」

「お前が誰でもできるとか言うからだろ?!出来てねえじゃんか!」

「出来てるよ。」





こういった言い合いはもはや日常と化していて。
口を出す気などなかったけれど、あまりの理不尽さについつい言葉を発してしまった。





「不破はよくやってくれてると思う。私、覚えきれてないこととかわからないところがあったけど、
全部不破に教えてもらったし。むしろ不破だからここまでスムーズに進められたんだよ?」

「スムーズ?どこがだよ。コイツ人をバカにしてるだけだろ?!」

「・・・バカにはしてないよ、バカには。」





正直なだけで、と付け加えようとして止めた。
ここで私まで彼を挑発しても、何もいいことなんてない。





「・・・ともかくさ、吉永くん運動神経いいんだから、ハンドボールで活躍してよ。
それに見てよ、対戦表。先輩たちとはしばらく当たらない。だから勝ち進める確率も高いんだよ。」

「・・・あー・・・?」

「吉永くんが入れば勝つ確率がもっとあがると思うんだよね。折角だから勝ち進んでほしいじゃない?」





私も大人だよなあ、なんて自分のことを褒めつつ、我侭な彼をおだててみる。
彼も単純なようで、険しかった顔が見る見るうちにほころんでいく。





「そうか?たいして変わらな「不破ー!そういえば資料作成の仕事が残ってるよ。行こう!」」

「あ、おい・・・!」

「じゃあ吉永くん、期待してます!」

「・・・。」





何も返事は戻ってこないけれど、やっぱり明らかに顔がにやけてる。
本人は隠せてるつもりなんだろうけれど、全然隠せてないとツッコミを入れたいほどだ。
と、まあそれは置いといて、無理矢理引っ張ってきた不破がまた何か言いたそう。





「なぜあんな嘘をつく。アイツがチームに入ろうがたいして変わらないだろう。」

「いや、嘘じゃないでしょ。彼、運動神経はいいと思うし。」

「あの程度で勝率が変わるとは思わん。」

「まあ・・・それはわかるけど。」





ここで平和的解決のため、なんて言っても不破は納得しないんだろうなあ。
大体不破を納得させるなんて芸当、そこらの人に出来るわけがないんだ。





「でも、問題ないと思うよ。」

「何がだ?」

「勝率は元々高いから。」

「?」

「不破もハンドボールだったでしょ?」

「・・・そうだが。」

「だったら、吉永くんが入っても入らなくても勝率は高いと思うよ。
彼がいようがいまいが勝ち進んじゃってよ。」

「・・・。」

「ね?」

「・・・質問の答えになっていないぞ。」

「うわ、やっぱり言われた。」

「やはり?どういうことだ。」





こうして大体の会話が、不破の疑問を解決できないまま終えてしまうんだけど。
実は私は結構楽しかったりする。でも不破はスッキリしないことばかりなんだろうなあ。
それでもずっと考え続けてるのかも。こんな他愛のないことでさえ。
そんなことを考えていると、不破には悪いけれどなんだか楽しく思えてしまう。

















あれからもやはり、不破とクラスメイトとの多少の諍いはあったけれど
何とか球技大会前日までたどり着けた。残るは球技大会のプログラム表まとめだ。





「よし、これで最後の仕事かな。頑張って終わらせちゃって帰ろ!」

「そうだな、はそこの机を使え。俺はあっちで作る。」

「・・・最後くらい一緒に作らない?そりゃあ不破は一人の方が効率いいんだろうけどさ。」

「なぜだ?はやく帰りたいのだろう?」

「いや、そうなんだけど・・・。」





実は今までもこういうことは多かった。不破は一人で何でもこなせてしまうから、
共同作業が必要なときも、二人で別れて黙々と作業を進めていたのだ。





「最後なんだしさ、話しながらゆっくりでもいいかなーなんて。」

「・・・?わからん。手分けした方が速いだろう。それに何を話すことがある?」





なんだか胸にチクリときた。
不破がそう言うことなんて予想できていたし、言い方が悪いのだって慣れているつもりだった。
一緒に仕事をしてきて、わかっていたはずなのに。





「・・・不破は私と話してるとき、楽しくはなかった?」

「楽しい・・・?」

「私は楽しかったけど、もっと話したいなって思ったけど。」

「・・・。」





不破が黙り込んで、何かを考えるように視線を上に向けた。
少しの沈黙の後、口を開く。





「お前の話すことに興味はある。」

「興味?楽しいわけじゃなくって?」

「・・・違う。」

「・・・ふーん。そっか。」





私はそう答えると、自分の担当分のプリントを持って不破が指定した場所に行く。
胸がズキリズキリと痛んでいたけれど、そんなこと微塵も見せないように。
黙々と作業を進め、不破も少しすると同じように作業を始めた。

不破が笑顔で楽しい、だなんて言ってくれることを期待してたわけじゃない。
それでも私は不破と話すことが楽しかったから、彼も同じ気持ちでいてくれればいいなと思っていた。でも実際はそんなにうまくいくわけもなくて。きっと私は彼にとってのただの考察対象。興味はひいても、彼の心を動かすことなど出来なかったみたいだ。



ああ、痛いなあ。わかっていたはずのことなのに。
私だって不破を好奇心で見ていたくせに。興味を持った彼だから話したいと思ったくせに。
なのに、どうしてこんなに胸が痛くなるんだろう。



黙々と作業を続ける不破を見つめた。



やはり胸は痛んで、彼を見続けているのがつらくなった。





・・・そうか、そういうことだったんだ。
















6月25日。球技大会当日。
あれだけもめた種目決めなんて、なかったかのように。
皆それぞれの種目で白熱し、大いに盛り上がっている。

私の種目はまだだったので、友達と一緒に他の種目の応援に向かった。
声を張り上げる友達とは違い、私は応援に集中することが出来なかった。

昨日までに代表としての仕事は終えた。
だから今日は不破と話すこともなく、この時間まで過ごしている。というより、私が不破を避けている。

こんなの、卑怯だと思った。
球技大会というイベントがあったとはいえ、私は自分から彼に近づいていった。
なのに、自分の期待通りの結果が返ってこなかったから彼を避けるなんて。



でも、私は気付いてしまった。
彼への思いは好奇心だけではない。興味だけではない。
もっと、それ以上の気持ちを持っていたことに。

だから、彼の顔を見るのがつらくて。彼に近づくのが怖くて。















。」





水を飲みに水道までやってくると、そこにはタイミング悪く不破がいて。
私はすぐに踵を返してその場から去ろうとしたけれど、呼び止められた声に立ち止まってしまう。





「・・・何?」

「なぜ俺を避ける?」

「避けてなんか」

「避けているだろう。」





いつだってまっすぐな不破に、目をそらして嘘をついても無駄だ。
でも、言えない。こんな我侭で自分勝手な理由。言えるわけもない。





「・・・。」

「なぜ黙る?」

「・・・不破は」





緊張したように、かすれた声で。
なんだかうまく声が出せなかった。





「私が不破を避けてたって関係ないでしょう?別に不破にはなんの不都合もない。」

「む・・・。」





私は卑怯だ。誰だって自分が避けられていると気付けば気にならないはずはない。
人の気持ちに鈍感な不破だって例外じゃない。なのに、こんなことを聞いて。ごまかそうとして。





「しかし疑問は残る。理由は何だ。」





彼をごまかせるはずなんて、そのまっすぐな瞳から逃れられるはずなんてないのに。















「・・・ごめん、私が悪い。」

「なぜ謝る?」

「ちょっと・・・ショックだったんだ。」

「ショック?何がだ?」

「・・・不破が私と話したいことって仕事以外ないんだなーって思って。」

「・・・?」

「私といても楽しくないんだーって思って・・・。」





なんて格好悪いんだろう。
これじゃあただの独占欲の強い我侭な子供だ。
自分が楽しいから相手も楽しいだなんて限らない。そんなことわかっていたのに。





「・・・それについては俺も考察していたところだ。」

「・・・は?」

、お前とは仕事が同じでそのことについて話す必要性はある。」

「は、はあ・・・。」

「それ以外のことで話す必要性はない。効率の悪くなるようなことを共にする必要もない。」

「・・・不破、それ傷に塩塗りこんでるんですけど・・・!」





チクチク痛むだけだった胸が抉られた気分だ。いくら不破でもひどすぎる。
そう思ったけれど、不破はさらに言葉を続けた。





「だが、お前がいつもと違うと、なぜか気になって仕方がない。」

「・・・え・・・?」

「どんな人間でも様子がおかしいときはある。原因は考えればいくらだってある。
クラスの誰の様子がおかしくとも、俺は気にもとめなかったというのに。けれど、それがお前だと落ち着かない。」

「・・・不破・・・。」

「なぜだろうか。お前に関わると自分で自分がわからなくなる。」





そんなの、私にもわからないよ。
困ったように眉間に皺をよせて、何を考えているの?





「お前に興味がある。それは事実だ。」

「でも・・・楽しくは、ないんでしょう?」

「お前は以前言っていたな。俺は考察しているときが楽しそうだと。」

「え・・・うん。」

「考察をしているときの感情と、お前といるときの感情は違う。
考察中の感情が楽しいというのなら、お前といるときはそれに当てはまらない。」

「・・・。」

「ゆえに楽しくはないのだろう。」





何その理屈・・・何、その結論・・・。
そのときの私は、そりゃもうポカンと間抜けな顔をしていただろう。





「それでも、お前の様子がいつもと違うと落ち着かない。」





いつも現実と正論ばっかりで、人の気持ちよりも理論を優先して。
不破の言うことは訳がわからなくて、難しいことばっかりだ。





「話す必要なんてないはずなのに、話しかけたくなる。」





なのに、今は不破の気持ちがわかる。
不破のまっすぐで、正直な言葉が、私に届く。









「一緒にいる必要などないはずなのに、傍にいたくなる。」









どうしよう、嬉しくて泣いてしまいそう。





でもここで泣いたりしたら、不破はまた聞くんだろうな。何故泣くんだって。
それともさすがの彼でも少しは慌てたりするのかな。
意地が悪いけれど、それも少しだけ見てみたい気もする。












「・・・。」

「何?」

「顔がおかしいぞ。」

「おかしいって・・・!そんなはっきり言わないでくれる?!」

「事実だ。」





ああもう、絶対不破にはお世辞って言葉もないんだろうな。
でもそんな真っ正直で純粋な彼が愛しく思えて、ついつい笑みが浮かんでしまう。
泣きそうな表情と混ざって、さらにおかしな表情になってしまった。





「不破、次ハンドボール。不破の種目でしょ?時間、もうすぐだよ。」

「ああ。」

「勝ってきてよ。ちゃんと応援してるから。」

「しかし、」

「そしたらまた、いつもの私に戻るよ。」





今度は不破がポカンとした表情を見せた。
無表情と考察するときの表情以外で初めて見たかもしれない。





「・・・いいだろう。」

「頑張ってよね不破!」

「頑張らずとも対策は練ってある。まず「はいはーい、説明はいいから実践で見せてよ。」





まだ言い足りなさそうに、けれど私に背中を押されて走り出した。





「しっかり見ていろ。」

「任せて!」






不破の一言で傷ついて。さらにまた一言で喜んで。
私って意外と単純なんだなあ。



走り出した彼を見送って、私もゆっくりと歩き出す。
一歩一歩踏み出すたびに、不破の言葉が自分の中を巡っては胸の鼓動が速くなる。

・・・ああ、しまったどうしよう。
いつもの私に戻ると約束したのに、これじゃあ今度は恥ずかしすぎて彼が直視できなくなりそうだ。



不破が試合を終えて戻ってくれば、きっと考えてた疑問を問いかけてくるだろう。
私はそれに一つ一つ答えてみようと思うんだ。きっと彼を納得させられることなど少ないだろうけれど。それでも伝えたい言葉は、しっかりと伝えたいとそう思う。





私は言った通りに彼を応援し、予想通りに彼は勝利する。





そして私の方の試合も終えると、不破は待っていたとばかりにこちらへ向かってくる。





その距離が近づくたびに、なんだか照れくさくなってやけに緊張して。





ついに不破が目の前にやってきて、私に質問を投げかけるんだ。











さあ、何から伝えようか。












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